気配を消す、足音を消す、呼吸を止める。――そんなコトは朝飯前。誰だって得意不得意があるだろうけど私はコレのプロフェッショナル、間違えることもなければミスも有り得ない。もしも万が一ミスをしたとなるとそれは驚くほど簡単に死へと直結する。

フリーの暗殺業を営んでいる人間あるあるその1、実力のない者はさっさと死ぬ。ま、当然のことよね。どこぞの組織に所属していない限り自由に依頼を受けることもできるし、逆に断ることだってできる。だけど何でもかんでも受けて一時的に有名人になったとしても恨みを買うことだって飛躍的に上がり、結局恨みつらみで殺される、なあんてことも多々あるのがこの世界だ。後ろ盾がないってのも何とも不安なところよね。
あるあるその2辺りには…そうだねえ、フリーだからこそ知らない情報がたくさんありすぎて常に情報不足に悩まされているってことかな。例えばどこぞのマフィアは馬鹿みたいなことをやらかした所為で多数のファミリーに狙われているだとか、あまつさえ人体実験に手を出してしまった故にボンゴレファミリーに狙われているだとか、――最悪の最悪、それがヴァリアーに依頼がかかってしまっただとか。


「ああ、もう最悪」

依頼人が後ろで聞いているなんて気にすることもなく大きな声で呟かずにはいられない。
こんなことになるって分かっていたのなら大枚はたいて他のところからも情報を買っておけばよかった。そう思っても後の祭り。
久々に流血の少ない依頼だったと思って喜んで飛びついてみればなかなか悪どいことをしてしまった相手を護衛とか何だとか。聞いたことのないファミリーだったけど大元を知ったらそりゃ誰もこんな任務受けないわって思っちゃったぐらいだ。
取り敢えず依頼の失敗は確実。この後ろにいる人間に勝機はない。それなりに頑張ってこの依頼人の護衛をしていた他の暗殺者もハチの巣にされたり切り刻まれたりで散々。死屍累々。肉片が至るところに飛び散ってグロ耐性がある方の私にも結構きつい絵面で噎せ返る血臭に眉根を潜める。

私だって我が身が可愛い。
お金が欲しいけど生命は惜しい。後ろに依頼人、前にヴァリアーの人間が迫ってきたら私のやることはたった1つ。すなわち逃亡あるのみ。


「弱えぞお」
「っく!」

ハイ、本日の任務はここまで!

適当なところで見繕って蹴り上げられたところで受け身をとりつつ周到に準備していたダイナマイトと煙幕で私がぶち当たった建物付近を軽くふっ飛ばし、そこから―ちなみに3階だ―飛び降りた。
その瞬間をよく見ていない人からすればヴァリアーの人間に一方的にやられ建物から追い出されたように見えるかもしれない。だけどそれこそが私の目的。背中を見せて逃げ出すということは仕事に色々と支障が出るもので。だけどもしも依頼人が万が一生きていたとしてもこれなら私だって言い分はできるってわけ。
今まで結構高かった依頼成功率を下げることになってしまったけど生命には変えられないし仕方のない選択だった、ウン。報酬前払い分は働いたし問題はないでしょう。


「お前、なかなか見どころがあるじゃねえかあ」
「げっ。もうあいつ死んだの。弱すぎ笑えない」
「あんな雑魚3秒で十分だあ」

逃亡には失敗したらしい。
結構移動したつもりだけど相手は執念深く追ってきたようで、相手を見た瞬間ゲッソリするのも仕方はないことだと思ってほしい。

フリーの暗殺業を営むにあたり生命が惜しければ守らなければならないことがある。
違う暗殺者と出会った時は話し合いをし、できれば争わないようにすること。もちろん互いに敵同士だった場合は仕方のないことだけど同じ目的だった場合は互いに競いあうことはせず分割した方が今後とも良い商売相手となるからね。

そしてもう1つ。できるだけ大きなファミリーとぶちあたった場合は可及的速やかに降参することだ。
1人1人が勝てない相手だからというわけじゃない。ファミリーというものの結束力は決してバカには出来ない。下っ端を殺したら上が仇討ちでやってくることなんてザラにあるのがこのマフィアの世界なのである。

私の目の前にやってきたこの人はヴァリアーの幹部、S・スクアーロ。
暗闇だったとは言えさっき手合わせしたのはこの人なのか。私は剣士じゃないから知らないけどその道を歩む人間からすれば崇め奉るような人、らしい。そんなのこっちとしては心の底からどうでもいいけど私の生存率はこれで随分下がってしまった。というかナシ?ゼロになったって感じ。あーもう今日は厄日。家帰って寝たい。


「あー、私フリーの人間なので依頼人死んだからって一緒に死にたくないんですけどお」
「そりゃそうだなあ」
「ふっは、そう言いながら逃してくれなさそうな顔してますねお兄さん」
「テメエも笑いながら逃走ルート探してんじゃねえ。さっきは上手いこと逃げられたが次は容赦しねえぞ」

やだなあ、この人に目をつけられるの。もう私の暗殺者としても終わりかなあ…というかまあ、それより先に私の人生終わってしまう。
じりじりと距離を詰めてくるS・スクアーロ、そして追い詰められた私の背後はこれまた5階。落ちたら…そうだなあ、死ぬな。運良くても結局痛い目には合う。そこまで考えると自分の死というものがとても身近で、それでいてとても遠く他人事に思えるのはどうしてなんだろうね。というわけでカウントダウンと参りましょう。

3、


「あーやっば、死にたくない。けど貴方を殺せる実力はないんだなあ」
「諦め早すぎだろうが」
「じゃ見逃してよ」

2、


「…お前、どっかで見たことねえかあ」
「何それ。新手のナンパ?」
「ざけんな」
「あ、じゃあお兄さん覚えておいてよ」
「あ?」

1、


「逃げ足だけが取り柄の只野っていう暗殺者がいることを、さ」


0!


リングに炎を灯した瞬間、そのまま後ろ手で持っていたインディゴの匣を開匣させ地面に叩きつける。ジャパニーズ煙幕。どうぞよろしく。尚、この手の霧は吸ったら最後、ちょーっと痺れちゃうんだけど。もちろん私も同じ状況に陥るんだけど最終手段としてよく扱うので残念ながら少し慣れてはいるんだけどね。


「て、めえ」
「へへ、ごめんね。でもボンゴレの人に手を出すと怖いからさ。取り敢えずそこに解毒薬置いておくから使ってよ。5分もすれば効いてくると思うし」
「…くそがああ!」
「うわマジ?それでも動くとか結構やばいよお兄さん。じゃ私は逃げますまたね」

マジでやばい。これがS・スクアーロ。これがヴァリアーの作戦隊長と名高い人。
できることならもう2度と会いたくないけど一応名刺を彼の近くに置いたのはほんの少し彼の容姿が好みだったからです本能に素直すぎてゴメン。念のためS・スクアーロの間合いに入らないよう堂々と横を通り過ぎ、そのまま全力で疾走する。やばいよイタリア。怖いよイタリア。ボンゴレが関わりそうな依頼は金輪際絶対受けたくないって心から決意する。そうだ、これを機に暗殺者をやめてもいい。…いや、あともうちょっと稼ぐまではいたいかな。

交骨


「……やっと見つけたぜえ。只野、夜」
「オーマイガッ」

それから幾日、幾週経っただろう。全く同じ状況、全く同じ不利具合。…全くもって私は不運であると嘆かずにはいられない。依頼人絶対殺す。上手く逃げられたとしても私がお前を殺す。あっちはあっちで任務なはずで、私の後ろの相手を殺さなければならないというのに何故だか楽しげにボキボキと指を鳴らすS・スクアーロは私だけしか見ていない。
やばい、絶対これはまずい。冷や汗を垂らしながら今回はどうやって逃げようかこの時の私は必死で考えていたのである。
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