その男は突然現れた。
 人数だけはやけにいるこの並盛大学、必修単位を取る以外に卒業するために自分で幾つか授業を選ぶ必要があり、そうとなると学部なんて関係もなければ学年だってバラバラの事だってある。
 現に私の前の席の人間も知らない人な訳だし、隣に座った子は確かに顔見知りではあるけどこの授業が終われば自分の学部のある棟へ向かってしまう。
 そう考えれば小学校から高校まできちんとクラスがあって1年単位で一緒にいたあの時の方が人と仲良くする機会はあったんだろうなあと思っているわけで。


「どうぞ」
「ああ」

 前の人から配られた資料を受け取り、自分の分を1枚とって、後ろへ渡す。
 講義は自由席なのでたまに自分の後ろが空席だということだってあるからと半身を捻り確認するとその心配はご無用といわんばかりに黒の手袋が私の手からプリントをしっかりと受け取った。
 またこの人か。
 ざわつく教室に何となくそう感じていたものの確認するまでは確信も持てず内心ハア、と息をついた。

 彼の名をS・スクアーロという。
 …言っておくけど私が聞いた訳じゃない。講義を終えたと同時に彼の周りに集まる女性陣がそう呼んでいるのをたまたま耳にして、いつの間にか覚えてしまった。
どうやらイタリアの人であるらしく、無口ではあるものの女子達に囲まれても愛想を振り撒く彼は一躍有名になり話す機会はなく人気だけが、噂だけが流れていく。
 曰くプレイボーイであると。
 そのチャンスをどうにかモノとしようとしている女性たちの日々の戦いに私は首をすくめ、さっさと次の講義の為に教室を後にする。日本人女性としての操だとかそういうオカタイ事は良いのか女子大生たちよ。私には何の関係もないことだけど。


「……はあ」

 疲れた。テストが近いと教授たちも張り切って授業の中に詰め込んでくるし正直頭の中はいっぱいいっぱいだ。
 それに加え最近はあの彼、S・スクアーロの所為で彼がいつも座るような場所付近は女子生徒が陣取り私の席すら危うくなるという二次災害も受けている。前の席に行けば良いんだろうけどそこまで真面目な訳でもない。携帯をいじることもお腹が空いたからとお菓子を摘むような学生が行ける場所でないことは自分がよく分かっている。

 ゴソゴソと鞄から煙草を取り出し火をつけた。
 ここは一番大学の中でも端の方に作られた喫煙所。流石に分煙化は進んでいる上にあまり女生徒は煙草を吸う人が居ない。お陰様で此処は常連の教授や、違う学部の男の先輩だったりと私と同じ学部の子ではきっと出来ないような知り合いがちょこちょこ出来ている。喫煙所コミュニティとはよく言ったものだ。


「火、貸してくれねえか」
「どーぞ」

 こうやって、知らない人であっても喫煙者あるあるで簡単に話すきっかけが……ん…?
 水色の100円ライター。灯してあげた火。「grazie」かけられる声。さらさらとした髪に火があたらないよう片手で落ちてくる髪の毛を掻き上げながら近付いて来る顔。

 喫煙者であることを今更驚くことはない。彼からは確かに煙草の香りがしてきていたのは確かなのだ。
 だけど此処で見た事は流石になかった。まさかこんな場所で出会うことになるとは。


「ん?」
「あ、いや…さっきの講義ぶりですね」

 そうだな、と返され吐き出される紫煙。当然ながら座っているこの人しか見たことがなかったもので、座っていても少し背は高いんだろうなとは何処となく分かっていたもののこれほどまでに背が高いとは思ってなく驚いて見上げてしまう。


「お前はいつも此処で吸ってんのかぁ」
「まあ、一応…そんなにヘビーなつもりじゃないけど」
「そうかぁ」

 海外の大学に来るぐらいだ、きっと勉強熱心なのだろうけどここまで日本語が流暢ならば確かに女性陣だって放っておかないだろう。
 何というか、何をするにも絵になる人というのは本当に居たのだ。
 煙草を咥え、吸い、吐き出す。その単調作業、私もいつもしている行動だというのに彼がすると何というか色気も共に放出されているような気もしないでもない。何てこった。

 それ以上見続けるも失礼だろうとちまちま吸いながら私も携帯でツイッターやらラインやらを確認していると携帯の画面の上に乗る銀の糸。


「わっ、びびびびっくりした」
「日本人ってのは積極的な男をどう思うかは知らねえが」

 所謂、壁ドン。ドンはされていないけどトン?いやそんな事果てしなくどうでもいいけど間違いなく私は壁に縫い付けられたような感じだった。
 片側にS・スクアーロの腕。広げられた手が私の真横の壁についてあり、もう片側は空いている。何が起こっているのかは分からないけど逃「逃さねえよ」……心読まれてる。
 しかしながらS・スクアーロ。ギラリとした目はそのままにほんの僅か、その白い頬がほんのちょっぴり赤くなっているのは気のせいだろうか。いや、自惚れるのは非常によくない。私の容姿だって至って凡人であることは私が一番分かっている。だけど、


「…お前と仲良くしてえんだがどうすりゃいい」

 色々ぶっ飛ばして何をおっしゃることか。
 私の席の後ろを一生懸命死守したと、何処か行こうとしている私についていって正解だったとここで初めての暴露を受け手元の吸いかけの煙草だって全て灰となる。
 それでも疑問形の彼の言葉に私はとりあえず完全に停止した頭をどうにかフル回転させ、携帯を突き出した。



「?」
「とりあえず、喫煙者友達から、始めますか」

 ――…これは誰も知らない、コミュニティ。
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