まだまだ未熟な身である私はメイドという役割を与えられているとは言え到底誰かのお世話等を出来るような立場ではない。見習いの域から出られていないうちはひたすら先輩の後を追い、誰とも関わらないようにしながらあらゆるマナーやその屋敷のルールを学ぶ日々を送っていた。
しかしながらここはただの金持ち屋敷というわけではない。由緒正しい知る人ぞ知るボンゴレだ。家事が出来るだけでは務まる訳でもなく、ある程度の教養や知識とは別件で最低限自分の身は自分で守る程度の武力だって必要となる。私が此処へ採用されたのは寧ろ後者の方が最低基準をクリアしていたからだということは自分でもよく分かっていた。

「どうされました?」

だからこそ、他のメイドとは少し違うということを幼い彼は感じ取ったのかもしれない。これがボンゴレの血筋に受け継がれているという超直感なるものなのだろうか、はたまた経験からなのか。
就職してから数日、敵意や殺意とはまた違う視線を受けていることに気付きその主を探し出した結果驚くべき人で。

「…」

ひょっこりと現れたのは私が入ってくる数日前にこの屋敷へとやって来たXANXUS様だった。「壊れた」小さな声に、視線を合わせるべくしゃがみこむとその赤い瞳が私をじっと見ている。どうやら先日私がXANXUS様に差し上げたペンを折ってしまったらしい。男性の手にしては随分細い万年筆は彼のまだまだ幼い手には随分と大きい。
ずっと彼は私が他のメイドと違うということが分かっていたみたいだった。誰も居ないところを見計らって私の前に姿を現すのはきっと私がまだ人前に出てはいけないと厳しく言われていることを知っているからなのだろう。他のメイドには口を利いたこともないXANXUS様は、それでも私には懐いてくださっているだなんて誰かが目にすれば色々と面倒くさいことになることも、彼は齢8にして知っているらしい。恐ろしいほどの観察眼を持った彼がこれからどう育つか、私はメイドの身ながら非常に楽しみである。

「…あら」

自分が勉強をしている際、くるくると回していたその赤い万年筆が気に入ったらしく珍しく子どもらしい表情を浮かべ見ていたので差し上げたものだ。
その手指が黒くなっていて液漏れをしていることに気付く。たった今、落としたかぶつけたかされたのだろう。彼は手が汚れるのを厭わず慌てて私のところにやって来たに違いない。他の大人やメイドに相談することもなく本人である私にしか言うことも出来ないというのは困ったものだけど、ほんの少し嬉しいところでもある。この方は私を、信頼してくださっているということに変わりないのだから。

「大丈夫ですよXANXUS様。これはすぐに部品を交換すれば直ります」
「…もらった、のに」
「良いのですよ。何であっても、いずれ壊れます」

これからXANXUS様は言語に教養、それからマフィアの情勢などを学ぶ。幼く柔らかな脳は沢山の事を吸収されるだろう。
だけど恐らく、彼は同世代の友人に囲まれることはない。
ボンゴレの時期ボスとして、学業は此処でずっと学ばれていくだろう。同じ年代の人間に囲まれ学ぶコミュニケーション能力は恐らくきっと育まれることはない。一介のメイドごときがそんなことを進言出来る訳もないけれどそれはきっといつか彼の進む道を阻むことになりそうだと私は思っていた。

もしもどうしても避けられない道が目の前に現れてしまえば。
もしも一人じゃどうしようも出来ない道が彼の歩む道に現れてしまったら。

私は至って普通の家庭で育ってきた。仲間と笑い、喧嘩をし、間違えていたら謝る。そんな当たり前は彼には通用しない。
今の彼もそうだ。きっと私が渡したコレを壊してしまったことにどうしていいのか分からない状態で、無表情ではあるけれど私へと報告をした。”謝る”という行為そのものを、彼は知らない。選択肢にすらない。
…いいえ。
上にいくものだからこそ、目下の者に頭を下げ謝罪する事を許されはしないのだ。こればかりは9代目であるティモッテオ様がお決めになることだけど。

「…おまえは」

万年筆を預かりその汚れてしまった手を私の白いエプロンで拭いているとこれもまた小さく聞こえる声。汚れをすっかり取り除いてから彼を見返すと変わりなくまっすぐな瞳がこちらを見ている。とても綺麗な目だった。
私は別に万人ではない。何でも理解できるような聖人君子でもない。だけど彼の言いたい事は分かっている。

「私は壊れませんよ。頑丈さだけが取り柄ですから」

だって彼はとても優しい心を持っているのだから。
素直すぎて柔らかく、傷つきやすい心。これがどうかマフィアの世界で手折られない事を祈らずにはいられない。

何でも壊れる。何でも壊してしまう。
まだ力をコントロールしきれていないことは知っている。怒りに部屋中の調度品を燃やし尽くしてしまったことも聞いている。
彼はそれを恐れているのだ。恐ろしいほどの他者を屈服させてしまえる力は紛れもなくXANXUS様のものだ。自分の力を誰よりも怯えている。
きっとその万年筆の元の持ち主である私の事もそう思ってしまったのかもしれない、とこれはただの自惚れだろうけど。
にっこりと笑みを浮かべXANXUS様の手を持ったまま私の頬、額、頭、首、それから心臓の上へ。彼の子どもらしからぬ冷たい手は私の鼓動を聞いたかしら。

「ね?」

こくりと頷くXANXUS様にきちんと伝わったかどうかは分からない。
繋がれた手は私の半分以下の大きさだというのにこれが、もっともっと大きくなっていき、誰かを守っていくのだろう。そうなるのがとても楽しみで、少しだけ寂しい。そう思ってしまうことはきっといけないことなのだろうけれど。

「ではこの万年筆は直り次第、すぐにお返ししますね。わざわざありがとうございます」
「ん」

きっとこの空気をどうも気恥ずかしいと思われたのだろう、「バーカ」だなんて何処でそんな言葉を覚えてこられたのか。まあ、とちょっと怒った振りをすると口元を緩めたXANXUS様はまだまだ、幼い。

今度は文字とは別に、女心というものも教えてさしあげましょうか。
気がつけば先ほどよりも心なしか楽しげなXANXUS様を見ながら私はお仕置きですと左手に力を込めたけれどそれが振り払われることはなかった。
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