昔から雲雀恭弥という存在は鼻についた。今でもそれは変わりない。
気に食わない場所へと所属することは是としたがそれ以上に関わるつもりは毛頭ない。今となれば他の人間は誰も声をかけてやしないこの場もそこまで苦痛ではなくなったというのに雲雀と、その下につく夜だけは違った。興味を覚えなかったというのであればそれは嘘になる。


『夜に手を出したら、風紀財団へと帰ってもらうようになってるからね』

飄々と言う沢田綱吉はいい意味で嫌な大人になったと思っている。有り得ないですねと鼻で笑いながらも、矢張り喰えない男になっていた。
彼が提示した1点は、自分が思っていたよりも骸から自由を奪ったのだから。


「ん、骸さま…こんなところで…っ」
「おやおや、誘ったのは君じゃないですか」
「あ、んっ」

その欲望は結局のところ、自分の周囲にいる女を抱いても尽きることはなく。寧ろ絶望的な虚しさが、肉欲を満たす度に、自分の身体を支配した。
それでもこうも目の前で見事な肢体を見せられてしまえば情欲の色が浮かんでしまうのが哀しきかな男の性で。食べさせてくれるのであればしっかりいただこうかとメイドの服に手を忍ばせながら、それでも意識は扉の外にあった。


今日も今日とて、夜は沢田達に向かって小言の嵐。彼女が来ておよそ5年あまりになるがその働きぶりは目覚しく、全体的に仕事が緩やかだとは言えいい方向へと向かっている事も知っている。
結局は誰かがこういう役割にならなければならなかったのだが他の人間は嫌われることを怖がり誰もしなかったのだ。その空いた場所に引きつけられるように嵌まったのが、雲雀の連れてきた夜である。

丁度学生時代の後輩にあたるという夜の姿を骸は見た事が無かったが今となっては少しだけ後悔している。もっと早くに彼女に出会っていたのであれば。だがそれはもう遅い。綿密に仕組まれたレールを歩むその先に誰が待ち受けているかだなんて、分かりきっているのだ。ならば少しぐらい揺らしたって構わないだろう。

夜が一人その場に残ったことを確認するとメイドの首に吸い付き、所有の後を残す。彼女が扉の向こうにいるのを知っている。もし、少しでも扉を開けば。もし、その目に自分を映し出してくれるのであれば。どういう言葉であれ、どういう視線であれ、自分の姿をあの無垢な瞳に映し出してくれるのであれば。


「後処理はしっかりしてくださいねー零したら殺す。じゃごゆっくり」

だがしかし聞こえてくるのは、残念ながら嫉妬や、怒りは全く含まれて居なかった。そのことが無性に虚しい。
お陰で完全に手が止まってしまい、そしてメイドが電気を消されたことに完全に怯えてしまったので萎えてしまった。衣服を翻して走り去るメイドを見送っていると、少し離れたところで誰かの気配がした。


「やっぱり夜をこっちに持ってきて正解だったよ」
「それは良かった」

廊下で彼女と、雲雀の声がする。自分相手では言葉もろくに発さない彼女が、雲雀相手にだと心を開きああやって嬉しそうな声を出す。
今までの関係上それは当然のことであるにも関わらず、それが非常に腹立たしい。


「クフフ、成程君たちはそういう関係でしたか」
「あらあら六道さんって結構早いんですね」
「誰かさんが電気を消したことで彼女、驚いたみたいで突然乾いちゃいまして」
「うっわ生々し。最低」

部屋から出れば、雲雀と夜の距離は近かった。何をしていたのかは知らないが、夜の頭をつかむ雲雀がこちらに向ける視線はまるで己を殺そうとしているかの如く鋭いがそれどころではない。
彼女の紡がれる毒の言葉ですら甘美だというのに、彼女の顔を見ることすらかなわず。それがこうも胸が苦しくなるだなんて。


「雲雀恭弥。色恋沙汰に興味のない男だと思っていましたがこんなじゃじゃ馬が良かったのですね」
「君みたいに節操無しじゃないっていってくれる?」
「失礼な、僕だって人は選びますよ」

雲雀のその返事が、夜一人を選んでいると言っているようなものだがここ最近で骸は彼女が人一倍生真面目で、それでいて残酷なほどに他人からの好意に鈍感だということを知っていた。
そう、骸だって誰でも良い訳ではないのだ、決して。何なら今、雲雀の手の内にある彼女一人で、事足りるというのに。

チャンスは、一度。
幻覚を一瞬だけ。今は自分も雲雀もボスである沢田綱吉から武器を交えての戦闘は禁止されている。それを考えると幻覚という武器であるような無いような、線引きの難しいものは圧倒的に有利だった。

一瞬だけ見せたその幻覚に雲雀の手が緩んだのを確認し、夜の横へと回ると彼女の頬へと手をやり

「…キスのときぐらい目を瞑ったらどうです?」

唇に触れる。ただそれだけでこうも満たされるものがあるのかと自分でも驚いたものだ。リップノイズをたてて離れると彼女の見開いた目が合った。
――嗚呼、ようやく僕を見てくれましたね。

それでも幻覚を当てた雲雀と、夜の物理的な抵抗から避けるために距離を取った。離れるのが惜しいと思ったのも随分久しいだろう。


「…委員長」
「何だい」
「武器の使用許可を」
「いいよ」

そのやり取りはまるで、飼い主と番犬。
それでも解き放たれたリードは自分に近付く機会でもある。


「クハハ!追いついてみなさい」
「待て六道!」

雲雀の手から離れる事ほど、嬉しいことはない。

容赦なく繰り出される攻撃。短刀とはまた日本人らしい。
難なくその攻撃を避け長い廊下を走りながら、骸は漸く得たチャンスをどう物にしようかと策を練り始めた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -