!プロヒーローになった爆豪勝己(成人済)
「何で俺がこんな酔っ払いの相手しなきゃならねえんだボケ」
「いやはやごめんって」
「全然反省してねえだろ」
いやもう反省してますってホントホント。
普通科の皆と年に1度行われる同窓会であれだけはっちゃけるとは思わなかったしいつもの面子だから小綺麗な格好をしてきたものの別に中身まで変える必要はない。だけどまさかその隣で爆豪くんが友達と飲んでいるなんて思ってもみなかったし、やんややんや騒ぎ立て煽られながら一升瓶片手に飲み干した瞬間彼と目があったときはあ、やべ死にたいって思ったけどね。
穴を掘る個性が欲しいとあれだけ思ったことはない。残念ながらそんな個性ではなかったのでそれ以降は大人しく座ってお酒を飲みました。
終わった。
盛大に終わった。
爆豪勝己は私の憧れの後輩である。こちとら雄英高校を出てからプロヒーローを目指したものの挫折に挫折を重ね一般企業で事務員しているOL、片や学生時代に色々あったものの卒業し成人した頃には誰もが納得する強さを持ったプロヒーロー。学生の時から羨ましいとは思わなかった。むしろその圧倒的な強さに感動しこっそり応援していたぐらいだ。
とはいえ彼とそこまで交友があったわけではない。だって私は2つ上。学年が違えば私のことなど知るはずもない。
だけど何かと運良く登校時や休憩時間に鉢合わせしたりして名前ぐらいは覚え…いや、そういや名前を呼ばれたことはなかったか…失敬、顔ぐらいは覚えてくれていたと信じている。
「爆豪くんのことニュースで見ない日はないよお」
「くっせ。お前もうしゃべんな」
「えー何で?私ずーっと爆豪くんに会いたかったのに」
家が、近い、らしい。
予想外に酔い潰れた私をどうしようかと皆が酔っ払いの私から住所を聞き出してくれていると何とちょうど帰るところだった爆豪くんが近所だから送ってくれると救いの声をだしてくれたのだ。
交流がなかったとは言え同じ母校の人間。ヒーローが出なかった普通科の私たちにとっては後輩にあたるその子を信頼しなかった人は誰一人としていなかったらしい。そういう意味でもプロヒーローっていう肩書きは何よりも信頼に値するんだなあ。なんてフラフラの足取りで考える。
途中で吐き気を催したけど何とかこらえたのは維持というかプライドというか。まさか憧れの人にあんな姿見られるなんてというショックが一番大きいけどゲロを見せることを考えれば何倍もマシだ。せめてもう少し。もう少しで私の家に着く。部屋まで入ればこっちのものだ。
「ありがとうねえ、爆豪くん。助かりました」
「…」
「家、近いんだって?またいつかお礼するから遊びに来てよ。君なら大歓迎だからさ」
結局部屋の前まで送らせてしまった。その頃には夜風に当たり続けてきた所為か酔いは少しずつ落ち着き、その代わり後悔と恥ずかしさがふつふつと湧いて出てくる。何とか一人でよろよろと歩き、カバンの中からカギを取り出し解錠しながら私は爆豪くんに何てところを見られてしまったのかと泣きたい気持ちでいっぱいだった。
後悔先に立たず。そんなことわざがふと脳裏によぎり、出来るだけにこやかな笑みを浮かべ爆豪くんがどうかこの件に関して忘れてくれることを祈るばかりだ。
「テメエは」
だけど、爆豪くんはそこから帰る様子はない。ハアと大きく息を吐いたかと思うと次に彼が見上げた時、知っている彼ではないような気がして思わず一歩、後ろに下がった。ゴン、と後頭部が扉にぶつかるけどその痛みなんて感じられらないぐらいに――彼の目が、真剣だったから。
それはニュースで見てきた彼の活躍しているあの表情ではない。さっきまで人のことを散々バカにして来たあの表情ではない。私が可愛いな、格好いいな、って思ってた好戦的な表情でもないそれは“男の人”そのものだった。
残ったアルコールが急激に冷めていくのを自分でも感じている。怒っているようなその表情は、私に何一つ逃げ場など用意をしてくれなかった。このまま背中を見せて扉を開けることすら。このままさよなら、またねと言わせてくれることも冗談一つ言わせてもくれない雰囲気に生唾をごくりと飲み込んだ。
やがて伸ばされた手は私に触れることもなく後ろの扉に押し付けられ彼の整った顔がずんずんと容赦なく近付いて来る。学生の時では有り得なかった距離だ。
怖くなって思わず俯こうとするもすぐにそれも爆豪くんの手によってぐっと押し上げられ否が応でも彼と目が合うことになる。炎を宿した目だ。食べられると思ったのは私でもわからない。爆豪くんの半端に開いた口からアルコールの匂いがしたようで、彼もきっと酔っているんだと思うと少しだけ安堵した反面それが分かるぐらい近いことにもうさっきから高鳴りっぱなしの心臓が限界を迎えている。
「…ばく、ごうくん?」
「テメエは昔からそうやって俺を期待させるのが得意みたいだな」
――そのあとのことは覚えていない。
ただ間違いないことは起きた時に二日酔いと吐き気にトイレへ直行したこと、あまりの酒臭さに部屋中消臭スプレーを振りまいたこと。それと、
「まじか」
家のノブに水が1本入ったコンビニ袋が風に吹かれ揺れていたこと、それからその中に彼の、――爆豪くんのものと思わしき電話番号が書かれたメモが置いてあったこと。昨夜のあれは夢じゃなかったのかと最上級の頭痛が私に襲いかかる。つまり、だ。つまりつまりつまり。
…つまり、あれも、夢じゃなかったの?
震えた指が抑えた唇。あの熱いと感じた記憶も、もしかして。