「おーい夜」
「放っておいてください」

車の中で横並び。ロマーリオが運転している最中、後部座席に座りながらまっすぐ前を見続ける私とその横で私の機嫌を取ろうとするディーノと。部下である私とボスである彼なのだから本来こういったものは逆であるべきだと分かってはいるんだけど1度こうなったらなかなか戻らないことも自分のことなので分かってはいるつもり。結果、私はだんまりを決め込み彼の言動を全てスルーしているというわけである。
触れてくる手も何度か押しとどめたことによりいつもより長期戦になることを覚悟したディーノはお前なあとボヤきながらそれでも私を構うことを止める気配がない。いい加減諦めればいいのにしつこい男は嫌われますよと釘を差してみたけど効果は非常に薄いようだ。


「オレがとどめを刺したこと怒ってんのか」
「そう思いたければ思っていればどうですか」
「悪かったって。夜なら1人で対処できるのはオレもわかってた」
「なら、」

キャバッローネだって比較的穏健派だと言われていてもマフィアであることに変わりはない。何百何千の組織を傘下に置くだけの実力がそこにはある。
今日は私が主体となって任務をこなしていいとあらかじめ話に聞いていたつもりだった。ボスであるディーノにも自分の元々準備していた作戦も伝えていたし、これなら強行突破になることもないだろうとお墨付きだってもらえていたはずだった。作戦に抜かりはない。もしも万が一のことを考え色んな予想外の出来事が起きたパターンまで出してみれば流石几帳面な日本人だなと笑われたけどそれだって合格という意味合いがあったはずで。

なのに、実際任務になってみればこうだ。
私が立つべき位置を全てディーノに根こそぎ奪われ、結局私は自分の得物である銃を撃つこともなく捨て身で走ってきた雑魚を足蹴にした程度で終えたという有様。屈辱以外の何者でもない。
戦えない人間であれば危険な目に合わなくてよかった、なんて思ったかもしれないけどこっちは戦いたくて戦いたくてウズウズしているばりばりの体育会系だ。しかも最近は事務作業ばっかり任されていて久しぶりの外の仕事だっていうのに。


「…そんなに私のこと、信じられないんですか」
「夜、」
「この程度すら任せてもらえないほど実力がないと思われているのが悔しくて仕方がない」

自分の実力が、自分で把握しているよりも下だと見られているのが悔しい。
何よりも認められたい人にそう思われているのが悲しくて仕方がない。

じわりと浮かんでくる涙は紛れもなく悔しさからだ。
ディーノには勘付かれまいと前を向いたまま手でそれを掬うこともせずにいるとやがてハッと息を呑む声が聞こえてくる。また謝られてしまうんだろうなとか、面倒くさい部下を持ってしまったとか思われているんだろうなというのは百も承知。どうしようもなく可愛くない自分の性格には辟易するけどこれが私だ。また明日から頑張ろう。だから今日はこの態度でいることを許してほしい。

呆れられただろうなと覚悟し膝の上で拳を作っていた左手にするりと指が絡まったのはその時だった。誰の手かだなんて当然聞かずとも分かる。何をするつもりなんだと問うことも抵抗する間もなくグッと強く引っ張られ、そのまま気付けばディーノの腕の中にすっぽりと収まってしまう。


「な、」
「聞いてくれよ夜」

ぽん、ぽんと背中をあやすように撫ぜる手は一ミリたりとも怒っていない。呆れられてもいない。ただ分かったのはそれだけで、声が震えているのはその他の感情が込められているからなのだろう。
いつも何だかんだありながらも私の頭を撫でてくれたことはあってもこうやって触れられたことはない。たくましい胸板に頭を押し付けられ聞こえるのは彼の少し早い心臓の音。私のものではない生きている音はどうしてこうも落ち着くのか。
はあ、と息を吐く声は溜息の類じゃない。ぎゅう、ぎゅうと強く強く抱きすくめられディーノの柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。


「夜の実力を疑っているような真似をして悪かった。でも、…やっぱり駄目なんだ。夜が傷つく可能性が少しでもあるぐらいならオレはそれから守りたいって思っちまう」
「…」
「事務ばっかりさせていたし少しぐらいはオレも落ち着いたと思ったんだけどよ。――身体が勝手に動いてしまったって言い訳は聞きたくないだろうけどそれが本音。情けねえよな、キャバッローネのボスがこんなんじゃ」

はは、と笑う声は覇気がない。いつもの知っているディーノとは別人の言動に私は逆についていけず、気がつけば涙まで止まってしまっている。


――彼は今、一体何を言った。

私が知っている彼は確かに優しかった。部下にも、近くの街の人間にも。子供にも老人にも平等に優しく、だからこそ慕われていた。もちろんそれは私にだって例外じゃない。だけどかけられた言葉はそういう意味じゃないのだと、そういう意味だけじゃないのだと意識させるぐらい甘ったるい余韻を感じさせる。

もしかして、とぐるぐる思考が止まらない。

じわじわと言葉が私の中に溶け出したと同時に沸々と湧き上がるのは恥ずかしさ。顔に熱が集まっていく。耳元まできっと赤くなっているに違いないと思えるほど熱いけれどディーノが私を離す様子が見えないことだけが救いだった。否、きっと彼も私と同じような表情をしているに違いないのだと思えたのは心臓の音が未だに早いから。彼の体温がさっきよりも温かくなっているから。

「夜、」耳元で聞こえるその甘さは、両肩を痛いぐらい掴まれ見つめられた鳶色の瞳は、見たこともない熱を孕んでいた。
(瞳を遮る白熱と恋)

「戦える部下と恋」リクエストありがとうございました!
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