いつもと同じ時刻にチャイムが鳴り響いたと同時に先生が教室に入ってきて、慌てて話をしてた友達と別れて席につく。急いで席に戻る時にぶつけてしまった、じんじん痛む足をさすりながら先生を見れば教卓の前に、先生ともう一人。
 唖然として見ていると横の友達が格好良いだなんてキャーキャーと騒いでる。六道骸くんは惜しみなくその綺麗な顔で笑みを振りまき、私と目が合うと目を細め、私はその間まったく動けないでいた。

(鳴呼、私は逃げれないの?)

 転校初日彼は黙って皆の手厚い歓迎を受けていて、部屋の隅で私は彼のそんな様子をじっと見ていた。何ともばかばかしい気分になって叫びたい衝動に駆られる。

 …ねえ、その人脱獄犯なんだよ。

 皆が好きっていうその笑顔のまま人をいっぱい殺してきて、皆が綺麗だっていうその口で何人も誑かして、地獄に落としてきた人なんだよ。だなんてまさか口に出して言う訳もできずに皆に視線を送るけど誰も気づかない。気付く訳がない。何せ彼は完璧だ。
 そんな事を思っていると六道骸くんは不意に立ち上がり私の手を取り、歩き出した。誰もが羨ましそうな顔をして見送る中ああそうか、さっき先生が私に彼の校舎案内を頼んだっけなんて思い出す。それもコントロールでしょう?と六道骸くんを見上げると彼はただ笑っているだけだった。
 六道くんはどこの教室が見たい?と小さく聞くと案内なんかいりませんよだなんて言われて手をさらに強く握られる。まるで元から学校の構図が分かっていたみたいに屋上へ連れてこられた。色の違う目が私を捕らえて離さない。

「いつものように呼びなさい」

 透き通る声が紡ぐのは頼みごとでなく、命令。ぞくんと変な寒気に負けて、私はその場にうなだれ熱に浮かされた子供のようにぼんやりと「むくろさま」とつぶやくと彼はようやく、私の記憶の通りのきれいな笑みを浮かべてお利口さんですねと言った。

 骸さまは、私の恩人…身寄りのない私を拾ってくださった命の恩人。幾度の地獄を見て、命を賭けたやり取りを何度も駆け抜けそうしてやがて私は骸さまを愛し、愛されていた。その自覚はあった。
 だけど世界を壊すと言っていて、私は彼の修羅に落ちる姿を見たくはなかった。壊す彼も、壊される彼も見たくなかった。
 だから私は彼への愛も含め、すべて捨てて逃げてきたのに。
 彼は、再び私の前に現れた。

「弱虫な夜にとって、この世界は厳しい。だから壊してさしあげます」

 違う、違うよ骸さま。
 そう言おうと思ったのに、骸さまの優しい手に両頬を包まれて何も言えなくなる。
 私が彼を裏切り少なくとも心を傷つけたにも関わらず、彼は優しい。 その優しさは、時に残酷に私をも傷つける。
 捨て去ったはずの記憶が戻り、また意思が揺らぐ。
 この人はそうやって数々の優しい言葉を軽軽しくつむいで、私を惑わす。

「僕は全てを手に入れます」

 知っています。あなたはそれを実行する為の、何もかもをお持ちです。
 あなたのおっしゃる通り、あなたは恐らく何でも手に入れることができるのでしょう。
世界だって。

「夜、君を愛しています。僕の前から消えるなんてことは許しませんよ」

 はい、骸さま。
 私はいつのまにか、いつものようにそう言って骸さまからの口付けを受けた。

(…逃げることが、できないの)

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