「…夜、あなた」
「ごめんね、私、大事なものが出来たの」

 彼女は純粋故に恐ろしい。
 だが、それ故に美しい。

 そう思ったのはきっと夜と初めて会ったあの時だろう。何も知らない黒曜中学の学生の一人。僕に与えられた席の、たまたま隣に座っていた人間だ。
 樺根。黒曜中学における僕の名前を呼び、「よろしくね」と穏やかに笑った彼女の温かな笑みを見、僕は僕らしくもなく一目見て堕ちた。
 嗚呼何と美しい瞳をしているのだろうと。
 僕が、この六道骸が今まで何をして生きてきたかなど知らないのは当然のことだがそれにしても他人を見るその目に疑った様子が欠片も感じられなかったのは寧ろ恐怖に近い。

 何故そうも純粋な目でこちらを見ているのか理由が分からなかった。僕の事を見て気に入った?否、そういう訳ではないとはすぐに理解した。彼女は僕だけではなく他の人間にも隔たりなく接する。それが当然というかの振る舞いに僕は恐れ慄いた。
 他者とは嬲るもの。他者とは永遠に理解り合えぬもの。他者とは蹂躙するもの。僕がこれまで生きてきた中でそう信じてきた。そうだ、信じるという言葉を使うのであればそれは己が築いてきたものだけにのみ適用される。
 だからこそ僕は彼女の瞳が恐ろしく、そしてどうしようもなく惹かれてしまったのだ。疑うことも知らぬその無垢な瞳はさぞいい教育を、愛を受けてきたのだろう。ならばそれら全てに辟易した僕がそれに惹かれてしまうのも奪おうと思ったとしても当然の事象であり許されるべき事である。

「よくできましたね、夜」
「褒められると照れちゃうな」
「…いい子だ」

 ――…だからこそ、これはどうしても僕のものにしたかった。

 彼女を自分のものにするためならば僕は何だってしよう。そう考えられるほどに彼女は魅力的でもあった。彼女は、夜はそういう力を持っていたのだ。
 樺根として日辻真人を陥れ、それだけでは飽き足らずに僕はもう一人、夜という少女を捕まえることに成功した。幻術で少しずつ慣らし、僕のことだけを見、僕のことだけを信じるように念入りに術をかけ続けた。精神世界にも干渉できるようになった頃には彼女が元々持ち得ていた術士としての才能は僕に同調するかのように成長し始める。その際若干壊れ始めていたがそれは計算の内であり何も問題はない。
 嗚呼、何と素晴らしい。この数日だけで見違えるような、そのあたりにいる術士の比ではないモノが完成し始めている。僕は彼女が愛おしい。

 しかし、だからこそ彼女を決して誰の手にも落ちぬよう手筈は整えていた。
 万が一の事があってはいけない。99%ではいけない。沢田綱吉の肉体を手に入れ日本から飛び立つそれまでは彼女に深く術をかけ、また彼女自身も他の人間に、マフィアに見つからぬよう一般人として生活するように暗示をかける事を命じた。彼女は僕と離れることを不安に思ったのか少しだけ考えた素振りを見せたがそれも自分のため、ひいては僕のためだとすぐに理解し是と頷いた。

「待たせましたね、夜」
「本当に、そうだよ」

 そうして、ようやく全てを終えた。
 ボンゴレリングを巡っての争いも、大して興味のなかった継承式の最中に厄介事に振り回されたもののそのお陰で忌まわしき復讐者の檻から己の身体を取り戻し、僕の前にはようやく厄介なものが失せた。他者はもうこれで平穏が訪れたと安堵しているだろう。僕だって今は別段あれらに干渉しようとなんて思ってはいない。
 いつの間にか犬や千種だけではなく何人か僕の周りに人が増えたがそんなことすら別にどうだってかまわない。僕の求めているものはたった一つだけなのだ。

 自由の体となり足を向けるは夜の家。
 温かい家庭に囲まれ、学友に恵まれた彼女。僕が現れてから少しずつ崩壊していたが、再度僕が彼女の前に姿を現さなければその暗示は生涯解けることもなかっただろう。これからも幸せにその笑みを周囲へと撒き散らしながら進むはずであったその平坦な道を茨だらけのものへと差し替えたのは紛れもなくこの僕だ。
 夜の足元には既に息絶えた彼女の家族であったもの。生命を奪ったのは僕が彼女に預けていた銃であり、またしかしトリガーを引いたのは夜。どうしてと言わんばかりの表情を浮かべたままの彼女の肉親は絶望の内に死んだのだろう。大して興味もないとばかりにその動かなくなった頭を踏みつけ此方へと歩む、返り血を浴びた夜は僕の到着を既にわかっていたのだろう。おかえりなさいと微笑む彼女は嗚呼何と愛おしい。

「…どこまでも、あなたのそばに」

 濁りきった瞳の彼女は、最高の人形だった。


#深夜の夢小説60分1本勝負
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