並盛で一際大きく、古くからある雲雀家邸宅から夜、一台の黒塗りの車が出て行った。
 その直後、雲雀家から聞こえたのは物が破壊される大きな音と使用人達の雲雀家子息を制止する声。
 それは静かな並盛の夜に大きく響き渡った。









 放課後、特進科校舎三階の風紀委員室。
 そこで獄寺は雲雀から手渡された真新しいブレザーに袖を通していた。

「どう?」
「…釦も留まるし、苦しくない…うん、ばっちりだ!ヒバリ、ありがとな!」
「それは良かった」

 ブレザーの上から下まで全ての釦を留めて嬉しそうに笑う獄寺に雲雀も笑みを浮かべながらカップに口を付ける。
 そんな二人を微笑ましく見つめながら草壁が淹れたての珈琲を雲雀の向かい側にそっと置いた。
 イタリア人の獄寺に合わせて用意した深煎りの濃い目の珈琲。それを獄寺は雲雀の向かいに座り、草壁に礼を言ってから上機嫌で口を付けた。

「全く、サイズが合わないならもっと早くに言えば良かったのに」
「…胸がでかくて釦が留められないなんて恥ずかしくて男に言えるかよ…」

 事情を知られた今も恥ずかしく思っているのか可愛らしい口を尖らせて視線を逸らす獄寺に雲雀は恥ずかしがる意味がわからないと首を傾げる。
 そもそもの始まりは数日前に並盛を襲った大寒波だった。
 記録的な寒さに加え雪も降り、暖房が入っているとはいえ校内でも肌寒く感じた日。その日獄寺はワイシャツにVネックのカーディガンを着込み、ブレザーの前を留める事無く全開で寒そうにこの部屋で手を擦っていた。
 人よりも冷え性らしい彼女に温かい日本茶を出しながらそんなに寒いのならばブレザーの釦を留めたらどうかと雲雀が言えば、言い辛そうに俯いて。
 そして小声で告げた内容が「胸が大き過ぎて釦が留まらない」といったものだった。
 思えば中学の時もいつも獄寺はブレザーの釦を開けていた。それはてっきり只制服を着崩していただけかと思っていたがどうやら違っていたらしい。
 ワイシャツも冬でも袖を何折りかして捲っていたが、それは胸に合わせて大きいサイズを着ていたからなのだろう。彼女曰く、最初はブレザーの釦を留めようとしていたらしいのだが一度釦が弾け飛んだらしく、それ以来釦を留める事を諦めていたらしい。
 ワイシャツの釦ならまだしもブレザーの釦はかなりがっちりと縫い付けられている。それが吹き飛ぶくらいだったのだから余程苦しかったに違いない。
 他の女子よりも大きいとは思っていたがまさかそこまでとは思っていなかった。これからもっと寒くなっていくだろう中、寒がりの彼女をこのままにしておけない。風邪をひく姿が容易に目に浮かぶ。
 そう思い獄寺用にと特注で作ったブレザーだったのだが、こんなに喜んでもらえるなら今度はワイシャツもいくつか用意しとこうか等と考えながら半分程飲んだカップをソーサーに置いた。

「ヒバリ」
「ん?」

 名を呼ばれ、獄寺を見る。獄寺の翡翠の瞳は何か探るように真っ直ぐと向けられていて、何かあっただろうかと疑問に思いながらも同じように見つめ返す。

「お前、この為だけに呼んだわけじゃないんじゃねえの?何かあったんだろ?」
「…?何かって、何で?」
「だってお前、朝から不機嫌そうだったから」

 不機嫌?僕が?

 その言葉にあまりに身に覚えがなく驚く。不機嫌だった自覚は無い。朝はいつもと変わらず過ごしていたし、今に関しては獄寺との時間に気分が良いくらいだ。
 それは雲雀の感情の機微に敏い草壁も同じだったのだろう、獄寺の言葉に驚きの表情を見せていた。

「…不機嫌なつもりはなかったんだけど」
「んー、不機嫌っつーか、何だろ、怒ってるって感じ…?何か気に食わない事でもあったか?」
「…ああ、成程」

 あの事か、とようやく思い当たった節に笑う。
 確かに獄寺にはこの制服の件以外に話があって呼んだ。それは昨夜、あまりの怒りに衝動的な行動を取ってしまった出来事に起因しているのだが、その怒りが一日経った今も燻ぶっていたらしい。
 いや、当然だ。あれだけの事を言われた怒りを完全に消し去れる訳がない。けれど上手く抑え込めていたと思っていたそれに獄寺が真っ先に気付くとは。

「君、凄いね」
「…んだよ」
「嬉しいんだよ」

 本当に些細な、気付かないのが当然なぐらいの変化に他の誰でもない、君が気付いた事が。
 けれどあの思い出しただけで気分の悪くなる忌々しい話を彼女にしなくてはいけないのかと思うと気分が悪くなると同時に再び怒りが湧いてくる。
 その怒りを吐き出すように息を吐き、真剣な表情で獄寺を見つめた。

「…君にお願いがあるんだ」

 理由も聞かず協力してほしいところだが彼女の事だ、そうはいかないだろう。
 そもそもこっちの一方的な都合と問題で協力をお願いしといて理由を言わないというのはあまりにもおかしい。
 けれどそう思ってしまうぐらいには彼女にあの話を聞かせたくなかった。
 当の彼女は僕がお願いをするという事が余程珍しかったのだろう。目を僅かに大きくさせ、ソファーの上で居住まいを正して、おう、と頷いた。

「今月学校で催されるクリスマスパーティーについては知ってる?」
「そりゃあ学校中にあれだけポスター貼ってりゃな…」

 学祭のワルツもそうだったがこの高校は他の高校ではまず無いであろうイベントがいくつかある。その一つがこのクリスマスパーティーだ。
 高校の敷地内にある舞踏会でもするのかというくらい広い大ホール。そこで十二月二十五日に正にクリスマスパーティーという名の舞踏会が開催されるのだ。
 ドレスコード必須だが参加は任意で親族も参加可能。肝心のダンスも踊りたい人だけ踊れば良いというスタンスなので用意された食事目当てで参加する生徒も少なくない。軽食メインの立食形式だが。
 ともかくそんなイベントのポスターが学校の至る所に貼られているのを見て獄寺は「またこの学校は…」と呆れつつ自由参加という事もあり自分には関係ないと流していたのだが、まさかその話題がここで出るとは。
 先程の雲雀のお願いという言葉と相まって嫌な予感しかしない。いや、まさか、こんな群れの集合体とも云えるイベントにこいつが参加するなんて、そんな。

「そのパーティーに僕と一緒に参加してほしい」
「…理由を言え」

 嫌な予感が的中してしまった。本来ならば有無も言わず断るところだが、自分以上にこの手のイベントを雲雀が好まないのを知っている。今の雲雀の表情を見ても明らかだ。
 きっと参加せざるを得ない何か理由があるのだろう。雲雀がわざわざお願いをしてくるくらいだ、理由ぐらい聞かなくてはと先を促す。自然としかめっ面にはなってしまったが。

「学祭で君とワルツを踊っただろう?それが予想以上に学外にまで広まってね」
「…ああ、そうだな」

 確かにあれ以来商店街とか歩いているだけで「雲雀さんところの…」とひそひそ噂されるようになったのは確かだ。それだけこの学祭のワルツと雲雀家というものが並盛で有名だという事なんだろう。
 その噂は雲雀の両親の耳にもすぐ届き、雲雀が報告する前に両親の方から「交際している娘さんを連れてきなさい」と学祭の翌日には催促されたくらいらしい。
 それに従い雲雀家にお邪魔し、ご両親に挨拶した記憶はまだ新しい。そんな経験今まで勿論無かったし、尋常ない緊張と、この雲雀の両親ってどんな人なんだ?という僅かな好奇心の中訪れた家で盛大に歓迎され、その大歓迎っぷりに逆に雲雀の機嫌が急降下していったのは今思い出しても笑える。
 雲雀家は並盛に古くからある名家だと聞いていたから色々と圧力をかけられたり言われたりするのだろうかと思っていたのだが、雲雀の両親の温かさと優しさには本当に驚いた。

 そんな事を思い出していた獄寺の目の前で雲雀の表情は見る見る険しいものとなっていく。二人の関係が学外に広まった事と今回の事とどう関係があるというのだろうか。

「それが祖父や口煩い親類の耳にまで入ってしまった」
「…あー…」

 その口振りだけで察してしまった。
 実際に会った事は無いので雲雀の祖父や親類とやらがどんな人間なのかは知らない。だが、絵に描いたような名家の人間なのだろう。
 日本だけではない、イタリアにだって、世界中どこにだってそういう人間はいる。『家』というものが何よりも大切で、決められた家柄の人間としか交際は認めない。
古くから続く名家であればあるほどその傾向は顕著だ。

「何、どこぞの汚い血を混ぜるつもりかとか言われたか?それとも俺の生い立ちについて聞かれたか?」

 純血主義が根強く残るイタリアでも耳が腐るほど言われた言葉だ、今更言われたところで何の感情も浮かばないが雲雀はそうでは無かったらしい。
 苦虫を噛み潰したような顔に図星か、と思わず笑う。ふと脇を見れば同じように顔を顰めた草壁が立っていて、当の本人なんかよりも余程不愉快そうな姿に少し嬉しく思ってしまう。
 仲間に恵まれ、こうして雲雀とも近くにいれるようになり、雲雀の両親にも歓迎してもらえた。それだけで俺は充分だというのに。他の人間に何と言われようと少しも気にならないくらいに。

「昨夜いきなり家に押しかけてくるなり汚い口で不愉快極まりない言葉を吐くだけ吐いて帰っていった」
「…お前、殴り飛ばしたりしてねえよな?」
「してないよ。したら後々もっと面倒な事になるのはわかりきってるし。まあ、ムカついて多少家の物を壊したりはしたけど」

 雲雀の家で見た明らかに高そうな壺や絵皿や置物、一枚板の大きな机に絢爛な屏風。どの程度かはわからないがそれらを怒りに任せて破壊したというのか。
 どれだけの被害が出たのかと思うと自分の家ではないとはいえ冷や汗が出る。

「…で、それとクリスマスパーティーと何の関係が…」
「君は美しく聡明で気品もある」
「…は…?」

 今そんな話してたか?いきなりそんな事を言われても嬉しさとかよりも困惑が勝る。突然の発言に草壁も困惑顔だ。

「彼らをパーティーに呼ぶ。そこで君と僕が踊るところを見れば粗探しが好きな彼らも大人しくなるだろう」

 獄寺は美しい。その銀色に輝く髪も翡翠の瞳も勿論そうだが容貌も絵画に描かれた存在のように整い、立ち姿も全てが際立って美しい。彼女よりも美しい人間を見た事が無いと雲雀は思っている。
 勿論その精神も気高く強く美しいのだが、彼らはそれを理解しようともしないだろうし、興味も無いだろう。彼らは結局、『家』の価値を下げない人間が良いのだ。
 そういう点で獄寺は容姿に秀で、家柄の良さから気品も教養も備え持っている。この手のパーティーでのダンスや振る舞いは完璧に熟せるだろう。
 そんな彼女を見ればいくら口煩い彼らも完全にとは言い切れないが認めて黙らざるを得ないだろう。
 獄寺の事を何も知りもしないくせに咎めてくる彼らをこれ以上言いたい放題になんてさせたくない。
 獄寺以上の女性はいないし、獄寺以外と付き合う事はこの先絶対に無い。それをクリスマスパーティーという場を利用して彼らにわからせ、彼女を罵るその汚い口を閉じさせる。
 本来はそれを自分一人で出来れば良かったのだがこの手の人間は自分が絶対に正しいと思っている為、いくら口で言っても納得する事は無い。実際に見せつけるという形を取らないと駄目なのだ。その為に彼女に協力をお願いする事になってしまったのは不本意ではあるし、申し訳なくも思うのだが。

「でもさ、そんな事で納得するか…?」
「するよ。君以上の女性なんていないからね」
「いや、もう、あー…うん、わかった。わかったけど、別に俺、雲雀と両親が認めてくれただけで充分だから別にそこまでしなくても、」

 気恥ずかしさから熱くなる顔を隠すように片手で顔を隠しながらもう片方の手を雲雀に向けて翳し、止めさせる。草壁もいるこの空間でこれ以上の発言は居た堪れなさすぎて耐えられそうにない。現にもう既に恥ずかしくて草壁の方を見れないでいる。この男には羞恥というものが無いのだろうか。
 ともかくその羞恥という感情をどこかに置き去りにしてしまったらしい男は俺を口汚く貶され、罵られた事に腸が煮え繰り返っているいるらしい。その気持ちはまあ、わからなくもない。
 自分だって逆の立場で何も知らない人間に雲雀を好き勝手罵られればぶちぎれる自信がある。けれど自分は今言ったように雲雀と雲雀の両親が認めてくれたというだけで充分なのだ。そこまでして祖父や親類とやらに認めてもらう必要は無いように思う。
 何故雲雀は好まないパーティーに態々参加してまで彼らに認めさせようとしているのだろうか。
 その疑問に対して雲雀は再びカップを手に取り珈琲を飲みながら何ともなしに答えた。

「僕は君を嫁に貰うつもりでいる」
「うん…ん!?」
「陰で君の事を口悪く言う奴らのいるような家に君を嫁がせたくない。何の憂慮も無く君には家に来てほしいんだ」

 僕が正式に家督を継いでいれば多少力尽くで黙らせる事も出来るんだけどね。

 そう事も無げに言った雲雀に獄寺は言葉も出ないといった風に口を開け、顔を真っ赤にさせる。
 そんな獄寺の様子に雲雀は片眉を上げ、目を細めた。

「何、君は僕に婿に来てほしかったの?」
「いや、無い。それは絶対に無いから、問題無い、です…」
「そう」

 力無く項垂れる獄寺に雲雀が脚を組みながら満足気に珈琲を飲む。

 本当にどこまでも傍若無人で我が道を行く男だ。けれどそんな男にどうしようもなく惹かれ、好きで仕様が無いのだから本当にどうしようもない。思わず溜息も漏れてしまう。

「…お前さ、俺の事凄い好きだよな…」
「何を今更」

 ふん、と鼻を鳴らし、赤い顔のまま上目遣いで見上げてくる獄寺を見つめ返す。

「好きだなんて言葉では足りないくらい好きだよ。愛してる」

 腕を組み、見下すように言うその不遜な態度は凡そ愛の言葉を囁いているようには全く見えない。
 けれど見つめてくる切れ長の黒い瞳が何よりも雄弁に愛を伝えてきていて。
 その慈しむような瞳に遂に獄寺は耐えきれず革張りのソファーに突っ伏した。

「どうしたの突然」
「何でもないです…何でも無いからこれ以上何も言わないでくれ…パーティーにも参加するから…」
「そう。草壁、もう冷めてしまってるだろうから彼女に日本茶を。何杯も珈琲を飲んだら胃を痛めてしまうからね」
「へい。委員長の分もご用意致します。あと日本茶に合うお茶請けが丁度ありますのでそちらもお持ちします」
「うん、頼むよ」

 何も無かったかのように話をする二人に「俺がおかしいのか?」と疑問に思ってしまう。
 結局草壁が用意した温かい日本茶と老舗和菓子屋の饅頭でようやく気分も切り替え、顔を上げたのだが、饅頭を頬張る姿を見た雲雀が「やっぱり君って可愛いよね」と微笑みながら言うものだから再びソファーに突っ伏してしまった。











 クリスマスパーティーに参加するには色々と準備が必要である。
 ダンスに関しては何の問題も無い。パーティーダンスは不本意ながら幼い頃に叩き込まれ、練習などしなくても踊れるぐらいに体に染みついている。だからその点に関しては何の心配も無いのだが問題はドレスだ。
 当たり前だがパーティーに着ていくようなドレスなど持ち合わせていない。只参加するだけならば少しお洒落なワンピース程度で問題無いだろうが、ダンスを踊るとならば別だ。イブニングドレスでなくては格好がつかない。それが雲雀曰く粗探しが好きな口煩い人達に認めさせる為ならば尚更。
 しかもイブニングドレスであれば何でも良いわけではない。安物のドレスなんぞで行けば何か言われる事は間違いない。だからといって高級なドレスを買える程のお金は無い。実家や姉に頼るなんてしたくないし、さてどうしようかと考えていた時、雲雀に君は何も用意しなくて良いと言われた。
 こっちの勝手な都合でパーティーに参加する事になったのだから必要なものは全てこちらで用意する、との言葉に素直に「じゃあお願いします」とはすぐには言えなかった。
 勿論雲雀の言ってる事はわかる。けれど例え雲雀側の都合でこうなったとはいえ、それは俺の為なのだ。
 俺を守る為に、俺の事を考えての雲雀なりの決断だ。それがわかっているからこそ全て頼り切る事に躊躇してしまう。
 そんな俺の迷いも雲雀は見抜いていた。

「僕が君を侮辱された事が許せなかった。だからこれは全て僕の為だ。準備くらいさせて貰わないとこちらの気が済まないし、納得いかない」

 それに母も君のドレスのデザインを考える事を楽しみにしている。母と僕の為にも全て任せてほしい、なんて言われたらもう断るなんて事は出来なかった。
 わかった、と答えればその日の内に雲雀家に連れて行かれ、ドレスショップの店員に体中採寸されて気付けば机に並べられたカタログを見ながら雲雀のお母さんも交えデザインの話し合いにまでなっていた。
 正直言うとオーダーメイドになるであろう事はわかっていた。自分のこの胸の大きさでは既製品は難しいだろうと思っていたし、胸が大きいとドレスのデザインによっては色気が出過ぎたりともすれば下品に見えてしまう場合がある。そんなドレスでは指摘されかねない。
 だからといって可愛い系のドレスにすれば今度は子供っぽくなる。どんなデザインであれば御眼鏡にかなうのか、相手の事を知らない俺にはその兼ね合いが全くわからないので雲雀のお母さんの存在は心強かった。
 隼人ちゃんは美人さんだしスタイルも良くて肌も白いからどんなドレスも似合いそうで悩んじゃうわ、と傍目から見てもわかるほどに楽しそうにデザインは勿論、色や生地、果ては靴や髪飾りまであれやこれやと次々決められていった。
 雲雀のお母さん曰く、娘に色々な服を着せて可愛らしく着飾るのが夢だったそうなのだが子供は男が一人のみ。ずっとこうやって娘の服を選んでみたかったの、と笑顔で言われたら悪い気はしないどころか嬉しくて。当日のメイクも全部私に任せてね、との言葉に照れ臭く感じながらも頷いてしまった。
 そんなこんなで残るはアクセサリーのみとなったわけだが、ドレスのデザインによってはアクセサリーが必要無い場合もある。
 けれど雲雀のお母さんとショップ店員主導で数時間の話し合いによって決められたデザインは所謂ハートカップの大きくデコルテの開いたものだった。
 胸が大きい人はデコルテを見せた方が綺麗に見えるとかでそうなったのだが、そうなると首回りが寂しくなるので何かアクセサリーが必要になる。アクセサリーはまた後日決めましょう、とその日は解散となったがあのお母さんの事だ、アクセサリーまでも高級な宝石を使った物をオーダーメイドで注文しそうだ。
 詳しい値段はわからないがオーダーメイドのドレスだけでもかなりの金額になってる筈だ。その上アクセサリーもとなると気が引けるどころではない。恐ろしくて仕様が無い。
 せめてアクセサリーぐらいは自分でどうにか、と考えるが自分が持っている物はごつごつとしたシルバーのみ。とてもじゃないがパーティーにつけていけるような物ではない。だからといって新しく買おうにも高校生が買える程度のアクセサリーではドレスに負けて確実に浮いてしまうだろう。
 どうしたものかとここ数日その事ばかり考えている。今日も今日とて学校の帰り道、その事を考えながら歩いていたがそこでいつもと違う展開が起きた。

「ハヤト」

「…アネキ…」

 人気の無い道、バイクに跨った姉がそこにいた。自分が通るのを待っていたんだろう、声を掛けるなりバイクから降りて近くまでやって来る。ゴーグルは着けたままで。
 自然と体が強張ってしまうのは許してほしい。流石に中学の頃と比べると大分拒否反応は出なくなってきたとはいえ、未だ体に深く刻まれたトラウマは払拭しきれていない。
 姉貴もその事をわかっているからこそゴーグルを外さず、通常会話する距離よりも半歩程離れて立ち止まった。

「…いきなり何の用だよ」
「ハヤト、貴方学校のクリスマスパーティーにあの男と参加するそうね」

 何で姉貴がその事を知ってるのかと思ったが、十代目達にはパーティーに参加する事と軽くではあるが事情も話していたので恐らくそこからこの話を聞いたのだろう。
 態々その確認の為だけに待ってたのか?と思いつつも姉貴の言葉に頷けば、何やら持っていたバッグの中を漁り始める。

「ドレスはもう用意してあるの?色は?」
「え…いや、まだ出来てねえと思うけど、ボルドーカラーの…」
「ボルドーね。良かった、その色ならきっと合うわ」

 全く意味もわからぬまま、姉貴がバッグから取り出した布張りの箱を受け取る。長方形のその箱を促され開けてみれば中に入ってるものを見て目を瞠った。

「これ…」

 箱の中、そこには一目見ただけで質の良さがわかるネックレスがあった。
 ルビーだろうか、赤い石が中央を彩り、その周囲にダイヤが散りばめられた華やかでありながら上品なビブネックレス。
 何故こんな物を姉貴が。

「…言えば受け取ってもらえないだろうから言わなくて良いと言われていたんだけど…」

 そう少し躊躇うような表情で目を伏せた後、ゴーグル越しに真っ直ぐ俺へと視線を向けた。どこか決意を持った瞳で。

「そのネックレスは父さんがハヤトのお母様に贈った物だそうよ」
「なっ…!?」

 このネックレスが母さんに贈られた物…!?

「パーティーの話をしたらこれをハヤトにって送ってきたのよ」
「なんで…」
「…父さんは貴方に着けてほしかったのよ」

 愛した人に贈った物を、その愛した人に瓜二つな愛してやまない娘に。

 苦しい。胸の奥底が熱くなる。
 昔の何も知らなかった俺ならばきっと激昂し突き返していた事だろう。けれど俺はもう知っている。
 父は母を愛していた事も、母も父を愛していた事も、俺が愛されて産まれてきた事も。
 それを知って尚、実家と距離を置くのは素直になりきれないからだ。
 城での辛く悲しい記憶も、八歳で家を出て関係を絶った事も、今までの事が全て俺を雁字搦めにして足を止まらせる。本当の事を知ったからといって「わかりました、では仲良くしましょう」と簡単にはいかないのだ。そんな単純なものではない。
 …けれど。これが一歩になるのではないだろうか。前を向き、進む為の一歩に。

「………わかった。貰う」
「ハヤト…」

 ゴーグル越しでも姉貴が涙ぐんでいるのが何となくわかってしまい、苦笑する。どうにもこの只一人の姉は俺の事を愛しすぎている。

「きっと貴方に似合うわ…それにこんなにも愛の込められたネックレスだもの、愛を証明する場に相応しいわ」
「…ん?愛を証明…?」
「あの男の親族だかに愛を見せつけるのでしょう?」
「いや、証明とか見せつけるとかじゃなくて、認めさせる為に…」
「ハヤト」

 雲雀と俺との交際を認めさせる為だった筈なのだがどう伝わりどう解釈してそうなったのか。けれど訂正しようと口を開いた俺に姉貴が詰め寄った事に思わず口を噤み仰け反る。

「ハヤト、憶えておきなさい。愛は偉大なのよ」
「お、おう…」
「愛さえあればどんな困難も乗り越えられるものなの」
「わ、わかった…」

 俺の言葉に満足したのか姉貴が笑う。そしてまたバッグに手を入れたかと思えば今度は先程よりも小さな箱を取り出し、俺へと渡した。
 ネックレスの箱とは違う色だが同じように布張りのそれに、これもアクセサリーの類なのだろうと開ければ予想通り中には一組のイヤリングが入っていた。
 赤い石が輝くそれはまるでさっきのネックレスと対のようにも見える。

「これは私から貴方への愛よ。少し早いクリスマスプレゼントとでも思って受け取って」
「えっ」
「そのネックレスに合うデザインを選んだつもりよ。パーティーにつけて行って」

 本当はそのイヤリングをつけて踊る貴方が見たかったのだけど、と寂しそうに笑う。
 クリスマスパーティーには生徒だけでなく親族の参加も可能だ。その事を恐らく姉貴も知っているだろう。なのにそんな事を言うのはきっと俺の事を思ってだ。
 ドレスコードが求められるパーティーの場に流石にゴーグルなんて着けては行けない。だからといってマスカレードでは無いのだ、代わりになる仮面を着けていく事も出来ない。そうなれば必然的に素顔を晒す事となり俺が気絶しかねない。
 だからパーティーに行きたくても行けないと、俺を愛してくれている姉はそう悲しんでいるのだ。

「…来れば良いだろ」
「え…?」
「クリスマスパーティー。来れば良いだろ。…俺は、大丈夫だから」

 そう。もうきっと大丈夫な筈だ。一歩踏み出すと決めた俺なら。

 姉貴が口元を抑えて嗚咽を漏らす。有難う、愛しているわハヤト、と嗚咽交じりに紡がれる言葉に俺は笑みを浮かべ、素直に有難うと口にした。

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