ルッスーリアは始終おだやかな人だ、と私は思っている。
 こんなクソ…おっと失敬、少し原始的で、粗野な言動ばかりなこの職場ではいろんな意味で浮いている。これは贔屓目じゃなく、実際そうだ。だからそれこそ乱暴な言葉遣いで有名な隊員でもルッスーリアに話しかけるときは下手くそだけど敬語を使うようにしているし、彼が歩いていたらそばで起きていたドタバタ騒ぎも止まってしまう。性格が関係しているのかは分からないけど晴属性なのも納得してしまう。

「はー心が洗われる」
「なにを馬鹿なことを言っているの」

 相変わらずねえ、と笑ってくれるルッスーリアは本当にこのヴァリアーの幹部なのかと思いたくもなる。…まあ、この人のコレクションを見るとちょっと変わっているかなとも感じるけどそれを除けばお上品な人で終わる。物腰も優美、言葉遣いも丁寧。仕事柄、暗殺業の最中や直後は荒い時もあるけれど他の幹部と比べればなんともない。同じく幹部の一員である私だって仕事の時以外は大人しいつもりだけどそれでもルッスーリアの気品には足元にも及ばないのだ、残念ながら。
 今日も今日とてルッスーリアが選んだ高級菓子とそれにあった紅茶を口にしつつ私は一日の疲れを癒す。いつも常備しているらしい。これも見習いたいものだけどきっと私が何気なく手に持っているこのカップひとつだってかなりの金額がするに違いない。お手上げだ。やっぱり敵いそうにない。

「だって女性陣みんな言ってるよ。顔は良くても荒くれ者集団ばっかでだから付き合うならルッスーリアがいいって」

 私だってそう思う。
 ルッスーリアが誰かと付き合ったとかそういう話を耳にしたことはないけど、もし付き合ったらきっと毎日楽しいんじゃないだろうか。こんな職場で働いている女たちだ、常にエスコートして欲しいわけでもないし、かといって守って欲しいというわけでもない。それなりに実力がなければここで働くことすらできないんだから事務員だって戦闘もできる。給料は…まあ薄給とはよく言われてるけどこんな多忙の生活をしている以上使い道もないし困ってもいないだろう。
 女性陣が求めているのは平穏。それぐらいだ。そしてこの職場にいる以上、一般男性と付き合うことは難しく、そうなるとヴァリアー内で交際しようとする人も決して少なくはない。精鋭部隊同士付き合っている人も見たことはある。…ただし、いつ誰が死ぬか分からないようなこの戦地で長続きするようなペアは残念だけどあまり見ない。
 強く、こちらの仕事の理解もあり、こちらに対し何かを強要する性格ではない、エトセトラエトセトラ。諸々の細かな条件をばっちりクリアできるのはルッスーリアぐらいなのだった。

「それは光栄ね」
「そう思ってるようには見えないけど」
「そうかしら?」

 朗らかに笑う彼は何を考えているのか。恋愛相談も結構受けていると聞いたこともあるし、なんなら誰かが特攻して告白したという話も聞いたことがある。だけど彼は今まで一度も首を縦に振ったことはないのだという。想い人がいるのか、はたまた彼の目に止まる人物がいないのか…。
 私も正直者なのでどちらでもいいとは言わない。ただ前者なら嫌だな、と思う。もし結ばれてしまった場合私はこうやって気軽にルッスーリアとお茶ができなくなってしまうからだ。そして、もしお茶会を継続できたとして彼の口から知らない女性の話が出ることにきっと耐えられないからだ。もっとも彼が恋愛相談を口にした時は、私も腹を括って親身に聞こうと覚悟はしているんだけど。

「あなたはどうなの?」

 とても穏やかにルッスーリアは問う。とても自然でいて、かつ非常に答えに困る質問を口にする。あー、こんな話題振らなきゃよかった。だってこうなるのは当然というか、普通というか。いつもは全然関係ない雑談ばっかりで、でもルッスーリアは笑って聞いてくれて。こちらから色恋沙汰の話を口にしなかったのはきっとこれを恐れていたから。他の女性の影を感じたくなかったからだ。
 ……早く話を変えなくちゃ。
 きっとルッスーリアはそれでなんとなく察してくれるだろう。私が喋りたくないんだと気付き、理由も聞かずまた新たな話題に乗っかってくれるだろう。いつまでも逃げてばかりじゃどうにもならないってことは分かってるんだけどこればかりは及び腰。恋愛はムズカシイのです。ヘラヘラ笑ってやり過ごそうとクッキーに手を伸ばし、――そうして私はそこで動きを止める。

「……るっすー、りあ?」

 止めた、じゃない。止められた、が正しい。
 お菓子に向かって伸ばしたはずの手はルッスーリアの大きな手に掴まれ、静かにテーブルの上へ縫い止められた。するりと絡まる指の、細いけれど節だった手。
 決して強い力ではなかったはずなのにまるで幻術にでもかかったかのように私の手はぴくりとも動かない。おかげで私の声も小さく、ルッスーリアの名前を呼ぶことも困難だった。
 だって彼がいつもと違うから。ついさっきまでの朗らかな様子から一転、冗談なんて許さないかのような雰囲気を纏っているからだ。

「あなたが悪いのよ、そんな話題を持ちかけるから」
「……え、」
「それで、あなたは私をどう思っているのかしら」

 逃してはくれない。答えを聞くまできっと話してくれない。
 ドキドキ、バクバク。
 心臓が破裂しそうだった。顔はじんわりと熱を帯びているようで、だけどここには鏡もないし確認のしようはない。……できたとして、片手はルッスーリアに捕らえられているし動けないんだけど。

 だけど、そんなことをこんな風に聞いてくるのはどうしてなのだろう。答えを欲しているのは期待してもいいということなのだろうか。色々な考えが瞬時に巡る。言葉遊びのようなものなのかもしれない。私はなんでもルッスーリアには負けてしまうし、もし正直に答えたとして笑って濁されるかもしれない。だけどそれでもいい。私は今、絶対に、…絶対に答えなくちゃならないのだ。
 だって、

「…夜」

 だって、私はその熱い視線から、この手から逃れる術を知らないのだもの。
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