「申し訳ございません、雲雀さん」
「…仕方ないよ、これが仕事だろ」
「……本当に、申し訳ございません…」

 古びた屋敷、地下室。一人の女が沢山の咬み傷が原因で死んでいる。
 そんな報告を受けて海外から呼び戻された僕を待っていたのは不思議な事件で、何故僕がといわれればその屋敷の持ち主が僕だったからだ。

 現状を報告するのはこの並盛に数ヶ月前から吸血鬼ハンターとしてやってきている女・夜。自分の事のように唇を噛みしめ己の無力を悔いているその様子は美しさを感じさせるほど。もうこれ以上感情は出すまいと思っているのか可哀想なぐらい身体は震え、顔は青ざめ、立っているのがやっとのようにも見えた。
 彼女はここ数年この並盛で力を振るっているという吸血鬼を退治しに僕に依頼されやってきた子だった。まだ歳も若いというのに何匹もの吸血鬼を屠り続けているというなかなかの実力者であるらしい。僕もそれを期待した。その動きを期待し、彼女に先半年分の依頼料を渡し、また彼女はそれを受け取り「それまでには必ず」と自信に満ちた目でそう応えたのが随分前のようにも思える。


「もう、これ以上犠牲者は、出さないと…決めていたのに」

 彼女の行動を、正義を、仕事を嘲笑うかのように吸血鬼は以前よりも行動を活発にした。その都度、彼女がこれまで吸血鬼を屠ってきたことにより培われてきた自信は最早木端微塵に砕かれ今となってはもう弱々しい視線で、目を伏せるしかない。
 それまで吸血鬼の行動は今まで穏やかなものだった。前まではそんな事もなかったというのに最近だと1週間に1度は年頃の女性を狙っているようにもみえる。大体は噛まれたぐらい、少し血を吸われた程度で吸血鬼化することもなかったし死に至る訳でもなかったようだけど今回、初めて死者が出てしまった。
 僕の、妻だった。


「君は上手くやってくれているよ」
「…ですが、」

 わなわなと唇を震わせ、手なんてもう可哀想なぐらいきつく握りしめているようで血が滲み出ていた。その香りに思わずすんと鼻を鳴らし目が赤くなるのを抑えながら僕は内心笑みを隠しきれない。

 ああ何て人間とは愚かなんだろう。
 どうして気が付かないのだろう。

 この僕こそが吸血鬼だなんて何故その考えに至らないのか不思議で仕方ない。ところどころに分かりやすい形跡も残したというのに彼女は彼女の持ち得る知識から僕が吸血鬼であるはずがないと決めてしまっていた。
 吸血鬼全員が日光を少しでも浴びれば灰になると思ったのか、鏡に一切映らないと思ったのか、はたまた吸血鬼ハンターに自分を狩りにこいと依頼する者なんていないと思ったのか。そんなの弱い吸血鬼ぐらいでしかない。強ければ強いだけ、その弱点はほとんどないようなものなのに。
 僕が先日吸い殺したのは確かに妻というものだったけど本当は美味しそうなエサの1つでしかなかったというのにそれに惑わされ僕が吸血鬼であるという考え自体完全に消してしまったらしい。


「夜」
「…っ、ひば、りさん?」
「ごめんね、弱みにつけこむようで」

 そう苦しげに微笑んでみせれば夜に触れても逃げられることはない。
 彼女の華奢な身体を僕の腕の中に閉じ込めればごめんなさいという言葉ばかりが聞こえてくる。君には最愛の妻に先立たれ苦しげに他の女に手を出すなんてさびしい男に見えているだろうか。
 君が優しいことを知っているよ。その正義感から、僕を拒まないこともね。


「名前で、呼んでくれないかな」
「……恭弥さ、ん」

 そしてズタズタに引き裂いたプライドが元に戻ることはきっと暫くはないだろう。叩きのめすというのはあまり好きではないし、できれば少しは反抗もしてほしいし楽しみたい訳だけど自爆する程度に抵抗する力は出来るだけ押さえておきたい。夜を眷属にする儀式を執り行うその日までは。

 この目に見える柔らかい皮膚の下を流れる血は格別に美味いに違いない。目が赤く爛々と光り、隠していた牙が僕の欲望に反応し尖っていくのが分かる。…だめだ、もう少しだけ待たないと。今この時点で彼女の姿を隠すのはまずい。もしも万が一吸血の最中逃げられてしまうのも面倒くさい。
 ミスをすることは許されてはいない。彼女は僕のもの。これを逃すわけにはいかないんだ。
 だってそうじゃないとわざわざ他の、大して美味しくない人間達を辺り構わず吸うことはなかった。吸血鬼ハンターは吸血鬼の居る場所にしかやってこない。ならば彼女をおびき寄せるのは僕だ。
 僕を目的にしている君のことを狙っていたなんて君はもちろん気付くことはないんだろうけどね。


「もう少し、こうしてていいかな」
「…私で、……本当に、よければ」

 君じゃなければ、意味がないんだけどね。
 首筋にすり寄れば擽ったそうに身を捩る彼女のその仕草に、僕の理性はもう飛んでしまう限界だ。ああもう待ちきれない。口内は既に彼女の味を予想して生唾でいっぱいになっている。君の事をどれだけ待っただろう。その手の傷でいいから口に含ませてほしいけどそんなことをすれば僕の目も牙も見つかりたちまち吸血鬼ハンターとしての仕事を遂行するだろう。僕もまた、それを阻むため動くだろうけど。そんな戦いをしてもいい。だけどそれ以上に僕は君が、夜がずっとずっと欲しかった。


「夜」
「恭弥、さん」

 ゆっくりと僕の背中に回された腕を確認し、僕は更に彼女を抱きしめる力を強めた。
 この牙で彼女を眷属にすべく血を吸えば。また、欲望のままに吸い続けることになれば。どうしてと嘆き自分の無力さにこれ以上ないというほどの絶望に暮れるに違いなかった。大丈夫、永遠の命を手に入れたらそんな小さなこと気にもならなくなるさ。

 とりあえず今は首筋ではなく唇に。もう少し。きっと、あと少しすれば君の血液を啜ることができる。そしてそこから僕の魔力を移し、人間としての生を終えるとき。吸血鬼としての生を受けるとき。きっと君は僕の人生史上最高に、美味しそうに泣いて、啼くのだろう。
 僕はその時が待ち遠しい。
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