雲雀家の車から夜の住宅街を眺める。よく見慣れた景色の筈なのに心拍数は落ち着くどころか学校が近付くにつれ高まっていき思わず掌を握り込んだ。

 クリスマスパーティーの日はあっという間に来た。せめてこれくらいは、と用意したバッグの中にこっそりと雲雀へのプレゼントを忍ばせやって来た雲雀家。
 そこで俺は雲雀のお母さんによっててきぱきと着付けられた。髪は耳を出すようにサイドを上げ、花のモチーフの髪飾りで留められ、化粧は薄く。今までまともに化粧なんかした事がなかったから終始顔がむずむずした。
 そんな俺を雲雀のお母さんはずっとにこにこと楽しそうに着付けていった。最後に俺が持ってきた、姉貴から受け取ったネックレスとイヤリングを手渡せばとても大切そうに着けてくれて。
 「とても似合ってるわ」と微笑むその慈愛に満ちた瞳に遠い日の母さんを思い出して目の奥が少し熱くなった。
 雲雀は俺が雲雀家に来る前にもう既に学校に行っていたらしく、雲雀のお母さんとお父さんは後で例の親族と一緒に来るとの事で俺は一人雲雀家の使用人が運転する車に揺られ学校へと向かっていた。
 広大な敷地の学校と云えど車のまま入る事は出来ない。到着した校門前で停められた車から降り、まずは雲雀と合流しなくてはとバッグから携帯を取り出そうとするがその前に気付いた。腕を組みながら目を閉じ、門柱に寄り掛かる雲雀に。
 黒いタキシードを身に纏い、いつもと違い前髪を軽く上げているその姿に思わず瞠目し、見惚れてしまう。
 正直雲雀は格好良い。直接本人に言った事は無いが所謂美形と云われる整った顔立ちに今まで何度どきりとした事か。
 決して顔が好みだから好きになったわけではないのだが、雲雀に惹かれる様々な要素の一つとしてその容姿がある事は否定できない。そんな男の今まで見た事の無い姿を見ているのだ、これでときめくなというのは無理だろう。
 これが惚れ直すというやつか、と動けず見ているとその視線に気付いたのか、雲雀が切れ長の目をゆっくりと開け、顔を上げた。そして俺の姿を見るなりわかりやすく目を瞠る。

「隼人」

 未だ呼ばれ慣れない響きにどきりとする。雲雀が紡ぐその響きはあまりに甘くて、心臓に悪い。

「あまりに綺麗で驚いた」

 そう言い、目の前までやって来た雲雀に自分も実はお前の格好良さに見惚れていましたなんてバレたくなくて、「並盛一綺麗になったろ」と軽口をたたいて平静を装う。
 そんな俺に雲雀が何を言っているんだと言わんばかりに呆れ顔で見てくる。

「並盛一どころか君はこの世で一番綺麗だけど」

 着飾らなくても元から綺麗だけどね。

 その言葉に一気に顔が熱くなるのを感じる。
 なんでこいつはこういう言葉をさらっと言ってしまうのか。しかもそれがお世辞だとかそういうのではなく、本心から言っているというのがわかるものだから尚更心臓に悪い。
 こいつと付き合っていたら心臓が激しく鳴り過ぎて早死にしてしまいそうだ。
 俺がそんな事を考えているなんて知らない雲雀は自分の発言がどれだけの破壊力を持っているかも知らずポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。
 そしてそろそろ会場に移動しよう、と学校の敷地内へ足を向けた。

「ドレスもだけどそのネックレスもよく似合っている」

 会場への暗い道を歩きながら雲雀が横目で俺の首元で輝くネックレスを見て微笑む。
 雲雀はこのネックレスが何なのかを知っている。話をした時に「そう」と短く一言だけ口にした雲雀の柔らかい瞳に泣きそうになった事をこいつはきっと知らないだろう。
 こいつの何気ない優しさや強さに勇気づけられる事は多い。それは今も。

「…アネキ曰く、このネックレスは愛を証明する場に相応しいらしいぜ」

 ネックレスを受け取った時に言われたアネキの言葉をにやりと笑いながら言う。すると雲雀が目を細め笑った。

「愛を証明する場か。成程ね」

 そう言うなり浮かべていた笑みが鋭く、それでいて愉悦が混ざったものに変わっていくのがわかった。
 まるで戦いに挑む前に浮かべる笑みのように、楽しそうに。

「じゃあこれから愛を証明する戦いが始まる訳だ」

 実際にやり合うわけではないのにどうやらこいつの中で火が点ってしまったらしい。
 これだから戦闘狂は。
 そう思いつつも俺も楽しくなっているのだから、結局は同類なのかもしれない。

「んじゃ戦場に行くとしますか。負け戦は嫌だぜ?」
「君、誰に言ってるの?」
「並盛最強の風紀委員長、雲雀恭弥、だろ?」
「ならわかってるでしょ。僕が負ける筈が無い」
「…お前となら負ける気がしねえな」

 前方を見据えたまま雲雀側の掌を握りしめ、上げる。そうすればすぐに雲雀も同じように拳を上げ、俺の拳にぶつけた。
 俺の拳と雲雀の拳の甲がこつりとぶつかる。

 これはもう勝ち戦だ。

 不敵な笑みを浮かべ、俺と雲雀は学校の敷地内で唯一煌々と明かりが点る戦場へと足を進めた。










 着いた大ホールは既にドレスやタキシードを身に纏った生徒で溢れ、頭上には巨大なシャンデリアがいくつも輝く。その光景は城を彷彿とさせた。
 …これだからパーティーの類は嫌なのだ。
 正直パーティーに良い思い出なんて無い。思わず眉間に皺を寄せてしまいそうになるが隣にいる男の方が恐らく酷いだろう。何せ自他共に認める筋金入りの群れ嫌いだ。
 ちらりと伺った横顔は案の定不機嫌剥き出しで思わず笑う。

「…何」
「いーや?」

 にやにやと笑う俺に思ってる事がわかったのだろう。一度息を吐き出し目を閉じる。そして次に目を開けた時には眉間の皺は無くなっていた。

「…誘ったのは僕だからね」

 誘った張本人が不機嫌になるのは違うと思ったらしい。俺の腕を取り、群れの中へと自ら向かう。
 その瞬間、喧騒に塗れていた会場は一気に静まり返った。会場中の視線がこちらに向けられ、徐々にざわつき出す。最初雲雀がこういった場に姿を現す事に驚き周囲がそういった反応をしているのかと思ったがどうやらそれだけではないらしい。
 頬を赤らめ、うっとりとした瞳で熱い視線を送る女子生徒達を見ればそんなの一目瞭然だ。

「本当お前もてるよな…」

 嫉妬するとかそんなものではなく、これはもはや感心するレベルだ。そもそも雲雀が自分以外の女に驚く程関心が無い上に、こんな男についていける女はそうそういないと思っているので嫉妬自体あまりしていないのだが。
 ハイヒールを履いている事によりいつもより幾分か近い整った顔が俺を見て呆れ顔で溜息を吐く。その意味がわからず小首を傾げた。

「…君はそろそろ自覚するという事を覚えた方が良い」
「は?」
「草食動物共の視線は僕だけに向けられているわけじゃないという事だよ」

 そう言うなり俺の腰に腕を回し、グラスの置かれた会場の隅へと移動していく。周囲のざわつく声が一層大きくなった気がした。

「パーティーの間は僕から離れるな。話しかけられても全て無視しろ。良いね?」
「お、おう」

 元より楽しむつもりで来たわけではないので、一人歩き回るつもりも誰かと談笑するつもりも無い。戸惑いつつも頷いて見せれば雲雀は満足そうに微笑み、紫色の飲み物が注がれたグラスを二つ取って一つを俺へと渡した。
 高校のクリスマスパーティーだ、アルコールなんて出すわけがないので恐らく葡萄ジュースあたりだろう。

「もう暫くしたら招待客の来場時間になる。そこからダンスも始まるから」
「一曲目から踊るのか?」

 この学校のクリスマスパーティーは見た事が無いのでわからないが一般的な舞踏会等では何曲も音楽が流れどの曲で踊るかはその人の自由だ。
 このパーティーでもまさか一曲のみで音楽が終わる事はないだろうと思いそう訊ねれば、そうだね、と頷きと共に返される。

「来場時間に間に合うように連れてくると言っていたから、すぐに踊ろう。出来れば長居したくない」

 確かに、と俺も頷く。
 さっきも言ったが楽しむつもりで来たわけではないのだ。俺達の交際を快く思っていない雲雀の親族達を認めさせるという目的さえ達成出来ればもうこの場に用はない。
 パーティーは参加も自由ならば帰りも自由だ。目的を達成次第お暇させて頂こう。
 近くのテーブルには立食用の様々な軽食が並ぶ。踊る前に少し食べた方が良いだろうかとも思ったがどうにも食べる気が起きず、雲雀が渡したグラスに口を付ける。そのまま傾ければ濃厚な葡萄の甘みと僅かな酸味が喉を潤していった。

 そろそろだ。
 雲雀がそう口にしたとほぼ同時に鐘の音が鳴り響く。そしてぞろぞろとホールに入場してくる正装姿の大人達。
 その中に一際目立つ集団を見付け、雲雀の表情が険しくなった。雲雀の両親と共に現れた白髪に白髭を蓄えた紋付袴姿の老人。とても一般人とは思えない威厳に加え和装姿はあまりに目を引く。もう説明など無くたってわかる。

「…あの紋付袴を着ているのが祖父。その後ろにぞろぞろいるのが親類御一同だ」
「…だろうな」

 すぐわかりましたとも。鋭い眼光にパーティーという場にいるとは思えない威圧感。これは思っていた以上に手強そうだと息を漏らす。
 本当に踊っている姿を見せるだけで納得するのか疑問だが、緊張は無い。それはこの男が隣にいるからだろうかと飲みかけのグラスをテーブルに置けば同じようにグラスを置いた雲雀と目が合った。
 黒い瞳が細められ、唇が弧を描く。そして恭しく腰を折り俺に右手を差し出した。

「僕と踊っていただけますか?」
「…喜んで」

 つくづく絵になる男だ。胸が高鳴るのを悟られぬよう差し出された右手に左手を重ねる。
 そうすればそのまま軽く手を引かれホールの中心へと連れて行かれた。周囲のざわつく声と集まる視線。それは学祭の夜を思い出させた。あの雲雀と思いを通わせたワルツを。

「祖父の事とか考えなくて良い。君は僕だけを見ていれば良いから」
「んなの最初からお前しか見てねえよ」

 雲雀以外の一体誰を見ると言うのだ。そう思い言った言葉に雲雀は何故か目を大きくさせ瞬いた。

「ヒバリ?」
「…君は本当に…」
「…?」
「…いや、今はダンスに集中しよう。ダンスが終わった後に、」

 ダンスが終わった後に、何だというのだろうか。気になり問い質そうとしたが音楽が流れ始めたのが聞こえ、慌てて左手を雲雀の肩へと置く。
 今は雲雀の言う通りダンスに集中した方が良い。失敗してみっともない姿を晒すわけにはいかないのだから。
 痛いぐらいに突き刺さる大勢の視線。この中に雲雀の祖父の視線もあるのかと思うと自然と背筋が伸び、胸の内の炎が燃え上がる。

 雲雀は俺の事を綺麗だと言うが、正直自分ではよくわからない。
 けれど、雲雀がそう言ってくれるのならば俺はここにいる誰よりも綺麗に踊って見せよう。
 他ならぬ彼の為に。

 雲雀が足を踏み出す。ブルースだ。
 音楽と雲雀のリードに合わせて身を委ねるように踊る。
 手を強く握り、呼吸を合わせ、視線を絡め、流れるようにホールを舞う。
 雲雀の瞳は何故こんなにも熱いのだろう。一見冷たく感じられるがその黒い瞳は何よりも熱く俺の胸を焦がす。
 その瞳に少しでも綺麗に映っていれば良いと見つめ返せば愛おしいと目が細められる。
 ダンスもパーティーも好きじゃない。けれど雲雀となら。

 時間にして三分弱。流れていた音楽が終わった。

 静寂に包まれる会場で視線は未だに俺達に注がれている。果たして俺は認めてもらえる程の姿を披露できたのだろうか。
 ダンスが終わった今更になって恐怖が押し寄せ、この会場内のどこかで見ているであろうその姿を視界に入れたくなくて周りを見る事が出来ない。
 全くさっきまでの威勢は何処へ行ってしまったというのか。例え雲雀の祖父や親族に認められなくとも俺が雲雀を好きな事も、雲雀が俺を好きでいてくれている事も変わらない。
 けれどやっぱり「お前は雲雀恭弥の恋人として相応しくない」と言われるのは悲しいと思った。
 情けないと思いつつ小さく息を吐き出し、雲雀のタキシードを握り締める。すると雲雀の顔が近付き、頭上のシャンデリアの光を遮って俺の顔に影を作った。

「ヒバリ…?」

 雲雀の吐息がかかる。唇が、触れた。

「愛してる」

 合わせられた唇が離れたと同時に低い声が静寂に響く。その瞬間会場が悲鳴とも歓声ともつかぬ声に包まれた。
 大観衆の前でのキスに愛の言葉。
 あまりの出来事と真っ直ぐ見つめてくる黒瑪瑙の熱さに羞恥さえも吹き飛んでいった。
 未だ吐息のかかる距離で呆然と目の前の端整な顔を見つめながら、踊る前に雲雀が言っていた言葉を思い出す。

 …ダンスが終わった後に、というのはこの事だったのか。

 そうだ。こいつは抱き締めたくなったら抱き締め、好きだと言いたくなったら好きだと言い、そしてキスしたくなったらキスするような男だった。すっかり失念していた。
 何が切欠だったのかは知らないが恐らく踊る直前にキスをしたくなったのだろう。それをダンス中我慢し、終わった途端欲求のままキスした、と。
 成程、わかりやすい。いっそ清々しいくらいだ。
 けれど。

「…馬鹿じゃねえの…」

 ああもう、顔が熱い。デコルテも背中も大きく開いたこのドレスじゃきっと何処から見ても赤くなっている事が丸わかりだろう。
 周囲が沸いているのがわかる。けどもう周りの事なんてどうだっていい。自分でも気付かぬ内に腹を括っていたのかもしれない。
 少しも逸れる事無く見つめ続ける瞳を見つめ返す。黒い瞳に俺の顔が映っているのが見えた。

「そんなん、とっくに知ってる…!」

 お前がどれだけ俺を好きでいてくれてるかなんて、それこそ毎日のように瞳で、行動で、雲雀の全てで伝えられて、いつかあまりの熱さに心臓が止まって溶けてしまうんじゃないかと本気で思ってしまうくらいに知っている。
 体が熱い。心臓が激しく動き過ぎて苦しい。何だか目の奥も熱いし、どうにかしてほしい。
 そんな八つ当たりのような気持ちで若干潤み始めた視界の中睨み上げれば雲雀は何かを堪えるように眉根を寄せ。そして俺を強く抱き締めた。

「わぷっ!?」
「可愛い」

 いつも思うが細い体のくせしてこいつのこの常人離れした力はどこから出てくるのだろうか。締め殺すつもりかというくらい強く抱き締められ苦しさと潰れる胸の痛みに雲雀の体を慌てて叩く。
 そうすれば幾分か力は緩んだが腕は相変わらず俺を抱きしめ続ける。
 なんだ、今度は抱きしめたくなったとでも言うつもりか。

「…どうしよう」
「んあ?」
「君が可愛すぎて離したくない」

 至って真剣な顔でそんな事を言うものだから思わず呆れてしまう。
 何を今更。

「…いつだって自分の好きにすんのがお前だろ」

 抱き締めたくなったら抱き締めて、好きだと言いたくなったら好きだと言い、キスしたくなったらキスをする。それがお前だろ?

「じゃあ離さなきゃ良いじゃねえか」

 俺はもう、それを全て許しているのだから。

 そう言えば黒い瞳が見る見る大きくなった。驚きの表情で俺を見つめ、そしてそれが徐々に蕩けるような笑みへと変わっていく。
 そんな表情はずるいと思う。そんな、愛おしくて仕様が無いという顔をされたらときめいてしまうに決まっている。

「…そうだね」

 とろりと溶けた瞳で見つめながら甘い声を紡ぐ。苦しくなる。熱い吐息が漏れた。

「やっぱり、僕には君しかいない」

 こんな僕に付いて来れるのは。隣に立って共に歩めるのは。
 世界中で唯一人、君だけだ。





「ハヤト…!」
「…アネキ…」

 ホールの中央で雲雀の腕の中、瞳に捉われていた俺の名前を呼ぶ声に、どこか夢見心地だった感覚は消え去り現実に引き戻される。
 クリムゾンのドレスを身に纏った姉貴が涙を流しながら俺へと駆け寄ってくる。その顔にゴーグルは無い。
 晒されている素顔に体は勝手に竦み、血の気は引いていくが、意識はしっかりとしていた。

 ほら、やっぱり俺は大丈夫だった。

「ハヤト…とても綺麗だったわ…私の可愛いハヤト…」

 顔を覆いながら涙をぼろぼろと流す姉貴にどうしたものかと困惑してしまう。取り敢えず宥めようかと動かした体を雲雀の腕が止める。
 肩を抱き、引き寄せる雲雀をどうしたのかと見上げれば、そこにはさっきまでの甘い笑みは何処へいったのかというような不機嫌顔があった。

「ちょっと聞き捨てならないんだけど。隼人は僕のだよ」
「それこそ聞き捨てならないわ、小鳥の癖に」

 おい、姉貴もさっきの涙は何処にいったんだ。
 睨み合う二人の間に見えない筈の火花が散っているように見える。
 これは俺が止めるべきなのだろうか。二人の変わりように困惑しつつそう考えていると、ふと姉貴の空気が和らいだ。
 変わらず目は雲雀を睨んでいるが剣呑さがさっきよりも無い。

「…聞き捨てはならないけれど、ハヤトへの貴方の愛は認めてあげるわ」

 渋々といった様子で溜息混じりに言った言葉に、雲雀も当然でしょと云わんばかりに鼻を鳴らす。
 …もしかしてこの二人、似た者同士なのではないだろうか。
 怖くてとても言えないが。

 その時だった。


「恭弥」


 男の嗄れた、けれど凛とした声が空気を変えた。一気に張り詰めた空気がぴりぴりと肌を突き刺す。
 雲雀の纏う空気も張り詰めたものへと変わり、その変化に声の主を見なくともそれが誰なのかわかってしまう。

「彼女がお前の交際している女性か」

 温度の感じない声だ。
 雲雀と共に振り向けばそこにはやはり紋付袴姿の老人が立っていた。後ろに何人もの人間を従えて。

「そうです」

 いつもより遥かに硬質な声で雲雀が答える。その表情は無表情にも睨んでいるようにも見えた。
 雲雀の祖父の目が俺の頭の先から爪先まで見る。
 知っている、これは人を値踏みする時の目だ。昔、嫌という程に向けられた目だ。
 その目に負けてはいけない。
 決して目を逸らしてはいけない。手を、足を、唇を震わしてはいけない。これは戦いだ。
 冷たい目が俺の目を射抜くように見る。その眼光に気付かれぬように奥歯を噛み締めて自分を奮い立たせた。

「君は、恭弥に相応しい女性か?」

 その言葉は俺には「雲雀家に相応しい女性なのか」と聞こえた。
 近くでぎり、と歯が軋む音が聞こえ、俺の肩を抱く手に力がこもる。雲雀が怒っている。俺が侮辱されたと怒りに手を震わせている。
 きっと今雲雀の顔を見たら怒りに染まっているのだろう。
 雲雀だけじゃない。すぐ近くに立つ姉貴からも怒気が伝わってきて、何故だか気が楽になった。

 大丈夫だ。俺の為にこんなに怒ってくれる人がいる。緊張は無い。

 姉貴が愛を証明する場と言っていたのを思い出す。雲雀は愛を証明する戦いだと言っていた。
 なら、その通り俺は愛を証明してやろうじゃないか。このホールのど真ん中で、大勢の人がいる中で、声高らかに雲雀への愛を口にしてやろうじゃないか。

「…相応しいとか相応しくないとか、そういうのはわかりませんが、」

 背筋を伸ばし、少しも逸らす事無く真正面から目を見る。声は震える事無く響く。

「何十年後だろうが、例え違う世界に行こうが、生まれ変わろうが、私は彼の傍にいると言い切れる」

 所詮子供の恋愛と思っているのならば舐めないでもらいたい。

「誰よりも彼を愛してますから」

 俺がどれだけ雲雀の事を想い続けていたか。今もどれだけ焦がれているか。見せれるものならば見せてやりたい。
 何を言われようが決して引く事は無いと啖呵にも近い言葉を口にし、目に意思を込めて笑って見せれば、視線の先の瞳が僅かに伏せられたのが見えた。

「…そうか」

 ただ一言。それだけだった。
 それだけ言うと踵を返す。静まり返る会場に草履の音が響く。羽織の後ろに描かれた雲雀家の家紋が小さくなっていく。
 ここに来た時のように親族を引き連れ彼は会場を出て行った。そして完全に姿が見えなくなった途端、静寂に包まれていた会場がどっと沸いた。

 これで良かったのだろうか。

 周りの反応とは対照的にあっさりと引いた彼らに何も実感がわかず呆然としてしまう。
 けれど歓声に包まれる中、雲雀を見上げれば嬉しそうに笑っていたのできっとこれで良かったのだろう。

 その後は全て見ていたらしい十代目や黒川達に声を掛けられ、揶揄われたりして今更ながら尋常ではない恥ずかしさに見舞わられたり、雲雀のお母さんに「頑張ったわね!」と抱き締められたり。
 そんな中、優しく微笑む姉貴が言った「ね、愛は偉大でしょう?」という言葉に、俺は雲雀の隣で確かに、と笑った。










 沸く会場をもう用は無いと言わんばかりに足早に出た俺達はその後雲雀の両親と共にディナーとなった。
 何でもクリスマスディナーと「祖父をぎゃふんと言わせたお祝いパーティー」と兼ねたものらしく、高級レストランで美味しい食事を頂いたのだが上機嫌な両親とは正反対に雲雀の機嫌は終始悪く。
 雲雀家に戻って私服に着替え、雲雀が俺の家へと送ってくれる道中もその顔はむっすりとしていた。

「何が悲しくてクリスマスに両親も含めて食事しなきゃいけないの」

 君と二人きりで過ごしたかった、と言う雲雀に思わず苦笑する。
 今回の作戦は雲雀の両親の協力があったからこそ成功したわけだし、俺達の事をとても心配していたのも知っている。
 だからディナーくらい良いだろうと思うのだが、俺も雲雀と二人でディナーがしたくなかったわけではないので強く言う事は出来ない。

「…でも、まあ」

 人気が無い夜道。雲雀が俺の手を握り、笑う。

「今日は君からの愛の言葉が聞けたから良かったかな」
「…っ…!あれはっ、その…!」
「僕も誰よりも君を愛してるよ」

 冬の夜道だ、寒い筈なのに雲雀の所為で熱くて仕様が無い。
 自分ばかりが恥ずかしいのが癪で強く手を握り返せば笑う気配と共にまた強く握られて。
 結局恥ずかしくなって首に巻いたマフラーを引き上げて赤くなっているであろう頬を隠した。

 二人きりで歩く夜道はあっという間だ。
 気付けば自宅のマンション前で、握っていた手は解け雲雀と向き合う。

「今日は有難う」
「こちらこそ」

 びっくりするほどの怒涛の一日だった。これだけ濃い一日は一生忘れる事は無いだろう。
 けれどまだクリスマスは終わっていない。大切な事がまだ残っている。

「ヒバリ、これ」

 クリスマスと言えばやっぱりプレゼントだろう。受け取ってもらわないと終われない。
 バッグから取り出した箱を渡せば雲雀は少し驚いた顔をした後に微笑み、受け取った。

「気に入るかわかんねえけど…」
「君から貰うものなら何でも嬉しいよ。開けても良い?」
「…おう」

 目の前でプレゼントを開けられるというのは何とも落ち着かない。
 雲雀の手の中で開けられた箱。その中に入っているのはシルバーのプレートペンダントだ。これなら制服の下につけていれば学校でも大丈夫だろうと選んだペンダント。
 ハイブランドとまではいかないが、それなりのブランドの物を選んだつもりだ。それを雲雀は嬉しそうに目を細め見つめる。

「良いね。有難う」
「…気に入ったか?」
「うん。とても」

 安堵からほっと息を吐く。
 その様子からお世辞ではなさそうだ。まあそもそもお世辞なんて言うような奴ではないのだが。

「ねえ、君はペンダントを相手に贈る意味を知ってこれにしたの?」
「へ…?」
「まあ、知らないよね」

 贈る意味?つけてほしいって思って贈る以外に意味なんてあるのか?
 よくわからず首を傾げる俺に雲雀は笑いながら大切そうにペンダントの箱を鞄にしまい、そして何か違う箱を取り出した。それを俺へと差し出す。

「僕からもクリスマスプレゼント。まさか同じになるとは思わなかったけど」
「え、じゃあ」
「君のお母さんのネックレスに比べたら流石に劣るけど。気に入ってくれたら嬉しい」

 手渡された淡いピンクの箱を開ける。そこには俺の事を考えてだろう、甘すぎないデザインのハートのペンダントが入っていた。
 銀色のハートのモチーフの中には何か石がはまっているのも見える。

「綺麗…これ、アメジスト…か?」

 マンションのエントランスから漏れる明かりだけでは暗くてはっきりと色はわからないが紫色のように見える。そう言えば雲雀は微笑みながらこくりと頷いた。

「そう。アメジストだよ」
「お前の色だな」

 紫色に燃え上がる、お前の色だ。
 俺の好きな、お前の誇りの色。

「部屋に戻ったら明るい所で見て。そのアメジスト、普通のアメジストと違うから」
「え?」
「特別な物らしくてよく見ると奥が赤く光って見えるんだ。赤と紫、君と僕の石だ」

 俺と雲雀の石だなんて。
 こいつは一体何回俺の心臓を高鳴らせれば済むのか。折角落ち着いてきた体の熱がまた上がってしまいそうだ。
 暗い中でもきらりと輝くペンダントを込み上げる幸せの中見つめていると雲雀の腕が俺の首へと伸ばされる。
 何だと見上げれば笑みを浮かべたまま俺の首に巻かれたマフラーを解いていった。

「ペンダント、ハートのモチーフ、それにアメジスト」
「…?」
「全てに意味があるんだよ。今度調べてみると良い」

 そう言うなり今度は俺の手の中から箱ごとペンダントを取り、箱は鞄の中へと入れ、ペンダントだけを手に晒された首元へと腕を回した。
 首の後ろに雲雀の手が触れる。雲雀の色が俺の首元を彩った。

「よく似合ってる」

 暗闇でも鮮烈なまでに輝く、うっとりと熱を孕んだ黒い瞳。
 その瞳に見つめられる度に俺はどんどん雲雀を好きになっていく。

 人を想う感情に際限というものは無いのだろうか。

 時折自分の抱くその感情に胸が締め付けられて溺れそうになる。
 そんな今も自分自身持て余しているような感情を抑える事無く向けてしまったら雲雀は嫌にならないだろうか。
 この先もっと強く、深くなっていくだろう俺の想いに苦しく感じる日が来ないだろうか。

 …でも俺がそんな事を言ったところで雲雀はきっと迷惑がるどころか心から嬉しそうに笑うんだろう。
 そして「僕を誰だと思ってるの」と言うのだ。

 俺が好きになった雲雀恭弥という男はそういう男だ。
 誰よりも真っ直ぐで、誰よりも強く、そして誰よりも俺を愛している。

「…ヒバリ」

 くん、と雲雀の胸元を引っ張る。僅かに近付いた顔。
 踵を浮かせて背伸びをする。顔を上げ、目を閉じて近付いた唇に口付けた。

 初めての俺からのキスだった。

 俺の冷たい唇に雲雀の熱が伝わってくる。少しかさついてて柔らかくて熱くて。
 雲雀の胸元を引っ張り、爪先立ちでようやく届いたその唇は俺がバランスを崩してしまえばすぐに離れてしまうだろう。
 精一杯の背伸びは長くは続かない。爪先が震え、もう離れると思った瞬間、雲雀の右腕が強く腰へと回された。

「ん…っ」

 右腕で腰を抱き寄せられ爪先が軽く浮く。そして左手が後頭部へと回され固定されれば口付けはより深いものになった。
 覆い被さるように、何度も何度も角度を変えて口付ける。
 その息が止まるような熱さと多幸感に俺は雲雀の首へと腕を回した。

 ペンダント、ハートのモチーフ、それにアメジスト。
 雲雀がくれたそれらの意味を後で調べてみようか。
 けれど調べずとも何となくわかってしまう。
 きっとその意味は今雲雀の唇から伝わってくる想いと同じだろうから。

 愛しさのまま抱き締めて、焦がれる想いのまま口付け合う。
 二人きりの聖夜。長く続く口付けにそれでも終わってほしくないと二人はお互いの体を掻き抱いた。

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