「ぬしさま…ではない」

視界がクリアになり目を開いた。
ああ、此処はどこだ。さっき突然黒服の集団に拉致され仕事中の、仕事着のまま黒ベンツに乗せられその間、よくわからない質問を繰り出された。やれ父の名前、祖父の名前、私の特技、今の仕事に年収、色々ぶっ飛んで家系の話をされた時には流石に目を見開いた。誰なのだこの人達は。
よく分からない機械に乗り込まされる前に一人の女性が私の耳元で呟いた。

『どうぞ彼を救ってください』

訳が分からないまま強い衝撃に身を委ねさせられ、気が付いたら和室だった。どうやら気を失っていたらしい。畳に寝転んでいると何だか懐かしい匂いがする。

襖が開けられたのはその瞬間だった。

「ぬしさま、ではない」

言い切られるその言葉に、何だか身を斬られるようなそんな感覚に陥った。
私を見下ろす大きな男は冷たい視線をこちらによこした白い髪。異国の人間にしては服も言葉も少し古風がかっている。

「ここはぬし様の部屋。ぬし様以外は直ちに往ね」

部屋を見回す。主の部屋という割に何と懐かしい雰囲気をしているのだろう。
男は一向に動こうとしない私を見て苛立ったのか腕をひっつかみ無理やり立たせた。やけに背の高い男だ。私よりも長い髪はやや荒れ、服も小汚いというのにこの男の瞳は全く淀んでいない。ぬしさま、とうわ言のようにつぶやく彼は待っているのだと分かった。
なんて、容赦のないことを。胃がぎりりと痛んだ。

把握するのにさほど時間はかからなかった。

「おまえも、辛いか」
「おまえはぬしさまではない」
「そうだな。だがお前の主は私の祖父だ」
「!」

分かってしまった。
ここは祖父の部屋にそっくりだったのだから。
数年前祖父が他界し、後を追うようにすぐに父が亡くなった。殉職らしい。我が家系はどうやら死に急ぐらしい。死に急ぐ家系として政府に選ばれただけなのだけど。
祖父のような凛とした人間になりたかった。
父のようなおおらかな人間になりたかった。
しかし私は二人の志は告げなかった。

今、この身に纏うのは父の仕事服を模したもの。
流石に帽子は外してきたが白い軍服を身につけ、今日は父を守ってくれていた戦う女の子達に挨拶をしてきたところだ。父は提督だった。
女の子たちが私に似合うだろうと作ってくれた服が心に痛い。初めて会ったのにサイズがぴったりだったところに、何故か父の愛を感じたのだ。

そして祖父は審神者へと抜擢され、よく分からない場所に隔離され日々戦場に身を置いているとだけ聞いていた。こんな形でその場に来ることになろうとは思ってもみなかったが。

「お前が祖父を看取ってくれたのか」
「ぬしさまは」
「我が家に祖父の亡骸が帰ってきた時、口元に笑みを浮かべていたな。お前のおかげだろう」

稀に姿を見せては可愛い狐をひらったのだと笑う祖父に父も私も意味がわからないまま首をかしげたものだ。
どうしてだか、彼がそれだと分かってしまった。
父を看取った彼女達は泣き腫らした瞳で私を迎えてくれたのにこの男はそれすら認められず、ひとりでここにいたというのか。

「…泣けないのは、辛いな」

掴まれていない方の手で男の頬に手をやった。

祖父の文机には櫛が何種類も置いてある。
おそらくは彼の髪を手入れしていたのは祖父なのだろう。彼と祖父に、並々ならぬ絆を感じ、悲しくなるのと同時に誇らしさも、切なさも、息苦しさも感じられた。
父はともかく祖父は老衰、そして頑固さは我が家系は皆一様に持っている。祖父の仕事の内容は良く分からないが、きっと亡くなる前に彼を一人取り残すまいと手放そうとしたに違いないがそれでも1人、この部屋を綺麗に保っているのはこの彼の恐らく滅多とない反抗だろう。
哀しいぐらいに、理解ってしまった。

「お前の主の話を聞かせてよ、小狐丸」
「!」
「私は勝手に、自慢の祖父の話をしよう」

その名は今の今まで知らなかったというのに、彼の瞳を見た瞬間何故かするりと名前が口から滑り出た。
瞳が、私を掴む手が、震えている。そうか、お前は、お前も1人だったんだな。
そう思うとどうしてだか今まで溜めに溜めていた涙が止まらなくなってしまった。知らない人なのに何故か懐かしくそれでいて落ち着くこの香りは、確かに祖父の忘れ形見だ。祖父が死に際を家ではなく此処を選んだことに最初は少しだけ恨みもしたが、その理由も分かってしまった。

やがて彼はその眉根を困ったように下げながら私を掴んでいた手を離し、そのまま私をすっぽりと腕の中に抱くと望み通りぽつりぽつりと私の知らない祖父の話をし始めた。

気が付けば私も彼も、独りではなくなっていた。
(引継ぎミゼラブル)

祖父:審神者、父:提督で引き継ぎ業務をするのであれば血筋の子であったらいいなあ、独り取り残された彼が毛並みを整えることなんて考えずにずっと待ってたらいいなあとか、完全周りを拒絶しているという感じで書きたかった小話。軍服の審神者。

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