正直彼が何を考えているのかよく分からない。
まあ当然だろうな、だって何も喋らないし。静かにしろとは言われないけど大体喧しくしてたらいつの間にかすっと立ち上がってどこかに行っているし。近付こうとしたら気配で分かるのか自室に篭っちゃうし。あれ、もしかしなくても私って嫌われてる?なんて考えたらちょっと悲しくなってきた。皆でご飯、楽しいのになあ。それも嫌だって言われたら強制することなんてできやしない。
「あるじさま、どうされたのですか?」
「ううん、別に何もないのよ。ごめんね」
今日も今日とて大倶利伽羅は皆との食事を終えると言葉もなく席を立ち自室へと歩いていく。それに対して鶴丸が何か声をかけたけどそれも大した返答もない。残された人間は一瞬だけ寂しそうな顔をするものの、またいつもの喧騒に戻っていく。
本丸はずいぶんと人が増えた。新しくやって来てくれた男士たちも少しずつこの本丸に慣れてきたのかいちいち私に許可を得なくとも色々なことをするようになったし、面倒見のいい男士になると大所帯の粟田口の子たちと遊んでくれるようにもなった。
本丸には笑顔が増えた。だけど彼はその群れの中に入ることはない。それがちょっと寂しいと思うけど性格的な問題なのであれば、それを拒絶するならば私は黙って見てるだけなのだ。
いつかどうにかなるかなあ、なんて悠長に構えてたら古株のはずの大倶利伽羅は1番話すことのない人物となっている。だけど今更何を話していいのかわからないぐらいに、…そうだ、好きな人ほど目を合わせて話すことが出来ない。そんな感覚に近いのかもしれない。
いつの間にこんなに彼を目で追うようになったのだろう。
いつの間に喋ることもない彼と横並びで話すことを夢見るようになっていたのだろう。
ああ情けない。何が間違っていたのかなんて最初からなんだろう。ずっとずっと覚えている。いつまで経っても忘れることはない。
顕現の光、あまりの眩さに目を細めた後に現れた彼に私はひと目で恋に落ち、そして色々と拗らせ今に至るのだ。
「はーーー、つかれた」
食事を終えると皆で解散。
厨はそこまで人が入らないから片付け当番と手分けして片付けていく。すっかりお皿の枚数も増えていった。割れることを考えて予備のお皿も用意している。こうやって大所帯になるだなんて一年前の私は想像出来なかっただろうな。
最後まで付き合ってくれた歌仙にもお礼を言って最後のお皿を食器棚にしまい込み、誰もいないことをいいことにふわあと大きく欠伸をした。自分の仕事はまた起きてからすることにしてとりあえず寝ようか。
最近皆が頑張ってくれてるし奮発してお肉を買ったのだ。明日はご馳走だしお米はいつも以上に消化されるに違いない。ふふ、と笑いながら廊下に出たその時だった。誰かがいたことに気付いたのは。
「…あ、」
何故そこに大倶利伽羅が居たのか。
たまたま通るような場所でもないしそれにしては随分、…私の自惚れでないのであれば偶然ばったり出くわしたような姿勢ではなく壁に背中をつきこちらをちらりと見ているその姿は。
(……いやいやいや、そんな馬鹿な)
きっと厨に用事があったのだろう。あまり食べない彼だ、お腹が空いたのかもしれない。
「ご、ごめんね、時間かかっちゃって。厨、もう誰もいないからどうぞ」
「……」
「あ、もしかして夜食?なら今日の残り物だけど机の上に「もう終わったのか」…?え、あ、うん」
私の言葉を最後まで聞くつもりではなかったようなその質問の意味を、脳内花畑の私はただ都合のいい方に解釈しようと動き始める。それと同時にいやいやそれはないと否定する声も脳内で起こっているけど何しろ自惚れの力とは凄まじくその声は自分でも驚く程に小さく、情けない。
「そうか」それだけ言うと大倶利伽羅は厨に行くわけでもなく踵を返しまた私とは逆の方へ、自室の方へと歩んでいく。
──こういう時ほど、どうして私は欲望に素直になるのか。
パッと駆け出しすぐ近くの大倶利伽羅の手を引き止めるようにして握った。
怪我をした大倶利伽羅の手にかつて触れたことがある。彼の手は、その冷え冷えとした視線とは正反対に温かいことを知っている。
「あ、」
「……何だ」
「待っててくれてありがとう」
「…俺はお前を待っていたつもりなどない」
これが久々の会話。だけど、私の手を振り払うことなく言葉を返してくれることがこれほど嬉しいだなんてかつて思ったことがあっただろうか。
勘違いでもいい。自惚れでいい。
だけど私が触れているこの手がとても冷たいのは事実であり、…何の用事もないのに厨から一番遠い部屋に位置する彼がわざわざここにやってきたことに理由がないはずはないのだ。大倶利伽羅は意味の無いことを敢えてするようなひとじゃないのは私がいちばん、よくわかっているから。
「明日お肉なの。めちゃくちゃ豪華なお肉なの」
「…だから、」
「うん、それだけ。言いたかっただけ。だから明日は期待してて」
何が言いたいのか私だってよくわかんない。いざ念願の大倶利伽羅が目の前に立っているというこの状況は私も予想外なのだ。
皆に話しているように振る舞えているだろうか。手の震えは彼に伝わっていないだろうか。そんな不安と共に顔をあげればいつもと同じように無表情な彼が私を見下ろしていて、
深夜の邂逅
まさか彼が目を細め「分かった」と言うなんて誰が想像出来たのか。期待してろって私が言ったのだからそう返すのが1番無難だっただろう。分かってる。分かってるけど、……
「〜…っ、今のは狡すぎでしょう」
大倶利伽羅がそのまま廊下の奥に消えてから私はずるずるとその場に座り込む。顔は驚く程熱く、恐らく畑に植えてあるどのトマトよりも赤くなっているに違いない。
ああ、明日どんな顔で彼を見ればいいと言うの。