いつも私はタイミングというものが悪いような気がする。別にラッキースケベになりたい訳でもないし、羨ましいというならばもういっそのこと某ToLOVEるなお話の主人公のようになってみたいような気持ちだってある。もちろん私が男であったなら、という話。
 何の音だったのだろう。ボフンという少し情けないような音、でもただ登校に超ダッシュで走っている私には何の関係もないとさえ思っていたわけだ。近くには並盛中の生徒だってもう見かけない。このまま歩いていけば遅刻は大確定な上に今日に限って風紀委員による服装チェックがあるのだ。運が悪い。家を出た瞬間まで何故そのことを思い出さなかったというのだ。

 食パンを齧りながら登校したところでイケメンと角でぶつかるなんてことは有り得ない。有り得ないとは思いつつも時短のためには必要なのだ。こんな姿誰にも見せられないけどこの時間帯にはどうせ誰も居やしないのも知っている。学校に着くまでには食べ終わっているし問題はない、はずだったのだ。


――…ボフンッ!

「!?」

 2度目、同じ音が鳴ったかと思えば今度は煙に包まれてしまう。一体どういうことだ。一体何があったというのだ。ゴホゴホと咳き込みパンを思わず口から取り落としてしまうのも仕方のないことだった。

 しかも煙は当然のように目に染みる。
 涙がボロボロ流れてくるのは最早生理現象。眼鏡を外して目を擦っているとしばらくしてようやくその私の周りの煙が消えていく。だけど目の前に広がる視界は私の記憶にないところだった。

 一体ここは何処だろう。私は並盛の通学路を元気いっぱい走っていたというのに気が付けばどこぞの建物の中だった。…誰かの家?いや、それにしてはお屋敷すぎる。


「ワオ」

 誰かの声がしたのはその時だった。
 後ろだ。そう分かったのに振り向くことが出来なかったのは後ろから誰かに捕まったからだ。後ろから肩に腰に腕を回され、完全に身動きがとれない。かろうじてその声は低い男の人の声であり、角度からすると随分と背の高い人である。それぐらいだろうか。しかしこの体勢は非常に危険だった。授業でそれは聞いたことがある。


 不審者だ!

 すぐにそう悟って声をあげようとしたものの、いざ言葉を出そうと思ってそれはゆっくりと小さく、消えていく。


「声、あげないのかい」
「…もしかして私が、不法侵入ですか」
「まあ今の君だとそうなるね」

 どういう意味なのかよくわからなかったけど間違いなく言えることはある。この場合、私が突然この場所にやって来たというのであれば私が不審者であり、この後ろに立っている人が家の人であるならばこの拘束は妥当なのである。


「あの、ところで私の眼鏡知りませんか」
「君、目が悪いんだっけ」
「そうです。何も見えなくて…あとごめんなさい、どうして私もここにいるのか分からないので警察呼ばないでもらえるとうれしいです」
「君は相変わらず馬鹿なのか賢いのかよくわからないね」
「…はあ」

 知り合い、じゃないと思うんだけど。親戚だってそんなに仲もいい訳じゃないし近所のお兄さんはまだ高校生ぐらいだった。でもこの人はまるで私のことを知っているかのように話す。
 困ったことに私はこの状況を危険だとあまり感じることがなかった。どうしてだろう、顔だって見えていない状態だし相変わらず身動きはまったく取れることもないし、…言ってしまえばこのまま首を締められ殺される可能性も警察に突き出されても文句も言えないのに。
 
 ふうん、と楽しげに呟きその人はようやく私を離す。家の中であることに慌てて靴を脱ぎその人を見上げたけどやっぱりというか当然というか…私の知らない人だった。
 明らかに大人の男の人。和服というまあ珍しい格好だったけどそれがとても似合う黒髪の男性だった。…どこかで見たことがある?いやそれもないだろう。こんな綺麗な人を一度見て忘れる訳がないにちがいないのだから。
 失礼であるとは重々分かっているけど見続けても決して飽きのこない容姿だった。


「もう時間だから惜しいね。まさか君に会える日がくるなんて思わなかったよ」
「…あの」
「恭弥。またね、夜」

 男の人は恭弥さんというらしい。どうして私の名前をと聞こうとしたのに恭弥さんは私の頬に触れたかと思うと流れるようにして私の唇に口付けた。
 もちろん、ファーストキスだ。お父さんとは小さい頃に何度もしただろうけど人とするのは初めてのことで大きく目を見開くことになる。何でこんな知らない場所で、知らない人にファーストキスを奪われる事案になってしまったのだ。あまりの驚きと衝撃に何も言えず顔がボッと赤くなってしまったまま何の反応もとれなかったけれどその青灰色の瞳が楽しげに細まったそれだけで私の心臓はドキンと大きく跳ねた。そっか、と恭弥さんは1人で分かったように頷いたけど私は何のことが分かりやしない。


「この日が始まりだったんだ。君に会えてよかったよ、夜」
「…きょ、」

 ――…ボフンッ!

 一体、何だったのだ。今のは早すぎる夢だったのか。眠っていたというのか。気が付けば足元には私が齧っていたパンが落ちていて、そして視界がボヤけていたものの靴を履いていないことに気付く。
 …まさか今のアレは夢じゃなかったのだろうか。じゃあ、…あの、恭弥さんも、……キス、も?学校に行かなければならないというのにこんな状態で私は行けるような勇気はない。靴か、眼鏡か、それともこの赤面か。全部を片付けなければこの場から動ける気はせず、私はただカクリと力を失いその場に座り込んでしまったのだった。


あなたが来るのを待っていた
「…何してるの君。あと顔、赤いけど」
「……眼鏡が壊れてしまって。ついでに靴もどこかに忘れてしまった…のかな、よくわからないんですけど取り敢えず今ちょっと動けません…」
「ふうん、じゃあ僕が送ってあげる。名前は?」
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