はじまりやわらかな風と光を感じる。
その中に僕は居た。
とても心地良い。
『ハリー』
誰かに呼ばれている気がした。
暖かな声。
でも、呼んでいるのが誰なのかは思い出せない。
とても、とても大好きな人だということしかわからない。
ああ、だんだん心地よさが遠のいていく。
『ハリー』
最後にもう一度あの声が聞こえた。
ぱちり
目をあければ、そこは殺風景な部屋で、さっきまでの気持ちよさは感じられない。
むしろ体中が痛くて、いまにも死んでしまいたいような気持ちだった。
誰かいないのか………?
ぐるりと目だけで見回す。
体は痛くて動かせないのだ。
視界に入る中では誰も居なかった。
ここはどこだ?
さっきも言ったように、ここは殺風景で、小さな部屋だった。
僕はベッドに寝ているんだろう。
スプリングマットを背中に感じた。
だが、こんな部屋は見たことがない。
僕は誰だ?
ハリー・ポッター。
たしか、ホグワーツであいつと対峙し、勝利して、クリーチャーに飲み物を持ってきてもらってそのままベッドへ倒れ込んで………
今に至る。
じゃあここはホグワーツ?
だがこんな部屋は記憶にない。
見たことがないだけで、実際にどこかに存在していたのか?
だとしても、誰が、何のためにここへ運んだんだ?
ぐるぐると頭を回転させていると、ガチャリとドアが開いた。
「おぉ、気がついたか。」
現れたのは、ダンブルドアだった。
でも何だろう?
何かが違う。
「ダンブルドア先生…?」
「なんじゃ?何か欲しいかね?飲み物は今かぼちゃジュースを持ってきたが…」
「いえ、そうではないんです」
「では、なんじゃね?」
いつかと変わらない微笑み。
半月眼鏡の奥の瞳は、優しくこちらを見ていた。
「ダンブルドア先生、あの、ここはどこでしょうか?」
まずは場所の確認をする。
本当にホグワーツなのか?
「ここはの、ホグワーツと言う学校の一室じゃ。」
やっぱりホグワーツだったんだ。
こんな部屋どこにあったんだろう?
些かダンブルドアの言い方に疑問を覚えながらも、ひとつ疑問が解消されたのであまり気にしなかった。
「…わしも君に、質問してもよいかの?」
「ええ、どうぞ?」
どこかよそよそしい態度だ。
「君の名前は、なんと言うのかね?」
…………………。
「え?」
一瞬、時間が止まった。
まさか、僕を忘れてしまったの?
そのとき、僕もひとつ思い出したことがある。
ダンブルドアって、スネイプに殺されて死んだはずじゃなかったっけ………?
急に恐怖がこみあげてくる。
じゃあ、ここは夢の世界なのか…?
現実とは思えない。
だけど夢にしてはリアルすぎる。
「………君?」
急に引きつった顔になり、固まった僕を不思議に思っのかダンブルドアが声をかける。
その言葉で僕は我に返った。
「先生、あの………これは、夢、でしょうか?」
自分ではどうしようもなくなったので思わず聞いてしまった。
「君はおかしなことをいうのぅ………。わしの記憶が正しければ、きっとこれは夢でなく、現実だと思うが?」
やっぱり。
現実だ。
一応自分の頬をつねってみる。
痛い。
いや、夢でやってもきっと痛いのは変わりないんだろうけど。
「…………僕の名前、でしたよね」
「そうじゃ。呼ぶのに不便じゃろう?君はわしを知ってるようじゃか、わしは君を生憎しらんでのう………。」
稲妻型の傷跡に触れてみる。
すると異変に気がついた。
傷跡が、無い。
手で額、顔までをまさぐる。
だが、かすり傷や切り傷の跡はあっても稲妻型の傷跡はなかった。
「どうかしたのかね?まさか、記憶が無いのか?」
「い、いえ………。あの、変なことを聞きますが、僕の顔に…稲妻型の傷跡は、ありますか?」
「………見たところでは、見当たらんが?」
「そうですか…。すみません、質問に答えずに長々と。僕は、ハリー、ハリー・ポッターです………」
名前をきいたとき、ダンブルドアの目がほんの少し大きく開かれた。
「ではハリー、また質問をしてもよいかね?」
「はい、いいですよ」
僕はとりあえずダンブルドアの言葉を最後まで聞こうと思った。
状態を整理するのは、それからでも遅くないはずだ。
「傷だらけでベッドに眠っていたのは何故かの?」
「…ベッド?」
「そうじゃ、グリフィンドールという寮の談話室のベッドじゃが」
やっぱり、あのときの。
「それは…」
「今はこの学校は夏休み中での、誰も入ることはできないはずなのじゃが………。君はこの学校の生徒ではないしの。どうやってはいってきたのじゃ?おぉ、すまん。質問が増えてしまった…」
なんだって?
「僕は、この学校の生徒じゃない?」
「………わしの記憶が正しければの。」
…………駄目だ、頭がこんがらがってきた。
「あの、先生?質問に答えないまま質問するのは失礼だと思うのですが、すみません。ひとついいでしょうか?」
「なんじゃね?」
「…今は、西暦何年の何月何日ですか?」
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