性悪副会長×男前ヘタレ会長のイチャラブとか日常の話

***

「上月(コウヅキ)君のことが好きです。私と付き合って下さい!」

人通りの少ない放課後の階段の踊り場で、顔も知らない女子生徒に告白された。染料を使っていない焦げ茶色のショートボブに、特別可愛いというわけではないが愛嬌のある顔立ち。膝がチラリと見える程度のスカート丈は清楚な感じがしてなかなか嫌いじゃない。だけど、答えはノーだ。

「悪いけど、今はいろいろ忙しくて、そういうことはあまり考えられないんだ。でも気持ちはすごく嬉しいよ。ありがとう」

そう言って、首の後に手を当てながら自分でもそれなりに整っていると自負している顔に人のいい笑顔を浮かべる。髪の襟足が手を擽って思ったよりヘラリとした笑い方になった。こうすれば大抵の女の子は頬を桃色に染めて俺の言うことを聞いてくれる。けれどこの子は見た目に反して意外と強情だったらしくて、胸の前でギュッと手を握ったまま俺に詰め寄ってきた。

「こ、上月君が生徒会に入ったばっかですごく大変なのはわかってるの。でも、私は上月君の邪魔なんてしないし、困らせるようなこともしないわ。だから、今上月君に彼女とか好きな人がいないんだったら、お試しでもいいの。お願い、私と付き合って」

現在進行形で困ってるんだけど。俺は心中で溜息を吐いた。今は惚れた腫れただなんていう色恋沙汰には全く興味が無い。そんなことは一年生の間にやり尽くしてしまった。高校に入学してから直ぐに同じクラスの子と付き合って、その次は二つ歳上の先輩と夏を満喫して、冬には他校のマドンナと新年を迎えた。女の子とはもう十分すぎるほど楽しんだ。つまり、こう言ってしまうと身も蓋もないのだが、飽きたのだ。俺もそろそろ違うことがしたくなった。そんな俺の元に降ってきたのが、生徒会という色恋沙汰とは正反対の実に面倒くさそうな代物だった。この秋に受験を控えて生徒会を引退することになった三年生の先輩が俺に「やってみないか」と声をかけてきたのだ。幸い俺は成績も良かったし、表向きは優等生として通っていた。生徒会なんていかにも堅苦しいものへのお誘いに、俺も最初は渋い顔をしていたのだが、よくよく考えてみると生徒会なんてものは今まで俺にとっては全く無縁の存在だったわけで、学校生活にも飽き飽きしていた俺には丁度いい刺激になるのではないかと思い直した。そんなこんなで俺こと上月若一(コウヅキ ワカヒト)は生徒会副会長に就任したのである。だから今はとにかく前任の引き継ぎで忙しい。そして何度も言うが、今の俺は女の子と遊ぶ気なんてことさらない。だからどうやったって答えはノーだ。

「うーん。でも、俺、そういうお付き合いとかはもっと誠実にしたいんだ。だからお試しとかそういうのは――」

誠実なんてどの口が言うんだ。我ながらこうもよく心にもない言葉がポンポンと出てくるものだと思う。これから俺のあだ名は“全自動空言製造機”なんてどうだろうか。そんなどうでもいいことに考えを巡らせながら、これで話しは終わりだと勝手に決めるける。流石にここまで言われれば相手も大人しく引き下がることだろう。しかし、この子は見た目に反して強情かつ執拗だったらしくて、あろうことか俺の胸倉を掴んで引き寄せたかと思うと、大胆にも唇を合わせてきた。女の子特有の甘い香りが鼻を突いて、口の中にヌルリとしたリップクリームの味が広がる。それに俺は思わず眉を寄せながらも、特に抵抗もせずじっとしていた。キスなんてもう幾度と無く交わしてきたのだし、それに何より下手に反応して相手を喜ばせるのも癪だった。ただただ早く終われと念じながらこの苦行に耐える。しかし、どうやら今までの俺の行いがあまりにも悪かったようで、神様は更なる試練を与えてきやがった。

「え」

踊り場に響いた小さな声。聞き覚えのある声に俺が視線だけをグルリとそちらに向けると、運悪く最悪のタイミングで階段を上ってきてしまったらしい一人の男とバッチリと目があった。切り揃えた黒髪に、一寸の綻びもないほど規則正しく身に纏わられた制服。こうして見ると、ごく普通の公立高校の制服が随分と格調高いもののように思えてくる。いつもは人形のような澄ました表情を貼り付けているその顔が、流石に今は驚愕に歪んでいて、珍しいものを見たなあなんて現実から逃げるようにぼんやりと考えた。だけどそんな場合ではない。女の子は彼の存在に気付いてないのか、それとも気付いていながら見せつけているのかはわからないが、一向に俺を離す気配はない。そのせいで見つめ合ったままの俺と男の間に重い沈黙が落ちる。すると、やっと状況を把握したらしい男が動き出した。まずは首、そして頬、遂には耳、というようにジワジワと体全体を茹でダコのように真っ赤にした。何かを言いたげに口をパクパクと開閉し、ワナワナと身体を震わせている。規律に厳しいこの男のことだ、こっ酷く怒られるかもしれない。その様を想像して俺は心中で何度目かになる溜息を吐いた。
男の名前は芥田志信(アクタダ シノブ)という。俺の所属する生徒会のトップ。つまり、俺と同じくこの秋に就任した新生徒会長だ。俺は生徒会に入って初めて芥田と言葉を交わしたのだが、これがまたとんでもない堅物で、俺を見る度にやれ髪の毛を切ろだの、やれ制服の乱れを直せだの口酸っぱく注意してくる。まさに歩く生徒手帳だ。そんな奴に不純異性交遊の現場を抑えられてしまった。これはきっとまた小姑のようにやかましく言われることだろう。考えるだけで頭が痛くなってくる。ついさっきまでは一秒でも早くこの行為から開放されたかったはずなのに、終わったら終わったで面倒くさいような気がしてきた。俺はどうにかこの場を穏便に収める方法はないかと頭を悩ませる。しかし、そんな悠長なことを考えている場合ではなくなった。

「っ、っ! っ、っ、え、あ――」
「な、おい、ちょっと?!」

声にならない声を上げながら気まずそうに顔を伏せた芥田が逃げるように後ずさった。しかし、その後ろに広がるのは今さっき芥田自身が上ってきた階段である。案の定芥田は先程までとは違う意味で目を見開くと、グラリと身体を傾かせた。それには流石に俺も黙っていられなくて、無理矢理女の子を引き剥がし、慌てて芥田に手を伸ばす。しかし、一歩遅かった。伸ばした手の指先が少し掠れただけで芥田の手が虚しく空を切ると、芥田はそのままゴロゴロと階段を転がり落ちていった。

***

「……ごめん!」

俺は頭を下げた。あの後俺は階段の下で丸くなる芥田を担いで急いで保健室に連れて行った。幸い芥田は少しの打撲と足を軽く捻挫しただけで、一週間もすればすっかり治るだろうとのことだった。それを聞いて何事もなかったかのように歩き出そうとする芥田を保健室の椅子に押し留めて、代わりに俺が教室まで芥田の荷物を取りに行った。それを受け取った芥田はふらつきながらもシャッキリと背筋を伸ばして立ち上がる。そしていつもの涼しげな顔で首を振った。

「別におまえのせいじゃない。落ちたのは俺の責任だ」
「いや、でもさ……」
「俺が勝手に落ちただけのことだ」

そうもキッパリ言われてしまえば俺はもう何も言えなくなってしまって、誤魔化すように頬を掻いた。それを見届けた芥田は満足したように頷いて、颯爽と保健室を後にする。俺は慌ててその後を追った。そのまま昇降口を出て校門をくぐったところを見ると、どうやらこのまま帰路に着くらしい。芥田の向かう方向は俺の家とは全くの反対なのだが、怪我人を放っておくのも気が引けて、なんとなくそのまま芥田の少し後ろに続いた。それから暫くの間とくに言葉も交わさずに歩き続けていたのだが、とうとう沈黙が堪えたのか芥田が肩越しに俺を振り返った。

「……何でついて来るんだ」
「いやあ、やっぱり俺にも責任があると思うんだよね」
「だからと言って俺に付いて来てなんの意味がある?」
「荷物でもお持ちしましょうか?」
「結構だ」

バッサリ断られた。それもそうだろうなあと俺は肩を落とす。俺が芥田を苦手としているように、芥田も俺のことをよくは思っていないはずだ。規律に忠実で、何事にも全力で取り組むことを良しとする優等生の芥田は、ただぼんやりと物事を片付けて、たまたま要領がいいものだからそれなりに上手くいってしまう俺みたいな偽物の優等生とは似ても似つかない。そんな芥田だからこそ俺の本質をよく見抜いていて、日頃から俺のことをいい加減な奴だと評していた。俺もその通りだと思う。それに加えて、今日の出来事だ。芥田の中の俺の株は大暴落だろう。これから一年間、同じ生徒会の一員として共に切磋琢磨していかなくてはいけないというのに、早くも前途多難である。俺としてもどうにか汚名を返上したいところだが、こうも取り付く島もないと手のうちようがない。もうどうでもいいや、と半ばなげやりな気持ちになっていると、先を歩いていた芥田が急に立ち止まった。それに合わせて俺も足を止める。そのまま足元を見下ろしたきり一向に動こうとしない芥田に俺は不思議に思いながら首を傾ける。

「どうかした?」
「いや、その……大したことではないんだが……」

声をかけると芥田は人目を気にするようにキョロキョロと辺りを見回した。そして俺達以外に人がいないことを確認するとホッと息をつく。それからクルリと俺を振り返った。その手は肩に掛けた鞄の紐をギュッと握り締めていて、まるで緊張しているかのようだった。

「おまえに言わなければいけないことがあるんだ」
「な、何でしょうか?」

その様子に俺もゴクリと唾を飲み込んだ。眉間に皺を寄せて力強い眼差しを向けてくる芥田をしっかりと見返す。しかし、芥田の口から飛び出したのは思いも寄らない言葉だった。

「た、たとえ恋仲であろうとも学校でああいうことをするのはどうかと思う!」
「は?」
「だ、だから、その、お互いに同意の上でもああいった不純異性交遊は生徒会長として認められな――」
「ちょ、ちょっと待った!」

俺は慌てて芥田の言葉を遮った。待ってくれという意思を伝えるために片手を突き出し、もう片方の手を額に当てて俺は深く溜息を吐いた。どうやら芥田は根本的に勘違いをしているらしい。

「えっと、一つ言っておくけど、あの子とは別に何の関係もないから」

そう言うと、思った通り芥田は大きく目を見開いた。

「し、しかし、き、キスをしていたではないか」
「いや、今時好き合ってなきゃキス出来ないなんてそんなの古くない?」
「……そういうものなのか?」
「そうそう。キスなんて挨拶みたいなもんだって。そんな小さいこといちいち気にしてる奴の方がおかしいってば」
「そ、そうなのか……」

そう力無く呟くと、芥田は再度俯いてしまった。それに俺はハッとして口をつむぐ。調子に乗って言いすぎてしまったかもしれない。堅物の芥田のことだ、もしかしたらロマンチックなファーストキスを夢見て大事に大事にとっておいていたとしてもおかしくない。きっとファーストキスはレモンの味とか言うタイプだ。それはあまりにも偏見かもしれないが。しかし、もしそうならばかなり傷つけてしまったに違いない。そう思って俺は恐る恐る芥田の顔を覗きこんだ。すると、芥田は耳から指の先まで可哀想なくらいに真っ赤になってしまっていた。先程の踊り場でのことといい今といい、鉄仮面だと思っていた芥田は随分と感情表現豊かな奴だったらしい。芥田は俺にじっと見つめられていることも気づかずにグルグルと目を回している。そんないつもの芥田からは考えられないような姿に、俺はつい可愛いなんて思ってしまった。そしてその衝動に抗わず、そのまま顔を寄せて唇を合わせた。チュッなんて俺にしてはあまりにも可愛らしい音を立てる。そしてお互いの息がかかるくらいの距離まで離れると、芥田は何をされたのかわかっていないのか、呆然と目をまん丸くしていた。それを見て俺はペロリと舌を出した。

「奪っちゃった、なんつって」

そう言って叱られた子供のように肩をすくめると、芥田は困惑した表情のままジリジリと後ずさった。俺は慌ててその手を握る。

「あ、逃げないで」

その触れ合った感触に芥田は大げさなほど身体を跳ねさせると、産まれたての子鹿のようにフルフルと震えながら顔を反らした。それから小さく口を開く。俺はその一言一句を聞き逃さないように耳を澄ませる。

「こ」
「こ?」
「こ、こ」
「ここ?」
「こ、公共の場でこういうことをするのも、ど、どうかと思う!!」

そう叫ぶと、芥田は俺の拘束をスルリと抜けて走り去ってしまった。やっぱり足が痛いのか、ヒョコヒョコとした変な走り方だ。俺はそんなちょっと傾いた芥田の背中をポカンと口を開いたまま見送った。それから暫くして足の裏からジワジワと笑いがこみ上げてきて、遂に堪えられなくなって思い切り吹き出した。

「ぶ、ふふ、あははは、つっこむとかそこかよ!!」

してやられた。俺は腹を抱えて笑い転げた。こんなに愉快な気分は随分と久しぶりだった。俺は笑いすぎて荒くなった息を整えながらゆっくりと息を吐く。それから自然と口が笑みの形を作った。自分でも悪い顔をしているだろうなあと思う。

「かわいーのな、会長」

どうやらこれから楽しいことになりそうだ。


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