「誕生日おめでとう」

 中学の時の応接室と然程変わらぬ広さの部屋にこれまた然程変わらぬ内装に調度品。
 高校に入学したその日の内に作った風紀委員室。
 そこに置かれた黒い革張りのソファに中学の時と同じように座る銀色は僕の言葉に本に向けていた碧眼をすい、とこちらに向けた。
 これもまた、中学の時と変わらぬ光景。
 違う事と言えば彼の着ている制服が中学の頃と変わった事と、手元の本がファッション雑誌や世界の謎について書かれた雑誌等ではなく文庫本である事、そして彼がいっそう綺麗になった事だろうか。

───恋人という贔屓目を抜きにしても。

 僕の一言で彼の瞳が本から僕に移ったことで湧き上がった満足感に口の端を上げながら、この日の為に用意していた小さな白い箱を差し出した。
 手の平に簡単に収まるその小さな箱は見た目に違わずとても軽い。
 それを受け取った彼は目を細め、少し照れ臭そうに笑った。

「おう、ありがとな。っつか覚えてたんだな」
「当たり前でしょ」

 君とこういう関係になってから忘れた事なんて無かったでしょ。
 だというのに毎年同じように覚えてたのかと言い、照れ臭そうに笑う彼は本当に愛おしい。

「開けても良いか?」
「どうぞ。君の物だ」

 白い指がそっと割れ物に触れるかのような手つきで僕の用意した箱を開ける。
 たったそれだけの行為にゾクゾクとしたものが背中に走った。

「…これ、ピアス、か?」
「そう」

 白い小さな、小さな箱。
 その中に向けられた碧の瞳に映るのは紫色の石が嵌められた小さな、小さなピアス一組。
 僕が君の為に用意した、アメジストのピアス。

 それを見やり、彼は再び僕へと視線を移した。
 そこには喜びよりも戸惑いの色。
 うん、予想通りだ。

「いや、俺、穴開いてないぞ?」
「知ってるよ」

 どれだけ君のその耳に触れたと思っているの。
 君の白くて薄い耳に穴どころか傷一つ無い事を僕は勿論知っている。

「今開けよう」

 銀糸を指先でさらりとかき上げ、体温の低い耳朶を人差し指と親指で柔く挟む。
 そしてすり、と親指の腹で撫でればぴくりと反応する体に僕は笑みを深くした。
 待ってて。
 そう言い、自分が毎日のように使用している木製の重厚な執務机と向かい、机の引き出しを開ける。
 中にあるのは筆記用具と、腕章用のいくつかの安全ピン。
 その安全ピンを一つ手に取り、彼の元へと戻った。

「ライター貸して」
「ん」

 彼の隣に座り、手を出せばすぐに手渡されるずしりとした重みのZippoライター。
 鈍く銀色に光るそれで火を灯し安全ピンの針を炙れば、忽ちその針は煤黒く色を変えていく。
 その様子を隣に座る想い人は黙って見つめている。
 どうやら耳に穴を開ける事も、その手段に安全ピンを使う事も全く問題無いらしい。

「っつかピアス学校につけてきて良いのかよ」
「華美でなければ問題無いよ。生徒手帳にもそう書かれてるでしょ」
「んなもん読んだ事ねえもん」
「だろうね」

 ほら、耳出して、と言えば素直に出される右耳。
 銀色の髪が掛けられたその耳にそっと触れ、炙られ変色した針をゆっくりと突き刺す。
 軟らかいそこは抵抗も無く針を受け止め、先端を沈めていった。
 あっという間に裏側へと貫通したそれを引き抜き、今度はその穴を埋めるように箱から取り出した紫を填める。
 それはまるでそこに填められる為に誂えたのではないかと思うほどしっくりとしていて。
 自分の感性は間違っていなかったと笑う。

「うん、良いね」

 自分が開けた穴に、自分が選んだピアスが填められたのだ。
 他ならぬ恋人の耳に。
 これが嬉しくないわけが無い。

 至近距離で見つめた碧眼には自分でもわかるほどに上機嫌な顔が映っている。
 そんな僕を見て何を思ったのか。
 突然彼は、うん、そうしよう。と一人呟いたかと思えばテーブルの上に置かれた安全ピンへと手を伸ばした。
 そしてそれを片手に、僕へと笑う。

「お前も開けようぜ」
「…僕?」
「そう。んでもう一個のピアスはお前がつけろよ」

 一組のピアスの一つは彼が。一つは僕が。

 何、その提案。
 そんなの。

「…良いね」
「だろ?」

 あまりにも甘美だ。

「右と左、どっちにする?」
「じゃあ左で」
「わかった」

 慣れた手つきで再び灯された火は既に変色している安全ピンの針を炙る。
 もうこれ以上変わらないと思っていた黒い針は更に深い黒へと色を変えていく。

「…これじゃあ僕がプレゼントを貰ったみたいだ」
「そうか?」
「うん」

 それぐらい僕は今嬉しいんだよ。
 君はそれだけ凄い事を言ったのだと、気付いているだろうか。

「ああ、じゃあ次のお前の誕生日には俺がピアス贈ってやるよ」
「君が?」
「おう。んでそん時に今度は反対側にも穴開けようぜ」

 お前に似合う赤いピアス、探しとくからよ。

 そう笑う君に、歓喜が溢れ止まらない。

 早くこの耳に赤い色を。

 こんなにも自分の誕生日が待ち遠しいと思った事は無い。
 けれどまずは。

「隼人、早く」

 君の手で痛みと共に一生塞がる事の無い穴を僕に開けてよ。
 そしてこの痛みと幸せを与えてくれた君が生まれてくれた事に心からの感謝を。




 Buon Compleanno!

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