この世界には『人間』とそれ以外の存在、『人外』がいる。
 それはこの世界に生きている者ならば子供でも知っている常識だ。
 人外は日常の至る所に潜んでいて、そいつらの大半は人間に無害だと言われている。
 言われている、というのはパッと見ただけで人外だとわかるものもいれば人間の目には見えないもの、中には化けて人間として暮らしているものもいる為、正確な数が把握できていないからだ。
 けれどもそいつらの殆どは人間と上手く共存出来ており、偶に小さな悪戯程度の事をするようなのもいるが問題になる事はほぼ無い。
 だがその『殆ど』に当て嵌まらない人外も世の中にはいる。
 そいつらは人間を襲い、食らう。
 そんな危険な人外の中でも頂点にいるとも言われている最も危険な存在。
 それを人間は『吸血鬼』と呼んだ。




「獄寺くん、もう上がっても良いってー」
「はい!ここ終わったら上がります」

 時刻は二十二時五分前。
 いつもの如く深夜シフトの同僚はきっちり就業五分前に店に出てきたらしい。
 棚の奥から手前へ商品を引っ張り出し、しっかり正面を向くように並べていく作業も丁度キリ良く終わり、怠くなり始めていた腰を気分良く反らして伸ばした。

「お先失礼しまーす」
「はーい、お疲れ様ー」

 レジに入った深夜シフトの同僚に一声かけ、バックヤードへと向かう。
 そこには既に先程声をかけてきた沢田が制服を脱ぎ、ロッカーから鞄を取り出しているところだった。

「沢田さん、お疲れ様です」
「うん、獄寺くんもお疲れ様」

 いつもと変わらぬ優しい笑顔に疲れも吹き飛ぶ気がして獄寺も自然と笑顔になる。

 沢田は獄寺の高校のクラスメイトであり、このコンビニの先輩でもあった。
 獄寺が働き先が見つからず困っていたところを「俺の働き先、人辞めちゃって困ってて…もし良かったら獄寺くんどうかな?」と手を差し伸べてくれたのが沢田だったのだ。
 働き先を見つけてくれた上に、その働き先でも仕事を一から教えてくれた沢田に獄寺は感謝しか無かった。
 その為、およそ同級生に対するものとは思えない接し方になってしまっているが、最初はそれを改めてほしいと思っていた沢田も頑なに獄寺が変えないため今やすっかり慣れてしまったというのが現状だ。

 決して広くはないし、綺麗とも言えないバックヤード。
 そこに並ぶロッカーから『獄寺』と書かれた沢田のすぐ隣のロッカーを開けて、脱いだ制服をハンガーにかける。
 そして中から鞄を取り出せばもう帰る準備は万端だ。
 その様子を見て奥に座っていた店長が早く帰りなさいと相変わらずの気の弱そうな顔で声をかけてくる。
 いつもの光景だ。そう、仕事が終わる度に毎回繰り返されるこの光景。
 早く帰りなさいと店長は毎回二人にそう言う。それは仕事が終わったにも関わらずいつまでもいられるのが邪魔だとかそういう理由では決して無く、この時間が関係している。昼のシフトの人間にはきっとこの言葉は言っていないだろう。
 何故夜遅くなると口煩く言いだすのかというと、夜が更ければ更ける程外は危険になるからだ。人外によって。
 人外の力は人間を遥かに凌駕していて、丸腰で出会えばまず生き残る事は出来ない。
 そいつらの多く出没する時間は夜も更けてから。だから多くの人間は夜出歩く事を極力控えるし、出歩くとしても身を守るため人外に対抗できる武器を持ち歩くのが常識だ。
 そう、命を食らおうとする人外に人間が唯一対抗する事が出来る『対人外武器』を。

「獄寺くん、今日も武器持ってないの?」
「ええ、まあ…」

 獄寺の財布ぐらいしか入っていないだろう薄い鞄を見て沢田が心配そうな顔を向ける。
 この時間帯に外を歩く人間ならば必ず持っているであろう対人外武器を獄寺はいつだって持っていない。
 危険な人外と遭遇する確率は決して高くは無いがゼロではないのだ。持ち歩くに越した事は無い。
 けれど獄寺はどれだけ言われようと武器を持とうとはしなかった。

「山本も心配してたよ?持ち歩くのが邪魔なら護身用スプレーとかもあるし…」

 沢田と同じくクラスメイトの山本は部活がある為、日が暮れてから帰る事が多い。
 その為学校にも武器を持ち歩いているがその武器があまりにも特殊で目立つ。
 山本の武器は刀だった。通常、対人外武器は携帯しやすいようにとスタンガンタイプや、警棒のように伸縮するタイプ等鞄に入れやすい物が主流だ。
 あくまで対人外武器は自分の身を守るためであって人外と戦う為の物ではない。
 けれど山本のそれはまるで人外を倒す為の武器のように見えた。
 山本のような一目で武器とわかる大きな物を持ち歩かないまでも、主に女性や子供が持ち歩いている、先程沢田が言ったスプレータイプのような物もある。
 それならば鞄どころがポケットにも入るサイズもあるし、なんならこのコンビニでも売っている。
 だが獄寺はそのどれも持ち歩こうとしないし、所持自体した事が無かった。

「あー…山本の野郎はまあどうでも良いとして、武器はあまり必要無いというか…」
「あ、そっか…あの人がいるもんね」

 獄寺の言い辛そうに濁した言葉に察したように沢田が言う。その言葉に獄寺は何とも言えない表情で苦笑して見せた。

 獄寺を知っている人間ならば『あの人』を知らない人間はいない。
 それぐらい獄寺と『あの人』は共にいる事が多く、獄寺を思い浮かべれば必ずセットで『あの人』も思い出されるレベルだ。
 きっとその人は今もこのコンビニ前で獄寺が出てくるのを待っている事だろう。

「じゃあ早く出ようか」
「はい」

 その人を待たせるのが良くない事も最早常識だ。
 獄寺が店を出るのが遅くなればなるほど不機嫌になっていくその人の事を思い浮かべ、早々に店長に挨拶をしてバックヤードを出る。
 そして店の入り口を出ればそこには予想通り、暗闇の中店内から漏れる光に照らされる黒い『あの人』が立っていた。
 腕を組み、不機嫌そうな顔で。

「遅い」
「そんなまだ遅くなってねえだろ…」
「こんばんは、雲雀さん」

 沢田の言葉に黒い男はふんと鼻を鳴らしただけで視線は獄寺へと向けられたままだ。その様子にいつもの事ながら沢田は苦笑する。

 雲雀は沢田達と同じくクラスメイトの一人だ。
 同じクラスで学校生活を共にする、ごくごく普通の男子高生…とはかけ離れた存在ではあるが。
 雲雀は獄寺以外に興味を持たなかった。それは人間もそうだし、物事全てに対してもで。
 推測ではあるが、学校に来ているのも獄寺が通っているから仕方なく一緒に来ているのだろう。
 現に彼が獄寺から離れている所をほぼ見た事が無いし、獄寺以外と会話らしい会話をしているのを見た事が無い。
 それは高校に入学した当初からそうだった。
 とても整った顔立ちをしていた獄寺と雲雀は入学早々学校中の噂の的だった。
 特に獄寺はその髪や瞳の色で嫌でも人の目を惹き、女子は勿論、男子までもが言い寄るほどで。
 当初はそれを獄寺が軽く流してあしらい、何事も無く過ぎていたがそれはある日起きた事件で一変した。
 女子に言い寄られる獄寺を良く思わない男子が獄寺に明らかな喧嘩腰で詰め寄り、それを雲雀が文字通り叩きのめしたのだ。
 それまで雲雀は無愛想で無口な、獄寺といつも一緒にいる物静かな美男子、といった印象だった。
 その雲雀がどこから出したかわからぬトンファーで思いっきり男の顔面を殴り、壁に叩きつけたものだから周囲は一気に騒然とした。
 それだけでもかなり衝撃的な出来事だったというのに、その後尚も殴り続けようとする雲雀を止めた獄寺に対して言った言葉で更に周囲は驚愕した。

『何で止めるの、隼人。虫の一匹や二匹死んでも問題無いでしょ』

 怒りの色を瞳に浮かべながらも表情を変える事無く、さも当然かのようにさらりと言ってのけたのだ。
 それは物の例えで言ったわけではない事はその場にいる全員がわかった。雲雀は本気で死んでも構わないと思い、言っていると。

『問題大有りだ。こんな事で殺そうとするな』
『こんな事なんかじゃないよ。今まで群がってた虫は言い寄るだけで害が無かったから大目に見てたけど、これは隼人に危害を加えようとした。害虫を駆除するのは当然だ。誰も文句ないでしょ』
『俺が文句ある』
『………』
『恭弥』

 雲雀の目を見つめながら獄寺が静かに名前を口にする。
 それだけで雲雀は溢れ出させていた殺意を引っ込め、溜息ながらも付着していた血を飛ばしてトンファーをしまった。

 その一件はその日の内に学校中に広まり、そして全員が理解した。
 無口で物静かな、大人しいと思っていた雲雀恭弥は獄寺以外の人間を人間とも思っていない、獰猛な獣だと。
 そしてこれだけの事が起きながらも少しも慌てる様子を見せなかった獄寺隼人はその獣の琴線であり制御装置でもあると。

 この二人は普通じゃない。
 そう判断した人達は今まであれだけ言い寄り、姿を見る度に頬を赤らめたり黄色い声を上げていたのが嘘だったかのように近付かなくなった。
 残ったのはそんな事件にも気にせず傍に居続ける、友人の沢田と山本だけだ。
 雲雀は獄寺の周りに自分以外の存在がいること自体よく思っていないのでその二人も気に入らないのだが、獄寺の友人という事で大目に見ているらしい。
 それを沢田や山本は知っているが、それでも二人にとっては雲雀も獄寺も大切なクラスメイトで友人なのだ。

「雲雀さん、獄寺くんの事よろしくお願いします」

 雲雀は強い。人間相手には勿論だが、トンファーで人外さえも叩きのめしているという噂を聞く。
 それが果たして本当なのかどうかは見た事が無いので沢田にはわからないが、きっと本当なのだろうと思っている。
 そしてだからこそ獄寺は武器を持ち歩いていないのだとも。
 雲雀は常に獄寺と一緒にいる。それは登校時もそうだし、こうしてバイトが終わった後もそうだ。必ず迎えに来る。そしてそのまま一緒の家に帰るのだ。
 だから二人が同居している事は周知の事実で。けれど二人が何故一緒に暮らしているのか、友人というにはあまりにも近いように見える二人の関係がどういったものなのか、それは誰も知らない。
 けれど雲雀が獄寺の事を大切に思っているのはわかる。
 なので自分が言わなくても雲雀は獄寺を守るだろうとわかっているのだが、それでもやっぱり武器を持たない獄寺が心配でつい出てしまった沢田の言葉。
 それに対して雲雀は案の定、君に言われるまでも無いという表情で無言のまま冷たい一瞥を向けた。

「ったく…沢田さん、すいません」
「ううん、気にしないで」

 雲雀にそういう態度を取られるなんていつもの事過ぎて今更何も気にならない。
 寧ろ親しくして来られた方が何事かと驚愕し、悲鳴を上げてしまうだろう。
 だから別に全然構わないというのに獄寺はいつもすまなそうに謝る。それに対して沢田が気にしていないと言うのもいつもの流れだ。

「でも本当に獄寺くん気を付けてね?雲雀さんがいるとはいっても夜が危険な事に変わりはないから」
「はい。沢田さんもお気をつけて。なるべく明るい道を通ってお帰り下さいね?」

 また明日学校で、と手を振り別れる。
 雲雀と獄寺が二人並んで暗い住宅街へと消えていく。その後姿を見えなくなるまで見送り、それから鞄を担ぎ直し自分の家へ帰ろうと後ろを向く。
 帰ったらまずお風呂に入って、それから買ったけどまだ読んでない漫画があるからそれを読んで、と家に帰ってからの計画を立てながら歩く。
 明日も学校だ、そんなに夜更かしは出来ない。短い限られた時間でどう過ごそうと仕事が終わった解放感の中足取り軽く考えていたのだが。
 その楽しい計画は一人の赤ん坊によって全く違う物に変えられてしまった。
 突然暗闇から飛んできて道を塞ぐようにして目の前に立つ、ハットを被った赤ん坊。

「ツナ、人外だ。すぐ行くぞ」
「リボーン!いきなり出てきたらびっくりするだろ…って人外!?今から!?俺バイト終わったばかりで疲れて、」
「うるせえ、行くぞ。山本ももう到着してる。人外は待ってくれねーんだぞ」
「あ〜もう!また明日も寝不足だよー!」

 赤ん坊、リボーンに急き立てられるまま沢田は夜道を走る。
 人外から逃げる為ではなく、戦う為に。

 人間に害をなす人外を退治する事を生業とする退治屋というのが世の中にはいる。
 優れた身体能力と強力な対人外武器を用いて人外を消滅させる。
 その中に本当に稀にだが、人外を『消滅』ではなく『浄化』させるという『退魔の力』を持つ人間がいる。
 その力を持つのが修行中の退治屋見習い、沢田綱吉だった。

 人外はいつ、どこで現れ人に危害を加えるかわからない。
 その人外を退治すべく己の教育係であるリボーンと共に、同じく退治屋見習いの山本の待つ場所へ人知れず沢田は走った。






「今回も外れだったか」

 駆け付けた先、路地裏で既に戦闘となっていた山本に加勢し、無事人外を退治する事が出来た。
 にも関わらず不満気なリボーンに沢田は己の武器であるグローブを外しながら不思議そうにそちらを見た。

「外れって何がだよ。もしかして最近毎晩どっか行ってるのと関係あるのか?」
「そうだぞ。最近この辺りでミイラ化死体が増えているのを知ってるか?」
「ミイラ化死体…ああ、最近ニュースでよく変死体が発見されたって見るけどそれの事か?」

 山本が人外を切ったばかりの刀片手に言った言葉にリボーンがそうだぞ、と相変わらず何を考えているかわからない顔で答える。
 ニュースは普段あまり見ないのでわからないが、そう言えば学校でそんな話をクラスメイトがしていたような気がすると沢田はぼんやりと思い出す。

「あれは吸血鬼の仕業だ」

 吸血鬼。
 リボーンの口からその言葉が出た瞬間嘘だろと思った。けれどリボーンの表情がそれは冗談や嘘では無い事を表している。
 退治屋だけじゃない。一般人でもその存在を知っている。最強の人外、吸血鬼を。
 吸血鬼は数自体は他の人外と比べかなり少ないらしく、遭遇する事はほぼ無い。
 けれど過去にプロの退治屋が何人も殺されている。その希少さと強さ、恐ろしさから空想の存在だと思っている人達もいるが確かに存在しているのだ。
 よく映画や漫画のモデルとして使われる事があるが、そこに登場する吸血鬼達の殆どが十字架や大蒜を嫌い、陽の光を浴びると灰になるといった特徴を持っている。
 だが実際の吸血鬼は違う。十字架や大蒜なんて効かないし、陽の光だって平気だ。
 それらの設定は吸血鬼のあまりの恐ろしさ故に、こうであれば良いという願望から作られたんじゃないかと言われている。
 吸血鬼に弱点など有りはしない。
 退治するには対人外武器でやり合うしかないのだ。

「人間の血を吸い尽くすなんて吸血鬼以外にいねーからな。犯人が『なりそこない』でもやべーが『始祖』だとしたら正直やべーなんてもんじゃねーぞ」
「なりそこない…確か始祖の血を飲んで吸血鬼になった元人間だっけか」
「そうだぞ。今は一般的に吸血鬼と云えばこのなりそこないの事を指してる。だが元人間と言っても強さは人外トップクラスだ」

 リボーンに退治屋としての知識を教わり始めた頃に吸血鬼の事を聞いたのを思い出す。
 吸血鬼とはそもそも始祖の事を云い、その始祖こそがなりそこないを生み出すと。
 始祖はオリジナルとも云われ、その強さはなりそこないさえも軽く凌駕すると言われている。
 そんな始祖の血を飲んだ人間はその血の力により吸血鬼の『なりそこない』になる。
 始祖のような完全な吸血鬼にはなれず、けれど人間でもない、なりそこないに。
 言い伝えに寄ればそのなりそこないがもう一度始祖の血を飲めば始祖と同じ存在になるらしいが、それが本当かどうかは知らない。
 そもそもなりそこない自体レアなのに、始祖なんて伝説級の存在だ。
 そんな吸血鬼がこの街にいるなんて。

「なりそこないなら二人がかりで挟撃なり策を練れば勝機が見えるかもしれねえ。武器も効くしな」
「も、もし始祖だったら…?」
「殺されるかもな」
「ちょっ、リボーン!?」

 冗談なんかじゃない、本気で言っている。そんな事はわかっている。
 だって、始祖は。

「不老不死で不死身だからな。身体能力も人外としての力もずば抜けてる上に武器も効かねえ。反則級だ」

 そう、不死身だ。
 どんな武器で攻撃したところで一瞬で傷は塞がり、傷跡一つ残すことは出来ないと言われている。
 勿論出会った事は無いのであくまで全て聞き伝えだが。

「安心しろ。何も手が無いってわけじゃねーぞ」
「えっ、何かあるの?」

 最強と云われる始祖を退治する手段が。
 そう聞けばリボーンは沢田を見てにやりと笑った。

「ツナ。お前だ」
「へ?俺?」
「退魔の力が唯一始祖を倒す事が出来る。『浄化』の力しか始祖には効かねえ。そして退魔の力はなりそこないを人間に戻す事も出来る」
「えっ、そうなの!?」

 それは初めて聞いた。
 退魔の力はとても珍しいだとか、対人外武器よりも強力だとか、そういう事は聞いていたが始祖にまで効き、しかもなりそこないを人間に戻す事までできるとは全く知らなかった。

「そうだぞ。なりそこないの中の始祖の血を浄化して人間に戻すんだ」
「じゃあ今回の鍵はツナって事だな!」
「まあ始祖相手だと二人がかりでも荷が重すぎるからな。なりそこないである事を祈るしかねえ」

 確かに、倒す為の鍵を持っていたところで根本的な力の差はどうにもできない。
 少し強い人外相手でも苦戦する事がある事を思えば始祖になんて到底敵わないんじゃないかとまだ話を聞いているだけだというのに心臓がばくばく音を立てる。

「始祖はその気になればなりそこないを何体でも生み出せる。だから退治屋は皆始祖を倒す事を目標としてんだ。もし今回の犯人が始祖だったとしてお前らが倒せば退治屋としての拍が付くな」
「そんな拍、いらないよ…」

 本当は争い自体嫌いなのだ。
 周りの大切な人達を守る為と退治屋見習いをしているが、それでもやっぱり余計な戦いはしたくないし、退治屋としての名声なんて全く興味も無い。
 リボーンは俺を一流の退治屋にしたいみたいだけど、と溜息を吐く沢田の隣で山本が何か思案顔をした。

「…なあ、吸血鬼って普段人間に化けてるんだろ?」
「ああ、恐らくな。強い人外であればあるほど人間社会に溶け込んでいるし、化けるのがうめえ」
「それ、見分ける方法とかねーのかな?もしわかったら戦闘になる前に何か手が打てるかもしれねーじゃん?」
「確かに…!」

 ナイスアイディアと沢田が目を輝かせる。
 戦闘になってしまえば苦戦するどころか生死をかけた戦いになってしまう事は確実だろう。
 それならばまだ戦闘態勢に入っていない、人間の振りをしている状態で見つければ何か倒す糸口が見つかるかもしれない。

「さっきも言ったが強い人外であればあるほど化けるのがうめーんだ。吸血鬼程の人外が尻尾を掴ませてくれるとは思えねえ。…だが、なりそこないはわからねーが始祖は特徴として見目が良いとは言われてる。あくまで噂だがな」
「見目が良い…見た目がかっこいいって事?それだけじゃ判断できそうにないね…」
「そうだぞ。だから俺が夜街中歩いて探してるんだ。レオンなら始祖レベルの強い人外が近くにいたら尻尾が切れてすぐわかるからな」

 そう言ってリボーンはいつもハットに乗せている、カメレオンに似た生き物を手に乗せて見せた。
 カメレオンに似たそれは人外が近くにいれば例え人間に化けていようが上手く隠れていようがその魔力を感知して教えてくれる。
 人外の強さによってその反応は変わるが、尻尾が切れる所は未だかつて見た事が無い。

「ともかく吸血鬼捜しは俺がするからお前らは今まで通り人外退治に集中しろ。もし吸血鬼を見つけても無理に戦おうとするなよ」










「…とは言ってたけどさ、いつまで続くんだろ…」
「中々見つかんねーのなー」

 リボーンから吸血鬼の話を聞いてから早一週間。
 吸血鬼の手掛かりは掴めず、山本と沢田の二人きりの人外退治はすっかり日課のようなものになっていた。
 あまりに手掛かりが無いものだからもしかしたらもうこの街を去ってどこかに行ったのではないかと少し希望をもったりもしたのだが、つい二日前にまた新たな被害者が出た事によりその希望は見事に打ち砕かれた。
 吸血鬼は今もまだこの街にいる。
 今回の被害者も含め、今まで殺された人達は皆裏で退治屋をしていた同業者だったらしい。
 中には結構名が知れてた退治屋の人もいたらしく、今自分達が追っている吸血鬼はどれだけ強いのかと考えただけで沢田は震えた。
 そんな沢田に対して山本は吸血鬼と接触する事を心待ちにしている様子で、強者と戦う事を好むリボーン曰く根っからの退治屋だという山本らしかった。

 今日も今日とて深夜零時の路地裏巡回で見つけた人外を退治し、そろそろ帰ろうかと二人で話す。
 まだまだ人外の活発な時間ではあるが連日の巡回で疲労が溜まりつつある上に明日も学校だ。
 今も街中を飛び回り吸血鬼捜しをしているリボーンから何か連絡があればその時に出動しようと話をしている時だった。

「っ!?」
「山本!危ない!」

 暗闇の角から何かが飛び出し、山本目掛けて襲い掛かった。
 小さな角の生えた子供程の体躯の闇夜で目を光らす存在、人外だ。
 突然の奇襲ではあったが持ち前の反射神経で山本は避け、獲物を仕留め損なった人外が着地する。
 その一瞬の隙を逃す筈も無く、沢田は退魔の力が宿る炎纏う拳で思いっきり人外を殴りつけた。
 瞬間、断末魔を上げ人外が霧散する。
 対人外武器よりも強力な退魔の力で攻撃されればそこらの人外は耐えられる訳がない。

「サンキューな、ツナ」
「ううん、すぐ気付けて良かったよ」

「…沢田さん…?」

 人外を倒し、二人だけとなった筈の路地裏に二人以外の声が落ちる。
 この声を二人はよく知っている。毎日のように学校で聞いている声。
 声がした方を二人振り返るとそこには暗闇でもはっきりと浮かび上がる銀色を持つ獄寺が呆然とした様子でこちらを見て立っていた。

「獄寺くん…」
「沢田さん、今のって…」

 沢田も山本も、退治屋である事を獄寺に告げた事は無かった。
 絶対に知られてはいけないと思っていた訳ではないが、ごくごく普通の一般人で大切な友人である獄寺を少しでも危険な事に巻き込みたくないと黙っていたのだ。
 けれど見られてしまった今、もう黙っている事も誤魔化す事も出来ないだろう。
 獄寺の為を思ってとはいえ秘密にしていた事への後ろめたさと申し訳なさから獄寺を見つめた。

「黙っててごめん…実は俺達、退治屋やってて…とは言っても見習いなんだけど…」
「そう、だったんですか…」
「ごめんね、騙そうと思ってたわけじゃないんだ」
「はい、わかってます」

 退治屋をやってるからといってそれをひけらかす人間なんていない。
 もしそれが人間に化けている人外に知られれば命を狙われる事になるからだ。
 それをわかっているから、獄寺はそれ以上謝らないで下さいと首を振った。

「まあ山本に関してはあんな馬鹿でかい武器持って歩いてるから怪しく思ってましたし」
「あははー、確かになー」

 山本が頭の後ろに手をやり、いつもの調子で笑う。
 けれどどこか安堵している雰囲気があるのは山本も獄寺に黙っていたことを少なからず後ろめたく思っていたからだろう。
 まさかこういう形で知られる事になるとは思っていなかったが、結果として良かったのかもしれない。
 そう思うが反して獄寺は思い詰めたような瞳をして沢田を見ていた。

「…沢田さんって、退魔の力を持ってるんですか…?」
「え、うん。良く知ってるね?」

 さっき人外を倒したところを見ていたのだから、拳に纏っていた橙色の炎で気付いたのだろうがまず退魔の力を知っている事自体に驚く。
 退治屋ならば知っていても普通だが、一般人でその力の事を知っているのは稀だからだ。

「…あの、沢田さん」
「うん?」
「お願いが、あるんです」

 獄寺が拳を握りしめる。
 何か思い詰めた瞳は険しいままで沢田を見つめ、一度口を引き結ぶ。
 そして何か言おうと再び口を開きかけた瞬間、それは別の人物の登場によって遮られた。

「隼人」
「雲雀さん…!」

 まるで暗闇から溶け出てきたかのように雲雀はいつの間にか獄寺の後ろに立っていた。
 獄寺の白い腕を掴み、口元だけで笑う。楽しそうに、けれど目の奥は冷たいまま。
 獄寺は雲雀の登場に一瞬目を見開いた後、開きかけていた口をきつく閉じ、眉根を寄せ俯いてしまった。

「駄目じゃない、隼人。一人で出歩いたら」

 諭すような優しい声音で獄寺の耳元に囁く。それに獄寺は顔を上げる事無く俯き続ける。
 その光景は異質だった。
 雲雀が獄寺にだけ優しいのは知っているし、執着じみたものを持っているのも知っていた。
 けれど今の二人の光景は昼、学校で見ているものとはまるで違って沢田達の目には映った。
 沢田達にとって獄寺は勿論、雲雀も大切な友人だ。雲雀はそう思っていないかもしれないが沢田達はそう思っている。
 だが今沢田達は雲雀に対して確かに恐怖を感じていた。
 滲む汗。動かない体。
 止まったかのような重く冷たい空気は沢田達の後ろから聞こえた声で再び動き出した。

「おめーら、何してやがる」
「リボーン!」

 今日も吸血鬼を発見する事が出来ず、一度教え子たちの様子を見ようと戻ってきたリボーンは見慣れぬ人物を見て僅かに目を細めた。
 獄寺は突然登場した口の悪い赤ん坊に驚き、目を大きくさせ、雲雀は驚いた様子は無いが浮かべていた笑みを消し、冷たい表情でリボーンに視線を向ける。

「知り合いか?」
「あ、うん、クラスメイトの獄寺くんと雲雀さん」

 普段人外探しで深夜に飛び回っているリボーンは昼間は家で寝ている。
 なので沢田達の昼間の交友関係をリボーンは知らないが、沢田と山本の会話で何回か聞いた覚えのあるその名前にそうか、と口にした。
 そんなリボーンを雲雀は冷たく一瞥し、掴んだままの獄寺の腕を引っ張る。

「隼人、帰るよ」
「…ああ」

 獄寺が縋るように沢田を見る。
 けれど腕を引く雲雀に促され、何も言う事無く暗闇に消えていった。

 獄寺君は俺に何を言おうとしていたんだろうか。

 あの様子からきっとそれは彼にとって重要な事だったのだろうが、結局わからず終いになってしまった。

「明日学校で訊こうぜ」
「…うん、そうだね」

 そうだ、明日学校に行けば会えるのだからその時訊く事にしよう。
 今日はもう帰ろう。
 そう思いリボーンに視線を向けるとリボーンは手に乗せたレオンを見つめたまま止まっていた。

「リボーン…?」

 そのいつもと違う様子に不思議に思い声をかける。
 そこで気付いた。

 レオンの緑の尻尾は切れ、地面に落ちていた。










「隼人。沢田に何を言おうとしてたの?」

 人気の無い暗闇の道を雲雀が獄寺の腕を掴んだまま歩く。
 深夜の静けさの中、雲雀の低い声は確かに届いている筈だが獄寺は口を開く事無く俯いたままだ。
 そんな獄寺を気に留めた様子も無く、寧ろ楽しそうに雲雀は笑みを浮かべる。

「まあ言わなくてもわかるけどね。駄目だよ?隼人」
「…最近多くなってる変死体、お前だろ」

 ずっと俯いたままだった獄寺が僅かに顔を上げ、翠の瞳を雲雀に向ける。
 ようやく獄寺の声が聞けたからか、それともその言葉が雲雀を満足させるものだったのか、雲雀は足を止めて酷く嬉しそうに獄寺を見つめた。
 とても愛しそうな瞳で。

「だったらどうする?」
「…止めろ」
「わかってるくせに」

 そう。君は全てわかっている筈だ。

「全て隼人次第だよ」

 そう言うと雲雀は獄寺を引き寄せ、細い顎を掴んで顔を近付ける。
 それを獄寺は拒む事も逃げる事も無く、ただ瞳を辛そうに歪め雲雀の口付けを受け止めた。

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