ファンタジー系で不良受け/2

***

 島で一番の賑わいを見せる市場、そこを真っ直ぐ突き進んだ場所に海に面した広場があった。罪人を裁く為の処刑台が、そこに設置されているのだ。今日処刑される事となった人物の最後の瞬間を一目見ようと、広場に集まる人々は普段とは違う雰囲気で賑わっている。
 平和な街の住人からは恐れられ、スラムの中では犯罪者グループのリーダーとして畏れられ、またその存在をやっかむ者もいた。良くも悪くも、ロルフという青年の最後を多くの者が待っているのだ。


 地下牢で衝撃の事実を知ってしまったロルフは、その後タイミングを見計らったかのように現れた兵士に連れられ、一日馬車に揺られてこの広場へとやって来た。特にこれといった対策はない。本当にロルフの体内にあるのがマリンブルーなのか、それさえ定かではないのだ。もしかしたら、ただ体内に侵入してくるだけの不可思議な石かもしれない。ロルフはそんな事を考えていたが、男はマリンブルーで間違いないと確信していたようだった。
 マリンブルーの効果自体、明確には伝承されていないらしく、それを取り込んだ者の体が不老不死になるという事がどういった影響を体に与えるかさえ不明だ。傷を負えばソレが再生するのか、または頭が潰れても生えてくるのか、肉片が引っ付いて元に戻るのか。もしかしたら、老いで死にはしないが、外傷には何ら影響を与えない可能性すらある。そうだとすれば、ロルフの人生は結局此処でおしまいだ。


『青年、最後まで希望を捨てるな』

『何に希望を持てばいいんだよ』

『俺が何とかしよう、青年を死なせたくはない』


 牢を出る際、男と交わした会話がロルフの脳裏をよぎった。
会ったばかりの人間に、何故そこまで出来るというのか。人を信じる事など、当の昔に止めてしまっているロルフにとって、男の言動は頗る奇妙なものに思えた。


『一目惚れ、という事では納得してくれないか?』


ロルフの疑問に男は、ディートフリートはそう答えて笑みを浮かべる。
まるで、ロルフを安心させるかのように。


『もしどうにかなったら、オッサンの恋人にでも何でもなってやらぁ』

『その言葉、忘れるなよ青年』


とても、最後の別れとは思えない会話だ。
そう思いながら、ロルフは処刑台に上がった事でハッキリと見えるようになった水平線を目に映した。
 港に近いという事もあり、潮風が鼻腔を擽る。ぐるりと一度周囲を見渡せば、スラムの仲間達が数人、物陰から不安げに此方を見上げているのが見えた。流石に銃器を持った兵士が多い中、下手にスラムの住人が姿を見せるのは命取りといえよう。
 お前らはもうスラムに戻れ、そういった意図を込めてロルフは仲間を一瞥すると、それ以降視線をそちらに向ける事はなかった。


「これより、罪人の刑を執行する」


その宣言と共に、背後にいた兵士が乱雑にロルフの上半身を台へと押し付ける。
直ぐ様首枷が下ろされ、ロルフの目には雑草の生えた地面と、今から自分の首が飛び込む事になるバケツしか見えなくなった。すぐ後ろには、青い海が広がっている。一度でいいから出てみたい、そう思っていた海に背を向けて死ぬというのは、まさしく自分にお誂え向きの死に様だなと自嘲した。
 希望を捨てるなと、ディートフリートは言っていたが、今この状況でロルフが考えられる事と言えば死後の世界があるか否かという幻想くらいである。まぁ、最後にディートフリートのような奴に会えたのはいい思い出になったな。素直にそう思えた自分に驚きながらも、ロルフは目の前に迫った死を享受するように瞼を下ろした。

 耳に届いたのは、ギロチンの刃が迫る音――――











『こら、希望を捨てるなと言ったろう』




「…え?」


そして聞こえたディートフリートの声に、ロルフは目を見開いて顔を上げた。


 刹那、ロルフの頭上から鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き、何かを破壊したらしき衝撃が体を襲う。ガラガラガラと音を立てて崩れ落ちてくる破片は見えるものの、今以上に顔を上げる事が出来ないロルフには、何が起きているのか検討も付かない。
 粉塵を吸い込まないよう注意を払いながら様子を伺っていれば、背後に人の気配を感じ、その直後、縛られていた両腕が自由になった。次いで首枷が外され、完全に自由の身となったロルフは直ぐ様断頭台から身を起こす。周囲を見渡し、粉塵が晴れた先に見たのは――


「オッサン……?」

「おいおい青年、何で疑問系なんだ」


海を背に立つディートフリートは、常人とは思えない程のオーラを纏っていた。
そして、薄暗い地下でみた小汚ない親父といった風貌は、かんぜんき消え去っており、噂に聞くフック船長そのものである。

―――ヒュウウウウゥゥゥッ

 しばし見つめあっていた二人を現実に引き戻すように、頭上を砲弾が通り過ぎて行った。それに続くように、海の方から次々と砲弾が撃ち込まれて来る。


「感動の再会に浸るのは後に取っておこう!今は走れ!!」

「ちょっ、え!?」


唖然と砲弾を見送っていたロルフの腕を掴み、ディートフリートは迷いなく海へと走り出す。
その先には、処刑台や兵士達に向かって大砲を撃ち抜く巨大な海賊船があった。目についた風にたなびくジョリーロジャーには、フック海賊団のシンボルマークが。
 甲板から下ろされた二本の縄梯子を目に止めて、ロルフは一度ディートフリートに目を向けた。


「飛び付けるか青年!?」

「舐めんなっ!」


かち合った視線に思わず口角を上げて、ロルフは崖から勢いよく跳躍する。
背後から聞こえるの民衆の悲鳴やフック船長の名を叫ぶ兵士、その声全てがまるで、海へと舞った二つの影を後押ししているようだ。


「髭、毎日剃った方がいいんじゃねぇの?」

 難なく船の外壁に飛び移ったロルフは、海賊船が完全に陸から離れたところで、同じく隣で縄梯子にぶら下がるディートフリートに開口一番そう告げた。


「惚れたか?」


ロルフの言葉に気を良くしたのか、ディートフリートはニヤリとワザとらしく笑みを浮かべると、縄梯子を掴む腕とは反対の腕でロルフの腰を抱き込み引き寄せる。
青空と海の光を浴びたディートフリートを見て、不覚にもカッコいいなとロルフは思ってしまった。それと同時に、決まらないオッサンだとも気付いてしまう。そんなディートフリートだからこそ、惹かれているのかもしれない。
 久方ぶりに飾り気のない笑顔を浮かべたロルフは、ディートフリートの頬に手を添えて髭の剃り残しをなぞった。




「まぁ、恋人になってもいいかなって思うくらいには」




様々な問題を残したままではあるが、これから先の未来には、必ずこの男が隣にいるのだろう。
そう思うと、何の不安も感じなくなるのだから不思議だ。



 二人が脱出した島から見える海賊船は、次第に太陽の光を写して輝くマリンブルーの中に消えていった。

end

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