novel

スケープゴートの憂鬱

***

 東寺先生は冷徹だ。成績を上げるためなら、生徒に嫌われることも恐れない。噂によると、高校時代に数学オリンピックで日本代表になったことがあるらしい。
 数学オリンピックなんてほんとにあるのか?
 なら国語オリンピックもあるんじゃね?
 ばか、何語でやるんだよ。国によって言葉がちげーだろ。つーか体育オリンピックだったらおれら気合でいけんじゃね?
 そんな感じで東寺先生の担当する生徒が話題にしたことがあるけれど、体育オリンピックは一般的なオリンピックだ。そのことに誰も気づいてない。頭の残念率が高い生徒たちなのである。
 とにかく東寺先生は今日も冷徹だった。黒板の前に気弱そうな女子生徒を立たせて、じりじりと心的距離を詰め責める。
「こんな簡単な問題も解けないのか?」
 メガネの銀フレームを中指の先で上げながら氷のような視線を送ると、クラス全員が息をのむ。当の生徒は卒倒寸前だ。チョークを握る細い指先がぷるぷる震えている。しかし東寺の凍てつく攻撃は止まらない。
「この俺の授業を仮にも受けているんだから、わからないなんてまったくありえない。さあ解け。解いてみせろ」
 生徒たちはとにかく、時計が早く回るのを祈るしかない。
 しばらくの沈黙のあとで、ようやくチャイムが鳴った。
 教室の空気がほっと緩む……のを東寺は許さなかった。
「教科書75ページから89ページまで丸ごと宿題、明日の朝まで。出せない者は減点のうえ放課後自習室に監禁、保護者に連絡する。以上」
 180センチのダブルのスーツに逆らう勇気を持つものはひとりもいない。できることといえば、東寺の背中を完全に見送ったあとで、
「ゆいちゃん大丈夫? 私もやられたばっかりだからわかるよ、泣けるよね……はいティッシュ」
「東寺まじ鬼畜。どっかで一回シメてやりてーな」
「やるならおれも……ってか、かなわねえよな、あれは」
傷を舐め合い、溜息をつくだけだった。



top



「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -