放課後、体育系の部活動の子をぼんやり眺めているのが好きだ。といえば大体の子達も納得はしてくれるんだけどそれって大概格好良い男子を合法的に見ることが出来るからみたいな感じで捉えられててちょっと寂しい。そういうわけじゃないんだけどなあ。
 今日もハチマキ巻いて盛大に応援しているのはどうやら野球部に所属している山本くんのファンクラブの方々。試合でも何でもないのにすごいなあと言うのが精々私が抱いた感想だ。確かにこの教室からは野球部の練習風景を見通すことができる一等の場所だけど。

 ランニング、筋トレ、キャッチボール、素振り。
 野球にはあまり詳しくないけど基礎練習をする風景を飽きもせず見ている女子達とぼんやり全体を眺めている私はきっと向こうからすれば一括りにされるのだろう。その他にもテニス部、サッカー部、剣道部。分かりやすいユニフォームの人達が走り込みをしている中、聞こえてくるのはランニングしている彼らの発声と山本くんへの応援の声。喧騒?まあそうかもしれない。だけど身体を動かすのが億劫で本を読むことばかりを好んだ私にとってはちょうどいいというか、何というか。彼女達も飽きないなあとこれは半ば尊敬の眼差し。


「…ん?」

 ふ、と湧いた嬌声に何事かと思うとどうやら彼女達の目的である山本くんがこっちに向かってピースサインをしたらしい。すごいなあ、サービス精神旺盛なんだなあ。まるでアイドルだ。誰に向けて行ったのか分からないけどファンの子達は興奮状態に陥り大変なことになっている。バシンバシンと窓を叩いている様子なんてもうすごいね、割れそう。そんな状態で読書を続けられるわけもなく、ここに長居もしていられないと悟りカバンを持って教室を出た。


「…あー、明日図書室寄って帰ろう」

 手持ちの本の残りページは後わずか。今日はこれを読んでしまいたかったけどあの教室で本を読めるような集中力はさすがにない。
 しかしたくさんある部活の中、たくさん居る人間の中、彼の人気はすさまじい。クラスメイトとしても鼻高々だけど実際本人は大変なんじゃないかなと思う。邪魔をされてはいないだろうけど私ならあの中で期待に応えられるようなプレーが出来るかと聞かれれば残念ながらそこまで精神が強いわけでもないのでノーだ。

 コツン、コツンと階段を降りているさなか、聞こえてくるのはやっぱり体育会系の部活動の子達の発声。ときどき竹刀同士のぶつかる音、体育館で靴がキュッと鳴る音。どれもこれも人が元気に生きている音なんだなあと思うと落ち着いてしまうのだから不思議なものだ。もちろん図書室で本を読んでいるときにパラリパラリとページをめくる音も好きだけど。


「あれ、さっきまで教室居なかったっけ」

 不意に声をかけられたのは玄関先、上履きからローファーに履き替え帰ろうとしたときだった。びっくりして顔をあげるとそこには体操服姿の山本くんがいてお得意のニカッとした笑顔を浮かべこっちを見ている。春になったばかりでまだほんの少し寒いはずなのに身体を動かしている所為か半袖長ジャージ。むしろそれでも暑そうに見えるのだから運動部ってすごい。私がそんな格好してたら風邪引いちゃいそう。


「よくわかったね」
「オレ視力は良いんだぜ!」
「そっかそっか」

 そういえば山本くんとあまり喋ったことなかったっけ。隣の席だから教科書を忘れたときに机をくっつけて見せたこともあるし、消しゴムが落ちたときに拾ってくれたり、おはようと挨拶をしたり。まあそれぐらいだけどクラスメイトって大体そういうものだよね。私には私で友達がいるし山本くんには沢田くんや獄寺くんと言ったタイプがまるっきり違う友達がいるし。
 ん?でもどうして山本くんがここに?


「只野って運動はしねえの?」
「んー、ちょっと運動は苦手な方なのかなあ。見るのは好きなんだけどね」
「へえ」

 休憩って感じでもなさそうだし、ちょっとまだゼエゼエ息が荒いし、むしろ何かを取りに来たって感じなのだろうか。それとも玄関に来たってことは教室に忘れ物でもしたのかも。
 なら私はあまり邪魔しないほうがいいなと思ったのは当然のことで、会話をそこそこに切り上げようとしているのに山本くんはそこから動こうとしない。今喋る内容なのかなとか思えるような雑談をしている理由も分からず相槌を打っていると山本くんはその私の不審な表情に気付いたのか「やっぱ駄目だよなあ」とやがてポリポリ頭をかいて苦笑い。その意図が分かるはずもなく山本くんを見ていたら不意に彼の顔から笑みが消え思わず身体が強張った。
 突然怖くなったんじゃない。まるで違う人のように感じられて、その視線が私一人に注がれているということに気付いてビックリしてしまったのだ。向こうも別に怒っているんじゃないのは分かっているけど、だけど私が何かしてしまったのかと思ってしまうのは仕方がない。
 「オレさ、」どことなく硬い山本くんの声。夕日が山本くんを後ろから照らし、影がこちらへと伸びている。いつも見ている朗らかなムードメーカーがまるで別人。大人のように感じられたのはどうしてなんだろう。


「前から只野のこと気になってて」
「え」
「さっきもお前に向かって手ェ振ったんだけどまあ気付いてなかったよな」

 今何って言った。今、何って言った?開いた口が塞がらないというのはまさにこのことで山本くんの発言を頭の中でもう一度繰り返してから、それからようやくその意味を理解したと同時にじわじわと顔に熱が集まっていく。まばゆい夕日がそれを隠してくれたら良いなと思いつつ、でもきっと私は顔が真っ赤になっているんだろうと思う。だって陽を背にしている山本くんの顔ですら隠せていないのだから。彼の顔もほんの少し、赤い。

 さっきの教室、女子が騒いでいたのは私に向かって手を振っていたかららしい。全体を見ていた私はそれに気付くことはなかったけれどその後ここに来たってことは私と話そうと思ってくれたわけで。どうして気付かなかったんだと悩む反面、私は名探偵でも何でもないんだからわからないだろうと反論する自分もいる。うわあ、うわあどうしよう。いつもなら大人ぶった答えを返せるのにそれもできず完全に閉口。上手く喋ることなどできるはずもなく、あわあわと一人焦りながら山本くんを見返すだけでせいいっぱい。


「あ、もちろん今は返事とか要らねえし改めて告らせて欲しいんだけどさ」
「……うん」
「とりあえずオレ、今日からアピールしていこうと思うし」
「うん」
「だから、さ」

 山本くんって何から何までずるいんだと思う。今の発言だけでもう私の頭の中は山本くんでいっぱいになっているというのに彼はまたいつものニカッとした輝かしい笑みを私に向けて手を伸ばす。


「日曜日。野球の大会あんだけどさ、よかったら見に来てくんね?まずは第一弾、オレの事知ってもらうってことで」

 これに手を伸ばせない人なんて居るのでしょうか。もはやそれは条件反射。ギュッと繋がれた大きな手、ヨッシャ!と空いた方の手でガッツポーズをする山本くんに私はもう敵うはずもない。
(極彩ラプソディ)

「好きな女子に野球の試合で自分の良いところ(良いプレー)を見せたいが為に頑張る武」リクエストありがとうございました!
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