プロヒーロー轟と事務員夢主


 タイミングが悪かった。それに尽きる。
 たまたま体調不良で、たまたま階段からふらっと落ちかけて。うわって思った時に助けてくれたのがヒーローで、知り合いで、さらに目的地はそこからそう遠くもなくて、さらにさらに足をくじいてしまって動くのも困難だったのでそのまま背負われてこの事務所まで帰ってきた。そうしたらこの事務所のヒーローにかち合った。
 そこまではまあ、別に何ともなかったと思ってたんだ。多少? 仲はあんまり良くないと聞いてはいたんだけどそれは同職だからこそのアレコレなのかなとかそれぐらいにしか私は思っていなかったし。なので爆豪くんに米俵のように担がれてきた情けない私を轟くんが半ば強引に降ろし、そのまま横抱きにした時はこれ以上ないというぐらいに目を見開いて驚いたもんだ。いわゆるお姫様抱っこというやつである。学生時代には憧れていたものだけどまさかこの年になってそれが叶うことになるとは思ってもみなかった。平均的な身長と体重の私だけど、まったくビクともしない安定さで運ばれている時はちょっと感動した。あ、あといい匂いがする。さっきまで彼も任務だったはずなのでもしかするとシャワーでも浴びてきたのかもしれない。

「爆豪に背負われてきたから何かと思ったら」
「…面目ない」

 轟くんに医務室まで運ばれ、彼直々に手当てを受ける。
 最初は断ったけどいつも強引に処置を進められてしまうので今となっては諦めの境地だ。ちなみに爆豪くんはぽかんとした様子だったけどニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべ何やら上機嫌で帰って行った。ここで喧嘩にならなくてほんとに良かったと思ってる。さすがにヒーロー同士で喧嘩とか不祥事にしかならない。爆豪くんはともかく我らが轟くんは問題事なんてこれまで起こしたことがひとつもないぐらいの超優良ヒーローなのである。エッヘン。
 ところでそんな機嫌のよかった爆豪くんとは正反対に轟くんがとてつもなく不機嫌だ。個性を使っていないはずなのになんだか背景が吹雪いているような気がする。

「じゃあ夜の手当ては任せますよ、ヒーロー」
「分かった」
「いや、分かったじゃないから!あとアンタもウチの稼ぎ頭に何させてんの!」

 ここは轟くんのヒーロー事務所だ。数年前に設立された、どちらかと言えばまだまだ新参者の類ではあるんだけど彼に関しては雄英高校での活躍のおかげで始まる前から有名なところであった。あと、父親であるエンデヴァーさんの件もきっとあるんだけど、私としては彼自身の実力だと自信を持って言いたい。
 かく言う私も去年加入してきた新参者だ。轟くんとは先輩後輩関係にあたる。あ、情けないけど私が先輩ね。ヒーローとしての実力はなかったというか、まあ事務関係や交渉事の方が得意だしそっち方面に活かしやすい個性だったので補佐に回る方を選んだのだ。まあそれでもこんな将来有望な事務所に入れてもらえたのは完全に轟くんと知り合いだったからだろう。幸いにもここにはコネ入社だなんて嫌味を言う人はいなかったし朗らかな人達ばっかりなので私は今日も満足して出勤している、というわけだ。その最中に怪我をしたんですけどね、ええ。

「……はあ、本当にごめんね」

 医務室には専属の職員がいたはずだった。というかさっきまで居たメガネがそうだ。
 なのに私と轟くんを見た瞬間に立ち上がり、業務をほっぽりだし、あまつさえ私の怪我の面倒をヒーローにさせるというありさま。会社で言うと彼が社長みたいなものなのに。ヒラの面倒を見る社長ってどうなの。そして轟くんも轟くんで素直に言うこと聞いているし。いやまあ、そんなところが彼の長所でもあるんだけどさあ。

 手際は、正直あまりよろしくはない。
 擦り傷と捻挫だけなのですぐに終わるはずなのに、何故だか手当てはそこそこに、不機嫌そうに私を見ているのがメインになっている。責められているような感じにもなるんだけど私にはそれがどうしてだか分からない。いや、彼の手を煩わせているという点では確かにそうなんだけどさ。あと出勤時間にはまだ早いし、遅刻だってしていない。無遅刻無欠席、怪我は多々あれど病気はナシ。それが私の自慢できるところなのだ。

「……なんで爆豪と居たんだ」

 聞こえてきた声は、表情とは裏腹にやけに小さい。怒っているわけじゃなかったのかな?と彼のことを見返そうとすると、轟くんはおもむろに私の肩にポスンと頭を置いた。真正面からされているのでなんと言うか、私がここで手を伸ばしたら抱きしめているような感じになりそう。というか距離がすさまじく近い。
 密室に男と女、二人きり。
 そんな言葉が頭によぎったけど轟くんに女っ気はサラサラないのは一年勤めて来た私ですらよく分かっている。ここの事務所にも可愛い子結構いるんだけどなあ。社内恋愛はしない主義なのかなあってぐらいしか思ってもいないし、ましてや彼は私の可愛い後輩。数年の付き合いもあるのでさっきの爆豪くんも合わせて可愛い可愛い弟みたいなものだ。あっちは小憎たらしいけど。そんな感じなので今の質問にも深い意味はないと判断したし、この距離に赤面もすることなくポンポンと背中をあやすように撫でてみた。

「いやあ、私もまさか会うとは思わなくて。こっちに連絡する前にバッタリ会ったら珍しく送ってくれたんだよ」

 おかげさまでタクシー代が浮きました、とは経理担当らしい私の発言ではないでしょうか。
 そして自称察しのいい私は爆豪くんと一緒にいたことを嫉妬しているのだと感じました。あいつとだけ仲良くしているのはずるい、俺も混ぜろ! みたいなノリの。お姉ちゃんの取り合いは自分の家族で経験済みだ。

「……今度から」
「ん?」
「次は絶対、こういう事があったら俺に連絡してくれねえか」

 すぐに、迎えに行くから。
 そう告げられて何だか心がムズムズする。何だこれ、トキメキ? 最近感じたこともなかった感覚が私の中にまだあったのか。なんてそんなことを考えながら私はそこからまだ続く彼の言葉にウン、ウンと頷いていく。

「絶対そうする」
「怪我は…できるだけ、しねェで欲しいけど」
「うん、そうだね」
「飛んでいくから」
「頼もしいね」
「爆豪よりも早く」
「…うん? ああ、お願いするね。いつもごめんね」
「あと、俺はお前が好きだ」
「うん。……うん?」

 今とんでもない発言が聞こえたような気がした。今、なんて言った?

「―――アイツには、渡さねえから」

 真正面から私のことを見据える轟くんの視線は、今までに見たこともないもので。
 私はすっかり声を失い、ただただ彼のことを見返すだけだった。
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