俺様総長×クーデレ総長の甘々な話。

***

 俺、斎島燐が、ある不良グループを取り仕切る総長になったのは、一年前のことだ。俺は喧嘩も強いし、大人数をまとめていけるカリスマ性があることも自負していた。だから総長になるのは何となく予想していたから、ほかの連中や先輩から言われた時もそれほど驚かなかった。
 しかし、だ。
 アイツがまさか、別グループの総長になるなんて――
 アイツとは俺の幼なじみの鳴川星矢で、不良グループなんかには縁がないような、取り澄ましたやつだ。クール、頭脳明晰。そんな言葉が似合う。昔から空手を習っていて喧嘩は強いせいだろうか。アイツはアイツで別グループの信頼を集めて総長の座を任されるようになったらしい。それも同じく一年前のことだった。
 もちろんと言っては何だが、鳴川のグループは、俺のグループと敵対している。それは鳴川もわかっていたはずなのに。俺と鳴川は別段不仲というわけでもない。性格も違うし、言い争いになることはあるが、どちらかと言えばいい関係を築けていたはずだ。それなのに、その関係を崩すようなことをするなんて。俺だって鳴川が総長になるならば、総長を引き受けはしなかったのに。一体、何を考えているのだか。
 そんな中、問題が起きた。俺のグループの下っ端が、鳴川のグループのやつを見かけて喧嘩を吹っかけ、一方的に攻撃したというのだ。その情報を掴んで、俺はその下っ端を呼び出した。

「勝手な真似すんじゃねえよ。テメェは俺の顔に泥を塗りてえのか」

 もともと喧嘩っ早いやつらの集まりではあったが、理由もなく喧嘩を吹っかけるなど言語道断だ。俺の考えに反する。すみませんでした、と頭を下げる相手に、俺は今回だけは見逃すと告げてその場を後にした。
 今日は特に予定もない。家でおとなしく寝ていようかと、比較的人通りの多い道を流れに委ねて歩いていた。瞬間、何者かに腕を捕まれて、薄暗いビルとビルの隙間に連れ込まれる。完全に俺の不注意だった。人の目のつかない路地裏で俺は突き飛ばされて尻餅をついた。エアコンの室外機が連なるそこは少し蒸し暑く、息をすると肺が熱くなる。

「誰だ」

 三人。立っている男に声をかけると、そのうちの一人が怒ったように声を上げた。

「お前が斎島燐だな」
「……そうだ」
「お前のところのやつがうちに手を出した」
「そうだったみてえだな。指導はしていたが、自制できなかったらしい。注意しておいた。本人も反省してる。悪かったな」

 素直に謝ったのたが、どうやら怒りはおさまらないらしい。

「それで済むと思ってんのか。あの場にはうちの総長もいたんだ。アンタの注意で終われると思うなよ!」

 鳴川がいたのか。俺の鼓動が急に早くなる。怪我したやつはいないと聞いていたが、もしかしたらと不安になる。鳴川はそれくらい大切な存在だ。

「総長には深追いするなって言われたが、オレは我慢できねえ。だから、アンタを殴らせろ」

 胸倉を捕まれて、俺は嫌でも顔を上げさされた。殴られるくらいどうってことはない。殴ってみろよ。考える時間もなく俺は返事していた。
 ドゴッ!
 そう言った途端に右の頬が思いきり殴られて、口の中に血の味が広がった。

「ムカつく言い方しやがって」

 フン、と鼻で笑うと次は左の頬を殴られる。総長が危険な目に遭わされて怒るこいつらの気持ちもわかる。多少の犠牲は仕方ないだろう。そう思いながら、血が混ざった唾液を吐くと、光の加減で顔は見えないが、聞いたことのある声が向こうからした。

「何をやってるんだ!」
「そ、総長……!」

 座り込んだ俺に駆け寄ってくる人物。道を作るように俺から退いた三人は、焦っているのか気まずそうにしていた。

「総長、なんでここに……」
「お前たちが斎島を探しに行ったと聞いて嫌な予感がしたから、追いかけて来てみたらこれだ。深追いするなと言ったはずだろ!」
「す、すみませんでした!」

 頭を下げる三人に、鳴川はもういいと短く告げる。さっきの俺と同じじゃねえか。

「もういいから、早く帰れ」

 すみませんでしたと繰り返して慌てて帰っていく三人を見送ると、鳴川は俺に痛いことを言ってきた。

「あんな拳をくらうなんて、お前の瞬発力も落ちたんじゃないのか」
「……うるせえよ」

 何のために殴られたと思ってるんだと、俺は殴られた頬をさすった。

「俺の責任でもあるからな。殴られるくらいどうってことねえよ。たいしたことねえしな」
「お、お前はいつもそうやって……俺の気も知らないで……」
「え、おい、どうしたんだよ」

 ポロポロと涙をこぼす鳴川に俺は慌てる。泣き顔なんて初めて見た。その前に、泣くってどういうことだよ。俺が何をしたって言うんだ。

「いつも危険なことに首を突っ込んで、馬鹿じゃないのか。俺が総長になってなかったら、お前なんて今頃……」
「鳴川、お前まさか俺のために総長になったのか」
「そ、そういうわけじゃ」

 その言葉を聞き終わる前に、俺は鳴川を抱きしめていた。
 自分が総長になったらグループ同士の喧嘩を抑えることができると思ったんだろう。今こうして泣いているということは、よほど俺が心配だったらしい。鳴川がいくら否定しても無駄だ。

「ありがとな。お前の気持ち、嬉しいぜ」
「馬鹿じゃないのか。お前なんて、もうどうにでもなれ」

 鼻をぐすんと鳴らして俺の胸を押し返してくるその手を握り、優しく口づけを落とす。

「何するんだ」
「鳴川、愛してる」
「……やっぱり馬鹿だな」
「お前も俺を愛してるんだろ? 正直に言えよ」

 絶対に言わない、と強気なことを言いながらも俺の背中に手を回してきた鳴川の首もとに顔を埋めた。
 二つのグループが合併したのはその三日後だった。


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