五月五日、二十二時十五分。
突如部屋に鳴り響いたチャイムの音にこんな時間に一体誰だとドアを開けた先、自分を見るなり眉を顰めた男の姿に獄寺は思わず目を見開いた。
「…え…」
「君、女の子なんだからドアを開ける前にちゃんと相手を確認しなよ」
そう言うなり己の恋人である雲雀恭弥は三和土でチャコールカラーのショートブーツを脱ぎ、驚きから呆然と立ち尽くす獄寺の横を邪魔するよと一言告げて通り過ぎる。
白いシャツにシャドウブルーのカーディガンを羽織り、黒いスキニーパンツを履いたその男は小さめのボストンバッグを床に置き、そのすぐ側にある二人掛けソファーへ腰を下ろした。
そして日本人にしては長い脚を組み、未だ玄関前で呆けている獄寺へと視線を向ける。
「いつまでそんな所にいるつもりなの」
夜遅くに人の家に押し掛けるなり、まるで自分の家のようにソファーに座り不遜な態度でこっちに来なよと言う男。
こんなのこの男でなければ今すぐ家から追い出しているのに、と口を引き結び獄寺は視線を逸らす。
それをしないのは決してこの男に敵わないからとかではない。こんな非常識な事をされても許してしまうのは結局のところ自分がこの男に惚れているからだ。
現に今も見慣れている学ラン姿ではない私服姿に心臓が速く脈打ち始め、敏いこの男にその事がばれやしないかと目を合わせられずにいる。
交際を始めて約七か月。勿論その間私服で会った事は何度もあるし、獄寺の事を酷く気に入っている雲雀の両親によって家に招かれた事も何度もある。
けれどその度に獄寺は雲雀の姿に所謂ときめきというやつを覚えていた。
だって仕方ないではないか。格好良いこいつが悪い。
惚れた欲目と言われようが獄寺は雲雀の見た目に弱かった。
付き合って半年以上経つのに、と獄寺自身も思ってはいるが勝手にどきどきしてしまうのだからどうしようもない。
せめてばれないようにと視線を逸らしつつ近付き、雲雀の隣に座る。そうすれば雲雀は満足そうに目を細め、緩やかに口角を上げた。
「今日は随分と可愛い格好をしているね」
「っ、これは…!」
しまったと慌てて服を隠すように腕を胸の前で交差させるがそんな事で隠せれる訳もなく、向けられる雲雀の笑みに獄寺の頬は赤くなっていく。
雲雀に見られたくないから今まで雲雀が来るとわかっている時は着ないようにしていたというのに、まさか見られてしまうとは。
「去年の誕生日に京子達がくれたんだよ…」
絶対隼ちゃんに似合うと思うんだ、と同じ女から見ても可愛らしい花のような笑顔で渡されたそれは同じように可愛らしすぎる物で見た瞬間絶句したのを思い出す。
淡いピンクのボーダー柄にもこもこふわふわの生地。ジェラートピケのパーカーとロングパンツ、ショートパンツの三点セットは普段自分が着ている服とはあまりにかけ離れた物だった。
ちゃんと着てよねとにやにや笑う花と、今度それを着て皆でパジャマパーティーしましょう!というハルに、誰がするか!と怒鳴りたくなったが、隼人が着たら絶対可愛いとクロームが珍しく目をきらきらさせて言うものだから有難うと言って受け取るしかなかった。
あんな純粋無垢な瞳で渡されてしまえば、着ない訳にもいかない。パジャマパーティーは断固として拒否したが、部屋着用なのだし誰にも見られなければまあ良いかとそれ以来こっそりと着ていた。
デザインはともかく、これが着てみると存外に肌触りも着心地も良くて。恥ずかしくて京子達にも言っていないが、痛まないようにと毎回ネットに入れて大切に洗濯をするくらいには実は気に入っていたりする。
冬はロングパンツを履いていたが、春になり暖かくなってきたのでそろそろショートパンツの方にしても良いかと変えたのがまた仇となった。
ロングパンツでも恥ずかしいが、ショートパンツ姿は更に恥ずかしい。
ショートパンツから晒される生足が途端やけに気恥ずかしく感じてしまい、ぴったりと両足をくっつけ擦り合わせるように獄寺は身じろいだ。
「…どうせ似合わねえだろ…」
「さっき言った筈だけど?可愛いよ。良く似合っている」
君は本当に何を着ても可愛いし綺麗。
蕩けるような瞳でそう微笑まれればもう堪ったもんじゃない。
顔だけでなく視界に入る自分の脚さえも桃色に染まっていくのが見え、獄寺は慌ててまた視線を逸らした。
「…つーかお前、今日誕生日なのに家にいなくても良いのかよ…」
このままでは居た堪れなさすぎると別の話題を口にするが、それは只誤魔化す為だけに言った訳ではなく、実際気になっていた事だった。
そう、本日五月五日は何を隠そう雲雀恭弥の誕生日だ。
曲がりなりにも恋人なのだからプレゼントを用意して祝わなくてはと考えていたのだが日本では五月五日は祝日であり、ゴールデンウィークという連休の内の一日で。そして今年のゴールデンウィークは土日も合わさり五月七日までという長いものだった。
付き合い始めてから初めての相手の誕生日。何をあげれば良いのか考えど考えど浮かばず。
それはそうだ、クリスマスにプレゼントしたペンダントでさえ悩みに悩んで漸く決めた物だったのだ。そんな容易に他の物が浮かぶ筈が無い。
これはもう本人に直接欲しい物を聞いた方が良いと判断したのがゴールデンウィーク前日。
明日から連休なのだから二人でどこか出掛けてそこでプレゼントを買おうかと考えていたのが甘かった。というか失念していた。雲雀が並盛の秩序を守る風紀委員長だという事を。
ゴールデンウィークなどという連休、学生達が浮かれ、並盛町内が雲雀の言葉で言う「風紀が乱れる」状態になるのは想像に容易い。
夏休み、冬休み、春休みに並ぶ雲雀の繁忙期だ。そこで一緒にプレゼントを買いに出かけようなんて言える筈も無く。
しかも雲雀家にとって男児の十八歳の誕生日というのは何やら特別なものらしく、五月五日は朝から深夜まで親戚が家に集まり色々とあるらしかった。
面倒極まりないといった心底嫌そうな顔でそう告げられ、ああこれは誕生日当日も会うのは無理そうだなと早々に諦めた記憶が甦る。
幸い今年のゴールデンウィークは七日まである。その間になんとかプレゼントの案を捻りだし、連休明けに渡す事にしよう。
そう決めたが、せめて祝いの言葉だけでもと朝に『おめでとう』と一言だけ雲雀にメールを送った。本当は日付が変わった直後に送ろうかとも思ったが、そんな事をしたら携帯を開いて十二時になるのを待ってたんだろうなと思われそうで止めた。(実際に待っていたのだが)
兎も角そんな訳で絶対に会えないだろうと思っていた相手が何の連絡も無く誕生日当日にやって来たのだ。いくら夜遅くとはいえ、今日は雲雀家にいなくてはいけなかったのではないかと目を見る。
そんな獄寺に対し、雲雀は膝に肘をつき、覗き込むように獄寺を見つめ返し微笑む。
「誕生日プレゼントだよ」
「…は?」
「親が誕生日プレゼントは何が良いって訊くから、隼人の所に行きたいって言った」
それでも結局こんな時間になってしまったけどね、と言う男に獄寺は本格的に居た堪れなくなる。
この男は親にそんな事を言ったというのか。
その為だけに親戚が集まっているだろう中から抜け出し、態々やって来たというのか。
何て恥ずかしい。次雲雀の両親に会う時には目を見れないかもしれない。けれど同時に嬉しくも感じてしまって、そんな自分がまた恥ずかしくて居た堪れなさに拍車をかける。
そしてそんな感情とは別に、獄寺は雲雀に対し申し訳なさも感じていた。
雲雀はそこまでして会いに来てくれたというのに、自分はこの男に大切な物を用意していない。
「…俺、連休中はお前に会えないと思ってたからまだプレゼント用意できてない…」
今日雲雀が家に来るとわかっていれば何としてでも用意したというのに。
プレゼントは用意できなくとも、せめてケーキくらい。
「別に構わないよ。君とこうして会えただけで充分だから」
「構う!」
いくら相手が忙しかったとはいえ、誕生日に祝いのメールを送っただけで何も用意できていないなんて彼女としてどうなのか。
雲雀が構わなくとも獄寺はそうはいかなかった。
決して口には出さないが、好きな相手の生まれた日を祝いたい、何かしてあげたいという気持ちは獄寺の胸に強くある。
前のめり気味にそう強い瞳で言われれば言葉にされずとも心情は伝わる。雲雀は宥めるように優しく、けれど瞳の奥に真剣な色を宿しながら獄寺に笑いかける。
「そう?じゃあそうだな…君のゴールデンウィークの残りの時間、僕に頂戴」
「…残りの時間?」
首を傾げ訊いてきた雲雀に獄寺も同じように小首を傾げる。その獄寺の姿に雲雀は一層愛おしそうに目を細めた。
「そう。今から明後日まで。君の時間、全部。それで」
一拍置き、雲雀が獄寺の瞳を覗く。その夜色の瞳の中に見た事の無い色を見つけ、獄寺はびくりと指先を震わせた。
体の奥から熱くさせるような熱っぽい瞳。その熱が何なのか、獄寺はすぐに察した。掌にじわりと汗が滲む。
「願わくば君が欲しい」
真っ直ぐと向けられる熱を持った視線と言葉。
その意味がわからぬほど子供ではない。
「…見回りはどうすんだよ…」
「草壁に任せてある」
最初からそのつもりだったのかと気付くがそれを指摘する事はない。
一般的にはどのくらいでそういう事になるのかなんてわからないし、他人の事情なんて興味も無かったので調べる事もしなかった。
自分達には自分達の進め方があるし、他人と比較する必要も無い。そもそも相手は雲雀だ。悉く常識から外れている男に一般的な事柄が当て嵌まるとは全く思えない。
だから気にする事は無いと思っていたが、いつかはその時が来るんだろうと思っていた。それが遠くない未来に来るだろうとも。
雲雀から薔薇を受け取った日から約七か月。気にする事は無いと思っていても、意識するには十分な時間だった。
そしてそれはきっと雲雀にとっても。
「隼人、君を僕に頂戴」
心臓がばくばくと音を立て激しく鼓動する。
獄寺は雲雀の見た目だけではなくこういった所にも弱かった。
あまりにも強く真っ直ぐな瞳と言葉でいつだって雲雀は射抜いてくる。それは今も。
体を巡る血の流れを感じる程激しく心臓が脈打つ中、獄寺は近付く雲雀の顔にゆっくりと瞼を下ろした。
暗い寝室、ベッドの上。
そこに後ろから雲雀に抱き込まれるようにして獄寺は座っていた。
自分は確かに同意の上で此処にやって来たし、この状況になっている。だがだからといって何もかもを何の躊躇も無く受け入れられる訳では無い。
何せ自分はこういった経験が無いのだ。付き合った人間も雲雀が初めてなら性行為も初めて。所謂処女というやつだ。
イタリアにいた頃に何度か襲われかけた経験はあるが、その度に逃げるか相手を伸して守ってきた。
その体を、これから雲雀に触られる。知識はあるにはある。けれど経験の無い行為に対する不安と少しの恐怖と期待。それらによって心臓は壊れてしまうんじゃないかという程に早く、激しく鼓動を繰り返す。
生物は皆、一生の鼓動数というのが決まっているという。それが本当ならば自分は今、その決められた鼓動数を超えて死んでしまうのではないだろうか。
だって今まさに胸が苦しくて呼吸さえままならないのだから。
「隼人」
雲雀がそっと後ろから獄寺の胸元にあるパーカーのファスナーに触れ、下へと下ろす。
静かな部屋に響くそのファスナーの音に獄寺は雲雀の腕の中縮こまらせていた体をびくりと跳ねさせた。
「凄い緊張」
「っ、仕方ねえだろ…!初めてなんだから…!」
「…そう。嬉しい」
違う、そういう事を伝えたくて言った訳ではない。何嬉しそうな声を出してるんだ。
きっと振り向けば声と同じく嬉しそうな顔をした雲雀がいるのだろうが、ここで顔を見るなんて余裕も勇気も無い。
せめて怖気づきそうな自分を抑えるように強張る手でシーツを握り、目をきつく閉じる。
だからすぐには気付けなかった。
ファスナーを下ろされたパーカーの下、着ているインナー越しに雲雀が持ち上げるように胸に触れた。
「あっ…!」
「…下着、着けてないんだ」
「風呂入った後だったから…っ」
雲雀に、胸を触られている。
その事実は認識してしまえばあまりに衝撃的で、強い羞恥に獄寺の体は一層熱を帯びた。
部屋が明るければ人よりも白い獄寺の肌は見事なまでに赤く染まっていくのが見えた事だろう。
呼吸さえ震わせ羞恥に耐える獄寺の後ろ。雲雀は銀糸のかかる首筋に顔を近付け息を吸う。
入浴した後だと言っていたが、確かに獄寺の体からは花とも果実とも思える甘い香りがする。いつまでも嗅いでいたくなる香り。
けれどそれよりも雲雀は掌に伝わる感触に驚き、そちらに意識が向く。
…軟らかい…。
平均よりもかなり大きい獄寺の胸が確かな重量感を持って軟らかさを掌に伝える。
トンファーで相手を叩きのめすという行為をしてきた雲雀にとってそれは今まで触れてきたものの中で一番軟らかいと思えるものだった。
男と女ではこんなにも違うのか。
体はすっぽりと包み込めてしまうくらい小さく、腕も足も全てが触れれば折れてしまうんじゃないかと本気で思ってしまうくらい細く、触れる箇所はどこもかしこも軟らかい。
戦っている時の彼女にそんな事を感じた事は一度も無いが、今こうして触れる体は酷く頼りなく儚げで。
日々相手を咬み殺し、他人に触れるという行為をしてこなかった自分が力加減を少しでも間違えれば壊してしまいそうで。極力慎重に、優しく指を胸に沈めた。
「ん…!」
只胸を揉まれているだけ。それだけだ。
快感を引き出そうとしてる訳でもなく、感触を確かめるようにやわやわとゆっくり揉まれる。
それだけだというのに獄寺の口からは吐息交じりの声が漏れた。
おかしい。自分で触れるのと全く違う。
過去何度となく襲われかけた事があるせいか、獄寺は今まで性に関する事柄に積極的に触れようとしてこなかった。同じ年頃の女子と比べると性への関心も知識も疎い。
けれど雲雀と付き合うようになって、いずれそういう時が来るのだろうと表には出さなかったが少しずつ意識するようになって。
そんな矢先、教室で「彼氏に胸を揉まれて気持ちよかった」という内容のクラスメイトの会話を聞き、獄寺は疑問を覚えた。そんな揉まれた程度で気持ち良くなるものなのだろうか、と。
獄寺にとって己の大きすぎる胸は最大のコンプレックスだ。
大き過ぎるが故に下着も服も満足に選べず、肩も凝るし走れば揺れて痛い。獄寺は決して身長が高いわけでもなく、体も京子達にもっと食べた方が良いと言われるくらい細い。なのに胸だけが大きいというのが獄寺の目には酷くアンバランスに映り、とてもじゃないが好きになれなかった。
だが異性から見るとそうではないらしい。大きい胸は異性の目を惹き付け、薄着になる夏ともなればその視線はもっと露骨に、顕著となる。それが気持ち悪くて、獄寺は更に自分の胸が嫌いになった。
だから自ら進んで自分の胸を揉もうなんて思った事も無かったのだがクラスメイトの会話を聞き、少し興味を持ってしまったのだ。もし、雲雀に触れられる時がきたら、その時気持ち良いと思えるのだろうかと。
その会話を聞いた夜、獄寺は家で自分の胸を揉んでみた。結論から言うと全く気持ち良くなんて無かった。
只肉を揉まれているだけの感覚。こんなのの何が気持ち良いのか。そもそも胸なんて只の脂肪の塊だ。それを揉まれて気持ち良くなる筈が無い。
獄寺は早々に自分の胸を揉む事を止め、気持ち良くなるという話は嘘だと結論付けた。
自分であれだけ揉んでも何も感じなかったのだから、雲雀に触れられたところで気持ち良くなる筈が無い。
そう思っていたのに、これは何だ。
雲雀の手で触れられた箇所が熱を持ち、揉まれれば揉まれる程胸だけでなく全身が熱くなっていく。
呼吸が荒くなり、体が汗ばみ始めて漸く気付いた。
嘘、揉まれてるだけなのに、何で…!
自分で揉んだ時は何も感じなかったのに、今は気を抜けば口から甘い音をもって吐息が漏れ出してしまいそうな程気持ちが良い。
特に変な触り方をしている訳では無い。なのに雲雀が触れているというだけでこんなにも。
混乱しかけている頭の中、怖いもの見たさに近い感覚から恐る恐るずっと閉じていた目を開ける。
その先の光景に獄寺の熱は更に上がった。
「っ!」
自分よりもずっと大きな雲雀の手が、自分の胸を揉んでいる。
広げられた手で指が埋められる度に胸が形を変える。その様は酷く卑猥で、直接触れられてもいないのに伸縮性のある薄いインナー越しに己の乳首が立っているのが見え、その瞬間羞恥のあまり獄寺は声も無く喉を震わせた。
目を閉じ感覚だけを追っていた時と全く違う。視界から入る強烈なまでの光景に今の自分の状況を改めて思い知らされ、獄寺の心拍数は更に上がった。
今、俺は雲雀に抱かれるんだ。
それをまざまざと思い知らされる。
「隼人」
「ひぅっ!?」
胸に与えられる感覚にばかり集中していた獄寺の項に、突如別の感覚が走り思わず体が跳ねる。
己の胸を見ていた事によって晒された白い項。そこに雲雀の唇が触れている。
最初は軽く何度も口付けていたかと思えば、今度は生温かくぬるりとしたものが項の下から上へと伝う。それが雲雀の舌だと気付いた瞬間、獄寺は体を震わせ強張る体を一層縮こまらせた。
それによって更に首筋が雲雀の眼前に晒される事に気付かずに。
「可愛い」
「ん…!」
僅かに笑いを含んだ声でそう囁かれ、またぶるりと体が甘く震える。
生温かい濡れた感触がゆっくりと何度も首筋を這う。その度に獄寺はどうして良いかわからず、ただ口から震える吐息を吐き出した。
時折舌を這わせた後にじゅう、という音と共にちくりとした小さな痛みが走り、その痛みがまた獄寺の吐息を熱くさせる。
項を食まれ、舐められ、吸われ。唾液で濡れた項に雲雀の吐息が当たるその感触にさえ敏感に反応してしまうくらい、獄寺の神経は首に集中していた。
その為、雲雀の右手が胸から離れ、インナーの裾へと伸ばされていた事に獄寺は気付かなかった。
匂い立つ白い首筋にいくつもキスマークを付けながら握ったインナーの裾。それを雲雀は何も告げる事無く、一気に捲り上げた。
「あっ!?」
勢いよく捲られた所為でインナーで抑えつけられていた胸がぶるんと大きく揺れ、現れる。
それは普通に脱がされた方が良かったと思う程に獄寺にとって恥ずかしく、咄嗟に晒された胸を隠そうと腕を持ち上げるがそれよりも早く雲雀の手が胸を覆った。
「やっ、雲雀っ…!」
「…凄いね」
インナー越しに触れていた時でさえあまりの軟らかさに驚いたというのに、抑えつける物が無くなったそれは更に軟らかく、雲雀は素直に驚いた。
肌理の細かい肌はしっとりと汗ばみ、正に掌に吸い付くような気持ち良さで。
手に収まりきらず溢れる大きな胸に色付く先端もまた触ってくれと言わんばかりに主張しており、それがいやらしくも可愛らしく目に映り、雲雀は思わず喉を鳴らした。
そんな雲雀とは対照的に、獄寺は雲雀が呟いた言葉に不安になっていた。
獄寺のコンプレックスである大きな胸に対して呟かれたであろう言葉。
さっきまではインナーで隠れていたが、初めて直接見る胸の大きさに引いてしまっているんじゃないだろうか。
もしそうだとしたらここで止めた方が良いかもしれないと、さっきまでの快楽や緊張からのとは違う、不安から心拍数が上がり始めたその時、獄寺は尻に当たる硬い感触に気付き驚愕した。
ベッドに座る獄寺を脚の間に挟み、抱き込むように体を密着させ座っている雲雀。
その体勢から当たっている硬いものが何なのか、そんなもの考えるまでも無く獄寺にはわかった。
「な、なんでお前、大きくしてんだ!?」
「?何でって?」
思わず振り返り見上げた先。男は獄寺の言っている意味がわからないといった風に首を傾げる。
「…もしかしてお前、大きいのが好きなのか…?」
今まで雲雀とそういった話をした事は無いので、雲雀の性的嗜好を獄寺は知らない。
なので実は巨乳好きという事も十分あり得る。
…もしかしたら、それが理由で俺を好きになったって可能性も、
「そういう訳ではないけど」
「んっ…!」
そんな獄寺の思考を遮るように雲雀が獄寺の胸を柔く揉みながら耳元で囁く。
「好きな子に触れてるんだから勃つのは当たり前でしょ。大きさは関係無いよ」
雲雀の低い声が鼓膜を震わす。その声に獄寺は体をぶるりと震わせた。
他人に対し冷たく硬質な声で普段話す雲雀は獄寺に対してだけ柔らかく穏やかな声を出す。その低い声が獄寺は実は好きだったりする。
いつもよりも色を含んだその声で耳に直接囁かれればひとたまりもない。
下腹部がじんわりと熱くなり始め、その状況からどうにかして逃れたくて体を捩るが、雲雀に後ろから抱き抱えられている中身動きが取れる筈も無く。
それどころか胸を触っていた雲雀の指先が突然胸の先端に触れ、その刺激から獄寺は体を仰け反らせ雲雀の体に寄り掛かった。
「あっ、やっ!」
雲雀の少しかさついた硬い指先が両の乳首をぐにぐにと押す。最初はゆっくりと優しく。それを徐々に激しく、弾くように人差し指で弄り始め、獄寺の口から意味を為さない言葉しか出なくなった頃。
すっかり硬く大きくなった先端を雲雀は親指と人差し指で挟み、強く引っ張った。
「ひあぁっ!?」
突然の強烈な刺激に喉を反らし、目を見開く。獄寺の思考が一瞬飛んだ。
「や、あっ、ぁ!」
「…可愛い。気持ち良い?」
雲雀が耳を食み、形を確かめるように舌で耳殻をなぞりながら吐息交じりに囁く。
気持ち良いかなんて、そんなのわからない。
摘ままれた乳首は指の間でこりこりと転がすように弄られどんどん熱を持っていく。
痛い、のだろうか。でも只の痛さとは違う気もする。じんじんと疼くようなその熱は僅かな痛みを伴いつつも、もっと欲しくなるような甘さも孕んでいて。
触られているのは胸の筈なのに、乳首を弄られれば弄られる程何故か下腹部の辺りがきゅうと締め付けられるように痛く、熱くなっていく。
時折乳首を弄る指が止まれば、切なくなって胸を擦りつけるように身じろいでしまう。
これが気持ち良いという事なのだろうか。わからない。だって、こんなの経験した事無い。
「わかんな…っ」
「そう」
そう言うなり雲雀の左手は胸を弄ったまま、右手は胸から脇腹へと降りていく。
脇腹から腹へと来たところでカリ、と臍に軽く爪を立てられ腹筋が僅かに震える。雲雀の手はそこで止まる事無く、更に下へとゆっくり移動していく。ショートパンツの中へと。
「だめ…っ」
耳を舐められ、乳首を弄られ、強過ぎる刺激に頭が働かないながらも雲雀の右手がどこを目指しているのかわかり、静止の声を上げる。
けれどそれで止まる筈も無く雲雀の指先はウエストのゴムの下へと潜り込み、そのまま流れるように下着の淵に指をかけ。
そして遂に完全に下着の下へと潜り込んだ指先が獄寺の恥部へと触れた。
「ひっ…!!」
「濡れてる」
雲雀の長い中指が恥部の割目をなぞる。ゆっくりと上下に動かす度に、くちゅ、にちゃ、と粘着質な水音が聞こえ、獄寺は羞恥のあまり耳を塞ぎたくなった。
雲雀があんなとこ、触って…!
いつもトンファーを握っているあの指が、自分のあんな所を触っているなんて信じられなかった。
そしてこんな音がする程、そこが濡れている事も。
気持ち良くなれば濡れる。そんな事は勿論獄寺も知っている。けれど獄寺のそこが濡れた事は今まで無かった。
いつか雲雀に触られる時が来るのだろうかと自分で触った事はある。その時は恐る恐る指先で擦るように触れたそこは変な感覚はあったものの気持ち良さとは程遠く、恥ずかしさもあって早々に触る事を止めた。
自慰とも言えない、本当に只触るだけの行為。たった一度だけの行為だったが、獄寺はそれでここを触れれば気持ち良くて、更には濡れるなんて信じられないと思った。
それがどうだ。今自分のそこは確かに濡れ、それどころか雲雀の指が動く度に水音を大きくさせる。
間違いない。自分の体は感じている。
割目をなぞるように動かすだけで溢れる愛液。
雲雀は体を震わす獄寺の様子を見ながらべとべとに濡れた中指をそっと割目から離し、その上にあるぷっくりと膨れた陰核へと触れた。
その瞬間、獄寺の体が跳ね、翡翠の瞳が大きく見開かれる。
「ひぁっ!?」
獄寺にとってそれは正に未知の感覚だった。
こりこりと雲雀が濡れた指先で押しつぶすようにしこりを弄る。その度に腰が勝手に跳ね、息も吸えない。
何これ何これなにこれ…!
訳が分からなくて、逃げだしたくて。びくびく震える体で雲雀の肩口に後頭部を押し付けるようにして頭を振る。汗で湿り始めた髪が雲雀の顔や肩に当たってぱさぱさと音を立てた。
「やだ…!ひばりっ、それやだ…!」
「大丈夫」
何が大丈夫だというのか。こんな自分の体がおかしくなってしまいそうな感覚。
獄寺の瞳に涙が滲む。そんな獄寺に雲雀は手をとめるどころか、器用に片手で陰核の皮を剥く。
そして剥き出しになったそこを転がすように、再び濡れた指先を這わせた。
「…っっ!!」
突き刺すような強烈な刺激が体を走り抜ける。一際大きく跳ねる腰。
膣の奥からどろりと液体が溢れ出るのがわかった。生理の時、血が出るのと似た感覚。けれどそれよりももっと熱くて切なくて、体が震える。
「隼人、気持ち良い?」
きもちいい?これが?
これが気持ち良いというなら、歯を立てられ舐められている耳も、只管揉まれ弄られ続けている胸も、そして濡れそぼるそこも。
雲雀が触れるところ全てが、
「っきもちい…!きもちいよぉ…!だからっ…!」
もっと。
涙交じりの声での哀願。
獄寺の耳元で雲雀の口元が弧を描いた。
「…───っっ!!!」
耳朶を吸われ、乳首と陰核を同時に強く捏ねられる。
瞬間、頭の中が真っ白になり呼吸が止まった。胸が大きく仰け反り、強張った脚が痙攣する。周りの音も何も聞こえない。
止まったように感じた心臓は数秒体が痙攣した後、打って変わり全力疾走した後のように痛いくらいに激しく鼓動する。
体からは全ての力が抜け、獄寺は汗ばむその体を寄り掛かるように雲雀へと預けた。
まともに頭も働かない。
それは獄寺にとって人生で初めての絶頂だった。
「凄い可愛い」
弛緩し凭れる獄寺の体を抱き締め、雲雀が愛しそうに笑う。
汗で額に張り付く銀糸を掻き分け唇を落とし、そのまま緩く閉じられた瞼、しっとりと汗ばむ頬にも口付けを落とす。
そして後ろから顎を支え、振り向かせた唇にも覆うように口付けた。
「ん…ぁ…」
呼吸を整える為に薄く開かれていた唇の間に舌を差し込み、弛緩する軟らかい舌に絡める。
擦り合わせ、ねっとりと絡め、吸う。そうすれば唾液が絡まる音と共に獄寺の鼻から甘い吐息が漏れ、体がぴくりと震えた。
只でさえ絶頂直後で酸欠気味だったところに深く口付けられ、獄寺の頭は更に霞がかっていく。
そんな朦朧とし、呆けている獄寺のパーカーとインナーを雲雀が脱がしていく。そしてそのまま獄寺をベッドに横たえ、ショートパンツと濡れる下着も脚から抜き取る。それでも脱力しきった獄寺は荒い呼吸から胸を上下させるだけで服を全て脱がされた事に反応を見せない。
それをいい事に雲雀は横たえた獄寺の裸を見つめた。
イタリアとのクォーターである獄寺は肌が白い。その白さは灯りの無い暗い部屋でも浮かび上がって目に映る。
シーツに散らばる銀糸、投げ出された細くて長い手足、括れた腰に、見ているだけでまた指を埋めたくなる大きく軟らかな胸。唾液で濡れる唇、そして放心した艶っぽい表情。
全てが煽情的で、雲雀を誘う。
いやらしくて綺麗で、そして可愛い。
ずくりと疼き、重くなる下腹部。今までも十分窮屈さを感じていた股間が更にきつくなり、痛みすら感じ始めていたがそれを寛げる事はせず、上半身に纏っていた服だけを床へと脱ぎ捨てる。
暗闇に晒される雲雀の上半身。首元で揺れ光る、プレートペンダント。それはクリスマスに獄寺がプレゼントした物だ。
その姿が仰向けで放心していた獄寺の視界に入り、意識は一気に引き戻された。
暗い部屋でもはっきりとわかる雲雀の引き締まった体。
あれだけ普段からトンファーを振り回し、常人離れした戦闘能力を持っている男だ。いくら細く見えるとはいえ、脱げばそれなりに筋肉がついているのだろうとは思っていた。思ってはいたがここまでとは思っていなかった。
確かに体の線は細いがその体には鍛えようとして付けたものではない、実戦で付いていったであろう隙の無いしなやかな筋肉が覆っている。
見せる為の筋肉ではないそれは雲雀がより高く飛ぶ為に付いた、雲雀が雲雀らしく戦う為のものだ。
服の上からでは決してわからなかった逞しさを感じる腕に、割れた腹筋。初めて見る雲雀の体に獄寺の顔が熱くなる。さっきまでとはまた違った心臓の高鳴りを感じ、思わず見惚れてしまっていた視線を慌てて逸らした。
顔だけじゃなく体までこれとか、卑怯だろ…!
落ち着き始めていた心拍数が動揺から再び上昇し始めたその理由を雲雀が知る由も無く、雲雀は獄寺の様子に不思議そうに首を傾げ身を屈める。
近くなる距離。その近さに慌てて距離を取らせようと雲雀の両肩に手をつけば、そこから雲雀の筋肉を直接感じてしまい、ますます動揺してしまう。
「どうしたの」
ちゃんとこっち見て、と雲雀が両手で獄寺の頬を挟み、前を向かせる。
そうすれば欲や羞恥で潤んだ翠眼が睨み付けるように雲雀へと向けられた。
「っ、俺は!お前と違って初めてだから色々ついてけないし、緊張すんだよっ」
僅かに震えながら発せられた言葉。その言葉に雲雀は一瞬きょとんとした後、すぐにいつも通りの顔に戻り獄寺の左手を握った。そしてそのままその左手を自分の胸元に当てさせる。
意図が分からず、一体何なんだと思ったのは一瞬で。雲雀が自分の胸に手を当てさせた理由を獄寺はすぐに理解した。
掌から熱い体温と共に自分と変わらないぐらいに激しく叩きつける鼓動を感じたから。
「お、まえ…!なんで…!」
「僕も初めてだからね」
君と同じだ、と目の前の男は口の端を上げる。
そうだ、普通に考えればおかしいとすぐに気付く事だった。この他人に興味を持たない、人と関りを持つ事を心底毛嫌いする男が、女を抱いた経験があるなんてそんな事あり得ないという事に。
あまりにいつもと変わらない様子に慣れているとまではいかなくとも経験が有るのだと勝手に思い込んでしまっていた。
まさかあの表情の裏でこんな激しく心臓を鳴らしていたなんて。
「凄い余裕そうだった…!」
「したいと思った事をしていただけだよ」
抱き締めたくなったら抱き締めて、好きだと言いたくなったら好きだと言い、キスしたくなったらキスをする。それと同じように触れたいと思った場所に触れていただけ。
己の欲望に忠実に。だから迷いなく体が動いていただけで、そこに余裕なんてものは無かった。
「君のこんな姿を前にして余裕なんてある訳がない」
愛しくて堪らない人のこんな姿を見て。
明るいところで見ればきっと赤く染まっているであろう彼女の首筋に唇を落とす。
甘い香りのするそこは舌を這わせれば汗で僅かに塩辛さを感じた。
そのまま鎖骨、胸の谷間と舌先で肌をなぞりながら下り、自分が弄った事ですっかり熱を持ち硬さを保ったままの胸の頂に唇を寄せれば、一層甘い声が頭上から聞こえた。
彼女の指が頭に差し込まれ、黒い髪を乱す。
それは引き寄せているとも静止させようとしているとも取れる手つきで、髪を絡めとるその感覚に雲雀は心地良さを感じた。
包みきれない、手から零れ落ちる軟らかい胸を揉みながら乳首を音を立てて吸う。軽く歯を立てて舌で転がすように舐めれば震える手と体で胸が押し付けられる。
鼻先までも埋まるその軟らかな感触に目を細めつつ、ゆっくりと手を下へと移動させた。
目指す先は先程も触れていた脚の間、濡れそぼる割目。けれど今回は前のように只指を這わせ、なぞる為ではない。
さっきよりも愛液が溢れ、濡れる割目。その奥に雲雀は立てた中指をそっと伸ばす。
くぷり、と熱く蕩けた体内に雲雀の指が埋め込まれた。
「あ…ぁ…っ…!」
中に、入ってくる。
雲雀の細くて長い指が。
獄寺は雲雀の指が好きだった。
トンファーを自在に操る力強さも、優しく慈しむように触れるところも、全てが好きだった。
その指が、自分でも触れた事の無い中へと埋められていく。
シーツまでもぐっしょりと濡らすほど濡れそぼったそこは痛みも無く指を飲み込んでいく。
けれど異物感だけは確かにあって。
全くの未知の感覚と雲雀の指が自分の中に入っているという現実に獄寺の吐息は自然と震え、中の指を締め付けた。
「ん、ぅ…っ」
中を締め付けた事により、入れられた雲雀の指の感覚をよりダイレクトに感じてしまい獄寺の腰が震える。
指はゆっくりゆっくりと奥へ入り、根本まで収めたところで今度は軽く折り曲げられ、内壁を刺激する。
体内から直接体を暴かれるその感覚はあまりに恐ろしく、そして心地良く、どうして良いかわからずシーツを握り締め只頭を振る。
そんな獄寺を胸元から見上げ、雲雀も昂る欲を必死に抑えていた。
指を締め付けてくる内壁は力を入れればぐずぐずに崩れてしまいそうな程軟らかく、熱い。纏わりつく愛液のぬめりも相まって只指一本入れているというだけなのに、雲雀の内に凄まじい興奮が駆け巡る。
この中に自身を挿れてしまえば、どうなってしまうのだろうか。
この蕩ける肉を掻き分け、全て埋めた時。その快感はきっと。
想像し、思わずごくりと喉が鳴る。下着の中で窮屈に収まっている股間がまた膨れ上がり、ぎちりと音を立てた。
「…隼人」
「んぁっ!」
軟らかな胸元に幾つも口付けながら指を抜き差ししつつ腹部側を押し上げる。次第に泡立ち始める愛液。ひくつく内壁。
ぬちぬちと発せられる水音を聞きながら指の腹で強弱をつけながら犯していく。するとある一点を押したところで獄寺の体が大きく跳ねた。
指を一層きつく締め付け、奥から蜜がまたとろとろと溢れ出てくる。
その反応から獄寺が感じているのは一目瞭然だった。
「ここ、気持ち良いの?」
「やっ、そこ、やだ…!なんかへん…!あ、あっ!」
獄寺が握っていたシーツを離し、縋るように雲雀の肩を掴む。そんな翠の水面を揺らす獄寺に雲雀は優しく口付け宥めながら、中指と一緒に人差し指をも中へと埋めていった。
「っ!」
中が、広げられる。
二本に増えた指が中でばらばらに動き、掻き混ぜるように中を押し広げていく。くちゅ、ぐちゅ、と淫らな音を立てながら愛液を泡立て、容赦無くさっきの箇所を攻めてくる。
そうすれば快楽に慣れていない獄寺の体は容易く拓かれ、昇り詰めていく。
徐々に呼吸が速く、浅くなり、落ち着き始めていた心臓がまた激しく脈打ち始める。
体が勝手に強張り、思考が定まらなくなっていく。その感覚は少し前、雲雀に乳首と秘所を弄られた時に陥ったものと酷似していた。
「あ、あ、あ…っ…!」
「イキそう?」
「ぁ、イキ…?」
「そう。さっき胸と一緒に触られた時みたいになりそう?」
雲雀の言葉にこくこくと頷く。階段を一歩ずつ上っていくような、快楽が着実に頂上へと近付いていっているのがわかる。
口からひとりでに出る意味を為さない母音の感覚もどんどん短くなっていき、震える脚が間にいる雲雀を小刻みに震えながら挟む。
頭の中が徐々に白んでいくのを獄寺ははっきりと感じた。
来る。あのおかしくなりそうな程の強烈な感覚が。
そう覚悟した瞬間。
何故か獄寺を追い詰めていた二本の指はあっさりと中から抜かれて行った。
「え、ぁ、なに…っ?」
昇り詰める寸前で指を抜かれ、絶頂を迎える事が叶わなかった快楽が体の中で出口を求めて暴れ、渦を巻く。
──後少しだったのに…っ。
失われた刺激に中が切なげに収縮する。
早くまたあの快楽が欲しいと体が浅ましくも求めている事に羞恥を感じつつも自然と雲雀を見る目が恨みがましいものになってしまう。
そんな獄寺の瞳に、雲雀は微笑みながら一つキスを落とした。
「僕も限界だから」
少し待って、と雲雀がウエストのボタンを外す。そしてそのまま下着と一緒に全て脱ぎ払った。
眼前に晒される雲雀の裸体。身に着けているのは銀色に光るプレートペンダントのみ。
その姿は雲雀の上半身だけで胸を高鳴らせていた獄寺にはかなり刺激の強いものだった。
細いけれどしっかりと割れた腹筋から引き締まった腰のライン、そしてその下の、
「っ…!!」
目に入った光景に、咄嗟に獄寺が顔を逸らし目をきつく瞑る。その可愛らしい様子に雲雀は笑みを深め、脱ぎ捨てたパンツのポケットからコンドームを一つ取り出した。
パッケージの端を咥え、一気に破る。お互いに発する吐息の音しかない静かな部屋に響くビニールの破ける音は、やけに大きく耳へと届いた。
その音に雲雀が何をしているか察したのだろう、獄寺は体をぴくりと震わせ、目だけでなく口もきつく引き結んだ。
「隼人」
取り出したゴムを手早く装着し、背けたままの獄寺の顔にそっと触れる。
びくりと震える体。この先の行為を想像しているのだろう、触れる手から緊張が伝わってきた。
緊張から強張る頬をそっと両手で包み前を向かせ、瞳を隠す白い瞼に口付ける。そしてもう一度名前を呼べば銀色のけぶる睫毛が震え、ゆっくりと翡翠が覗いた。
その翡翠には緊張と不安が色濃く滲んでいるのが見える。
「挿れるからね」
余裕が無いのは雲雀も同じだ。けれど獄寺のそれは比にならないものだという事を雲雀は理解している。
どうしたって受け入れる側の方が精神的にも肉体的にも負担は大きい。
少しでも緊張が解れるようにと獄寺の鼻先にキスを落とし、笑いかける。そうすれば獄寺は何かに耐えるようにぐっと眉を寄せた後、再び瞳を瞼の奥に隠した。
けれどそこにはさっきまでと違い、不安に駆られた弱弱しさは無い。
「んなの、一々言わなくて良いからっ…!」
最初から覚悟は決まってんだと自分を奮い立たせるように言う彼女に雲雀の中でどうしようもない愛おしさが込み上げる。
プライドが高く、恥ずかしがり屋な彼女がきっと人生で味わった事の無い程の緊張の中、自分の為に必死に羞恥に耐えて受け入れようとしている。
これが愛おしくなくて何て言うのか。
「…うん。有難う」
彼女は僕が欲しいと望んだものを必死に与えようとしてくれている。
その事に感謝の言葉を告げ、軽く皺が寄せられている眉間に口付ける。そして昂る自身に手を添え、さっきまで指で掻き乱していた蕩けるそこに宛がった。
ぬちり、と擦れる音がした。
心臓が、一際大きく鼓動した。
「うあ、ぁ…っ」
「っく…っ」
最初、裂けるんじゃないかと思った。
雲雀のモノが平均と比べてどうなのかなんて獄寺は勿論知らない。
散々弄られ、溶かされた所為か痛みは然程無い。けれどぎちぎちと音が鳴りそうな程雲雀のそれは入口を限界まで広げ、侵入してくる。
指とは比べ物にならない、太く熱いものが自分の中に入ってくる。ゆっくりと着実に押し広げられていく感覚は味わった事の無い苦しさを与えてくる。内側から内臓が圧迫され、押しやられていく感覚。呼吸が止まりそうだ。けれどそれだけではない。
むずむずとした何かが熱を伴って下腹部から全身へと広がっていく。獄寺はもうそれが何なのかを知っていた。
これは快楽だ。決して抗う事の出来ない、雲雀から与えられる快楽。
それはあまりに気持ち良く、自我が溶けて自分で無くなってしまいそうで。何とか耐えようと歯を食いしばり、雲雀の二の腕を掴む。
そんな獄寺を知ってか知らずか、雲雀はさっき獄寺が一際感じた箇所を重点的に擦り上げるように腰を動かす。
卑猥な水音がひっきりなしに結合部から響いた。
「ひ、ぁ、ぁっ、」
「…っ、隼人、奥いくよ」
…おく?おくって何だ?
与えられる快楽の中聞こえた雲雀の声に、上手く働かない頭で疑問に思う。けれどその疑問は口から出る事は無かった。
代わりに口から出たのは悲鳴ともつかない、音にならない声。
「────っぁ…!!!」
雲雀が大きく動いた瞬間、何か強い衝撃が獄寺の体を貫いた。
大きく目を見開き、はくはくと言葉も無く口が動く。
自分の腹の奥で何かが貫かれたような、破れたような、そんな感覚。
その時になって初めて、今まで奥まで入っていなかったという事と、膜が破られたのだと言う事に獄寺は気付いた。
処女を失う時、痛みを感じると聞いた事があった。
確かに痛みは、ある。けれどそれよりも。
「ぁ、あ…!」
気持ち良い。
「…動くよ」
「っ!やっ、あ!んぁ!」
余裕の無さからか雲雀が間を置かず、早急に獄寺の腰を掴み腰を動かし始める。
一度絶頂させられている上に、その後はイく寸前で止められた獄寺の中はぐずぐずに蕩けきっており、破瓜の痛みよりも快楽を敏感に拾い上げる。
寧ろ処女膜を貫かれた鈍い痛みさえも快楽へと変え、全てが気持ち良くて仕方が無い。
俺、初めてなのに…!
思考の片隅でそう思うが、体は勝手にどんどん快楽を拾い、感じていく。
もしかして自分はおかしいのだろうか。
雲雀の熱が蕩けきった肉を掻き分け、貫き、擦り上げる。
その度に膣は痺れ、熱を持ち、蜜を大量に溢れ出させる。
暴力的なまでの快楽と、心地良さ。
こんなもの、抗える訳がないではないか。
「ひぁっ!んっ、あ、あっ!!」
雲雀に奥を一突きされる度に頭が痺れ、まるで脳細胞が破壊されていくような感覚。
自分は今、一体どんな顔をしているのだろうか。きっと見るに堪えない、みっともない顔をしているに違いない。
自分でも聞いたことの無い声は止まる事無く口から勝手に漏れ、それを雲雀に聞かれているのかと思うと堪らなく恥ずかしい。
聞かれたくなくて、見られたくなくて、初めてなのに感じてる淫乱な女だと思われたくなくて。
雲雀の二の腕を掴んでいた手を離し、顔を覆う。勿論覆ったところで声が完全に抑えられる訳は無く、覆った手の内で自分の声がくぐもって響く。
それでも顔も見られない分幾分かましだろうと思った瞬間、雲雀の動きが止まった。そして両手首に感じる熱。
「っ、」
「隠さないで」
両手首を掴まれ顔から外される。快楽から滲んだ視界。そこに映った黒い男は額に薄らと汗を滲ませ微笑む。その瞳に色濃い欲をはっきりと滲ませて。
「君の全部が見たい」
そう言うなり雲雀は掴んだ手首を獄寺の腹の上で一纏めにする。
あまりにも細い手首。
その手首を折ってしまわないように、力加減を間違わないように掴む。
そして今にも泣きだしそうな快楽に染まった愛しい存在にもう一度笑いかけ、雲雀は再び律動を開始した。
「あ!ひばっ、やっ!あっ、あ!」
獄寺の中はゴム越しでもはっきりとわかる程に熱く蕩けていた。
性への経験も関心も無かった雲雀にはこれが普通なのか、それとも獄寺だけがそうなのかはわからない。
けれどともかく獄寺の中は気持ちが良かった。ずっと繋がっていたいと思うくらいに。
奥を突けばきつく締め付け、引けば中へ引き込もうとするようにうねる。それは例えようの無い、強烈な快感だった。
それに加え甘い嬌声とぐずぐずに蕩けきった獄寺の表情があまりにも淫靡で、雲雀の昂りは上昇の一途を辿る。
いやらしくて可愛くて仕様が無い。
更に狙ってやった訳では無かったが、獄寺の腕を一纏めにしたのがいけなかった。
下で纏めた為腕の間で寄せられた胸が、より大きさが強調してくる。そしてそれが雲雀が動く度に律動に合わせて上下に揺れるのだ。
雲雀は元々女性の胸の大きさに拘りを持つどころか興味自体持った事が無い。
なので先程獄寺に言ったように獄寺の胸が大きかろうが小さかろうが全く関係無かった。もし獄寺の胸が小さかったとしても変わらず愛で、愛したと自信を持って言える。
だが今眼下に広がる光景はあまりに強烈だ。視界の暴力と言っても良い。
腕を掴まれ、胸を揺らし、喘ぐ。
そのいやらしい光景は否応なしに雲雀を興奮させた。興奮から乾く唇を舐める。その興奮が獄寺にも伝わったのか、体をぶるりと震わせ中をまたきつく締め付けた。
「んぅっ、ひばり、ひばりぃ…!あっ、ぁ…!」
「…何?」
喘ぎ声の合間に何かを訴えようと名前を呼ぶ獄寺に奥を突きながら訊ねる。獄寺の胸がまた大きく揺れた。
「んあっ!うでっ、うで、やだ…!」
「腕?」
「こわい、から…!」
途切れ途切れに告げられたその言葉に、雲雀の瞳が僅かに見開かれる。
「…ごめんね」
雲雀が少しだけ目を伏せ、謝罪を口にして掴んでいた腕を離した。
そんな雲雀の様子にもしかして違う意味で捉えてしまったしまったのではと獄寺は快楽から霞む思考の中思う。
怖いと口にしたのは決して雲雀に対してではない。
あまりの快楽に自分が自分で無くなってしまいそうで、それが怖かったのだ。
与えられる快楽に溺れ、呼吸が出来なくなっていく感覚。それはまるで水に呑まれ、窒息していくようで。
シーツでも、自分の体でも良かったのだ。何か掴める物が、縋れる物があれば。
何も触れれず、拘束されているというのは酷く人を不安にさせる。
何かに縋らなくては本当におかしくなってしまう。
そんな恐怖からの言葉だった。
それをどうやら雲雀は自分の行動から怖がらせてしまったと誤解しているようだったが、結果腕は解放してもらえたから良いだろう。
「ひばり」
シーツでも自分の体でも良いと言ったが、同じ縋るなら目の前の男が良い。
溺れる程の愛と快楽をくれる、この男が。
体の内で渦まき、暴れ狂う快楽から力の入らない震える腕を雲雀へと伸ばす。
驚きの表情を見せる雲雀の首に腕を回し、引き寄せる。
そうすれば近付いた雲雀との体の間で胸が潰れ、体温で温くなった雲雀のプレートペンダントが肌に当たった。たったそれだけの事で子宮が疼く。
「…隼人」
「…はやく…」
早くくれよ。もう怖くないから。お前にならこの快楽で殺されても良いかもと頭が沸いている間に。
「…止まらないからね」
吐息がかかるくらい近付いた顔。黒い瞳の奥、欲情の炎が大きくなったのが見えた。
「っ、は…っ…ん…!」
雲雀が噛み付くように獄寺の唇を覆う。衝動のまま荒っぽく舌を絡め、口内を犯す。
お互いの唾液が混ざり、飲みきれなかったものが獄寺の口の端から溢れ、伝う。
鼻にかかる甘い吐息も、くぐもった嬌声も、必死に縋りつく背に回された腕も、間で潰れ軟らかさと熱を伝えてくる胸も、全てが雲雀を煽る要因にしかならなかった。
どこもかしこも甘くて柔らかい獄寺はまるで極上のケーキのようだと雲雀は熱に浮かされた思考の中思う。
フォークの重みだけで沈み、口に入れればこの世の物とは思えない軟らかさで溶けるように解けていく、そんな存在。
甘く軟らかな口を貪りながらするりと腕を下へと持っていく。
汗ばみ、小さく震える脚。太腿であっても細く、華奢さを感じるその脚を腕に掛け、体を折り曲げるように持ち上げた。
折り曲げられた体の苦しさと、一層密着した体からか、獄寺の唇から苦しそうな甘い吐息が漏れる。
その吐息を感じながら雲雀は脚を抱えたまま腰だけを引いた。
ぬち、と音を立てて中の熱が抜けていく。獄寺の腰がふるりと震える。
そして抜ける寸前、雲雀は脚を抱えたまま細い体を抱き締め、拘束するように背中に腕を回し。
一気に腰を叩きつけた。
「あっ────………!?」
その一突きだけで獄寺の頭に火花が散った。
初めて根元まで全て入った雲雀の熱が獄寺の最奥、子宮口を突き、押し上げる。
それは獄寺にとって想像を絶する快感だった。
「あっ、あぁっ、んあ!あ、あっ!!」
衝撃から大きく仰け反り、離れた口からは馬鹿みたいにみっともない喘ぎ声しか出ない。
一突きされる度に押し潰される子宮は収縮し、膣全体を痙攣させ激しくうねる。
耳元で雲雀が息を詰める声が聞こえる。あまりの快楽から意識とは別に逃げようとする獄寺の体を抱きとめ、奥を犯し続ける。
結合部から愛液が飛び散り、肌のぶつかる音と卑猥な水音が部屋に大きく響く。
奥を突かれるだけでも思考が飛び、縋る背に爪を食い込ませてしまうというのに子宮口をまるで抉じ開けるようにぐりぐりと押し付けられればもう堪らない。
涙を散らし、甘ったるい声で喘ぐ事しか出来ない。
安心を得ようと腕を回して引き寄せたはずの体だったのに、密着した雲雀から伝わる体温や汗が混ざる雲雀の匂いに心音は上がる一方だ。
いつも涼しい顔をしたあの雲雀が、欲情の色を隠しもせず見つめ、額に汗を滲ませ獣のように自分を求めてくる。その様に興奮を覚えない訳がないだろう。
雲雀が獄寺の口の端から伝う唾液を舐めとり、そのまま快楽から零れた涙も舌で掬う。
心臓が、頭の中が、腹の奥が、ぞくぞくして止まらない。落ちるどころかどんどん昇っていく快楽。その先にある、さっきよりも遥かに大きな絶頂が見え始めていた。
「あ、あ、ぁ、」
雲雀の熱く大きな欲が、全て性感帯となってしまった獄寺の中を全て容赦無く擦り上げ奥を穿つ。目の前がちかちかし、もう何を見ているのか自分でもわからない。
空気を吸う事も出来ず、開きっ放しの口からは息と嬌声が吐き出されるのみ。抱えられた足が空を蹴り、子宮が心臓の激しい拍動と同じ速さで収縮を繰り返す。
もう来る。来てしまう。あの瞬間が。
「隼人…っ」
雲雀が耳に唇を直接付け、荒い吐息と共に名前を呼ぶ。
そして奥を一際強く貫くと同時に獄寺の小さな耳に犬歯を食い込ませた。
「好き、愛してる」
「…─────っっ…!!!」
熱い吐息を多分に含んだ低い声。
瞬間、呼吸が止まった。
ぎりぎりで堰き止められていた快感が濁流のように一気に全てを呑み込む。
頭の中も目の前も真っ白になり、爪先までぴんと伸びた脚が痙攣する。
押し付けられたままの獄寺の腰は雲雀とシーツの間で激しく跳ね、膣内は今までの比じゃない程雲雀を締め上げうねる。
それとほぼ同時に雲雀のものが更に大きくなり、中を圧迫しながらびくびくと震えるのを感じた。
雲雀の息を詰める気配と、ゴム越しでも感じる注がれる熱。
ああ、雲雀もイったのかと腕の中、遠のく意識の片隅で獄寺はそう思った。
…あったかい…。
後ろから体を包む温かさに心地良さを感じながら重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。
視界に入るのはいつもの見慣れた自分の部屋。
窓から射し込む高くなり始めた陽の光に、カーテン閉め忘れたのかとぼんやり考える。
…今何時だろ…。
寝起きで働かない頭の中、いつも携帯を置いているサイドテーブルに向って腕だけを伸ばす。
その時、伸ばした自分の腕を見て寝ぼけていた獄寺の頭は一気に覚醒した。
伸ばした腕に陽の光が当たり、眩しいくらいに白く目に映る。
着慣れた寝る時に着ている服も何も纏っていない自身の白い腕。肌に直接擦れる布団やシーツの感触。
それが何を示しているか何て馬鹿でもわかる。
「っ…!」
甦る昨日の記憶。思い出したくもないのに勝手に思い出されていく昨夜の自身の痴態に体が一気に熱くなる。
恥ずかしい。
記憶が所々飛んでいて明確には覚えていないが、とんでもない姿を晒した事は間違いないだろう。
もしかしたら記憶が無いところで聞くに堪えないような事を口にした可能性も有る。穴が有ったら入りたいとは正にこの事だ。
恥ずかしさのあまり裸である筈なのに体が火照り、熱い。それに何だか背中も熱い。
そこまで考えたところで背中にあるその熱源が何なのか、その正体に気付き思考が止まった。
何故起きてすぐに気付かなかったのか。背中どころか、腰にも回されている逞しくしなやかな温もりが何なのかなんて、そんな。
「起きたの」
「ひっ!?」
突然後ろから聞こえた低い声に体が跳ねる。そんな獄寺を後ろの男は「色気の無い声だね」と言いながらも腰に回していた腕で引き寄せる。
もしかしてこの男は一晩中俺を抱き締めたまま寝ていたのだろうか。
昨夜の雲雀との行為の記憶も相まり、体がまた熱くなっていく。
それを雲雀も気付いたのだろう。背後から笑う気配がして、「可愛い」と囁いた後、項に湿った柔らかな物が当たる感触とちくりとした小さな痛みが走った。
昨日も何度か感じたその痛みに、自分の体に一体幾つの痕が付けられているのだろうと獄寺は少しぞっとする。
「体は大丈夫?」
「う、あ、うん…大丈夫…」
実際起き上がって体を動かしたらどこか異常を感じるのかもしれないが、起きてから腕しか動かしていない今の状況ではいまいちよくわからない。
けれど特に痛いところは無いので大丈夫だろう。…腰の辺りが若干怠い気もするが。
「そう。良かった」
腰に回した腕に力が込められ、また強く抱き寄せられる。一層密着する肌。背中から伝わる雲雀の心音と首や肩にいくつも落とされる唇の感触に体がぶるりと震え、縮こまる。
顔が見えない体勢で良かった。
後ろで上機嫌に幸せそうな空気を漂わす雲雀。その姿を至近距離で見ようものなら恥ずかしさと気まずさから居た堪れなくなっていた事だろう。
…俺、雲雀としたのか。
記憶は飛び飛びだし、所々曖昧ではあるが確かに昨夜の事は覚えている。けれどどこか夢だったのではと思っていたものが雲雀の甘い空気でやっぱり現実だったのかと実感していく。
誕生日プレゼントに、と求められたもの。死ぬ程恥ずかしい行為だったが、自分も気持ち良かったし、幸せを感じたのは事実だ。絶対に口に出しては言えないが。
それに雲雀がこうして求めてくれなかったらいつ出来たのかわからない。そう考えると雲雀の誕生日だったというのに、自分の方が与えられてばかりな気がしてくる。
そもそも雲雀がプレゼントとしてそれを望んだとはいえ、ちゃんとした物が無いというのはやっぱりどうなのか。
「…雲雀」
「何?」
腰に回された、筋肉のついた腕にそっと触れる。雲雀が首筋に顔を埋めて答える。雲雀の黒い髪が首や頬に当たり、擽ったい。
「…あのさ、もう誕生日終わっちまったけど、俺やっぱりお前に何かあげたくて…」
「もう十分貰ったよ」
「そ、そうじゃなくて!だから、ちゃんとした物をあげてえの!」
「ふうん」
雲雀がまた笑う。それに対し、俺はまた恥ずかしくなって雲雀の腕に軽く爪を立てた。
「でも君、プレゼントは用意してないって言ってなかった?」
「…だから、今日一緒に買いに行けたらなって…」
雲雀は残りの連休、全てくれと言っていた。見回りも草壁に任せてあると言っていたから連休中はずっと一緒にいるつもりなんだろう。
なら一緒に出掛ける事も可能な筈だ。只、最大の問題は群れ嫌いなこいつが連休中の街なんていう人がごった返しているであろう中に行ってくれるかなのだが。
断られるかもなと不安を覚えたが、雲雀の返答は意外なものだった。
「良いよ。じゃあ一緒に行こうか」
「…お、おう」
あまりにもあっさりと了承され、自分から言った事とはいえ一瞬戸惑う。
ゴールデンウィークだぞ?わかってるのか?絶対どこもかしこも激混みだぞ。人混みにお前、耐えられるのか?
そう思うが、折角聞き入れてもらえたのだ。ここでそんな事を言ってじゃあ止めようなんて言われたら嫌だし、でも実際に行って気分を害した雲雀が暴れる事になるのも嫌だ。
どうするかと悩みだすが、それはすぐに後ろから聞こえてきた雲雀の声によって停止した。
「でもそれは明日にしよう」
「へ?」
明日?
確かに連休は明日までなので今日じゃなくても良いと言えば良いのだが、何故明日なのか。
疑問に思い、首だけを後ろへと向ける。目が覚めてから初めて雲雀と目が合う。
その時、獄寺は後ろを向かなければ良かったと後悔した。
至近距離で見つめてくる黒い瞳の奥に昨夜見たものと同じ炎が燻ぶっているのを見てしまったから。
「今日はまだ、君が欲しい」
腰に回されていた腕がゆるりと上へと移動し胸元へと這わされる。
尻に当たる熱い欲の塊に、子宮が昨夜の快楽を思い出して勝手に収縮する。
きゅう、と縮こまる腹の奥。とろりと濡れだす下の感覚に思わず熱い吐息を漏らせば雲雀が胸に触れる手とは反対の手で顎を固定し、唇を覆った。
絡められる舌、密着する熱い体、ゆっくりと胸に沈んでいく雲雀の指。
日差しが射し込む明るい部屋が一瞬で淫靡な空間へと変わったのを感じながら、本当に明日出掛ける事が出来るのだろうかと獄寺は目を閉じた。