amber | ナノ


「あの、すいません!」

 声をかけられたのは突然のことだった。
 日が暮れて間もない時分、あたりは夕闇が立ち籠め響の考えていた今日のプランも最後の食事ぐらいであることが分かっていた。途中途中で彼女が試食をしようものであればXANXUSが先にひょいっと毒味をしたりという場面が所々であった所為か彼女の小腹は満たされていたようだったが大食らいのXANXUSがそんなもので満足するわけはない。

 腹が減っては戦はできぬと日本では言うものだろうが、これからはまた少しばかり騒がしくなっていくのも彼は知っていた。よくもヴァリアーのボスである己に対し適当な追手を差し向けてくれたものだ。今日の朝、宿から出たXANXUSと響の後を2、3人の男が後を追っているのは知っていたが驚くほど彼らの尾行は下手くそでそれでいてこちらを狙っているわけでもない。殺意等向けてこようものであれば適当な場所へと誘い込み相手をしてやってもよかったがそんな様子も微塵も見せず、結局彼らの目的はよくわからないままだった。
 何なら今、アンブラのメモリーデータはスクアーロが持っていて解読中であると告げてやろうかと思えるがそうなると響の身に危険が及ぶのは必至である。

 そんな時に突然、前から歩んでくる女性二人組に話しかけられては流石のXANXUSとて驚かないわけがなかった。
 今日、響と並び歩んでいたがやはりXANXUSの姿を見て畏怖を感じた一般人は少なくはなく自分たち二人が歩んでいる最中誰かとぶつかるということもなかったし、それどころか避けられている様子だって感じられていたわけでありやはりこの一宮響という人間が普通の感覚の持ち主ではなかったということかと半ば納得している最中のことだ。
 何事かと二人が足を止めると「写真、一緒に撮ってくれませんか?」と響ではなくXANXUSに頼んでいるではないか。隣にいる響が静かに自分を見上げ問いかける。

「…XANXUSさんって芸能人だったんですか?」
「んな訳あるか」

 流石に、苦笑いを禁じ得ない。
 XANXUSにはその自覚はなかったが確かに彼の容姿は異質だった。高身長といったところもあるだろうが、この場においてスーツであることもその髪から流れたエクステンションも恐らく普通の男にはおおよそ似合ったものではなかったがこれら全てがまさに彼のために誂えられたものであると納得してしまうほど似合っていて、真正面から彼のことをじっと見ることは叶わずともすれ違ってから彼の容姿に興奮した様子の女性もいれば芸能人だろうかと囁く人間も少なくはなかった。

 しかしそれであっても話しかけてくる人間はいなかった。が、実際こうやって声をかけてきた目の前の彼女たちは見たところ一般人で間違いはないだろうが心根辺りは相当の猛者であったに違いない。
 が、XANXUSは写真を撮られるつもりは毛頭なかった。今更別に顔なんてものは裏世界では知れ渡っているし撮られようとも問題はなかったが、逆になる可能性がある。つまり写真を撮った仲であるともしも万が一自分の見知らぬマフィアに思われたとして巻き込ませてしまうのは厄介且つこちらとしても迷惑極まりない話だ。その反面、ならば隣を歩む同じ一般人である一宮響のことは巻き込んでもいいのかと聞かれればこの時、恐ろしいほど考えていなかったというのが正直なところである。

「…あのう、」

 さてどうしたものか。カメラを響に渡そうとするその体勢で彼女達が困っているのは両者共に何の反応もとっていないからだろう。
 人の良さそうな響のことだ、何も考えずに受け取るかと思いきや一切手を伸ばすことなくXANXUSの方をじぃっと見て様子を伺っていることに気付く。何だかんだこういう時に聡い女であったということを再度認識すると静かに首を横に振った。当然ながらXANXUS自身が断りの言葉を入れればよかったのだがふと自分やスクアーロの言葉にはずっと頷いてばかりだったこの女は同性に対しこういうときどう対応するのか気になったのはただの気まぐれに違いない。さあこの女はどう出るか。

「…悪いけど」

 結局、女達が差し出したカメラに触れることはなかった。その代わりに彼女がした行動と言えば、――今まで一定の距離をとっていたXANXUSへと一歩近寄りその腕にそっと自分の腕を絡めたぐらいで。
 衣服越しに感じる彼女の柔らかい肢体をまさかこのタイミングで感じることになるとは考えてもいなかったものでわずかながら瞠目し彼女の突然のその行動に戸惑った。

「私の主人は芸能人じゃないし、見世物じゃないの。…ごめんなさいね」
「あ、ごめんなさい私達てっきり…」
「いえいえ、素敵な人でしょう?」
「はい!」

 その自然なやりとりにポカンとさせられっぱなしであったが、その選択こそが正しかったのであろうとすぐに知ることになる。結果、彼女の一言で誰もが不快な気分になることもなく元々悪気のなかった女観光客も「失礼しました」と再度頭を下げながらすれ違い、響も響で「いい旅を」と返しその場はすっかり、収まってしまったのだから。
 彼女たちの姿が見えなくなったのを確認すると何事もなかったかのように響は腕から離れる。少し温もったはずのその部分がやがてまた冷えていくのを感じとりほんの少しだけ惜しいと思えたがどうにも表現が難しく触れた部分に自分でも触れた。心地よかったと感じたのはこの女が温かい手をしているからか? それとも、…

「…俺は夫か」
「あ、すいません。友人だと断るにはインパクトが弱いかなと思って」

 そう答える響はXANXUSの知っている彼女で間違いはない。確かに恋人というよりは配偶者である方が断りやすかっただろう。
 分かってはいたがまさか今の時点で何よりも土産や酒を重きにおいている彼女からそういった単語が出て来ること自体に驚いていたのかもしれないし、逆に男から言われた場合例えその場を切り抜けるための嘘であったとしても勘違いする女だっているだろうというその言葉を躊躇いもなく使うこの女は…否、もう特殊であることは違いない。そう考えると勘違いをするな、と言うべき相手は案外己自身なのかもしれなかった。この女は何も考えちゃいないのだと言い聞かせるしかない。
彼女の放つ言葉はXANXUSを揺り動かす魔法の言葉であるに違いなかった。

 そんなXANXUSの思惑など知るはずもない響はふふ、と楽しげに笑いながら自分の胸をポンポン、と叩き自信満々といった表情で言葉を紡ぐ。

「大丈夫です、任せてください。これからも写真頼まれたらしっかりお断りしますから」
「…なら」

 ――そう、言うなら。
 また少しXANXUSと距離を置いた響の腕を掴み己の腕を持つように指示をし、珍しく彼女の目が驚きに見開いた。聡い筈のこの女はこういうところだけはどうにも鈍いらしいが「えっ」と声をあげた後の反応なんて今はどうでも良い。こちらばかりが揺り動かされるのは性に合わないし、何より目を白黒させる彼女の顔は悪くはない。
 そのまま歩きだすとやがて少しだけ己の腕を掴むその力がほんの少しだけ強くなったような気がして、
 XANXUSは彼女に見られることのないよう静かに口元を緩めたのであった。

その女、
護衛につき。

「…どっちが守られてるか分かったもんじゃねえ」
「え、何かいいました?」

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