夏とロックとティーンエイジャー

隠しトラックは9秒後



古賀はその後、テニス部を辞めた。

なんとも拍子抜けしたあっさりとした結果になったが、本人は満足そうだった。
俺が朝練から終わって教室に戻ると、古賀は先に席についていて、イヤホンで音楽を聴きながら必死に何かを書き綴っている。

左耳のイヤホンを指で外すと、顔を上げるので、おはようさん、と挨拶をする。
おはよう、もうこんな時間か、と机の上を片して、前と同じようにプレイヤーにイヤホンを巻きつけてカバンの中にしまう。

古賀は軽音楽部に入った。
あれだけ音楽が好きならそらそうやろな、と、次の活躍の場を見つけたことに安堵した。

本当はギターがやりたかったらしいのだが、今から練習するには少し遅すぎたようで、幼少期に習っていたピアノの恩恵もあり、今はキーボードとして活躍している。ちなみに作詞もしているらしい。
しかしギターの夢を諦めておらず、昼休みになるとギターの先輩のところへ行って練習をしている。

今度の文化祭が古賀の初舞台となり、俺は今から楽しみにしていた。
そんなこと本人には絶対に言ってやらんけど。

そのあと俺らの関係がどうなったかというと、何も変わっていない。
夏休み明け初日、紙袋に入ったピロウズのCDを渡しながら、やっぱ部活やめたわと言ってきた時は流石に何言っとんのやこいつは状態だったが、あの屋上の出来事、というかピロウズの歌詞だけで考えを変えるような奴では無いと分かり、気が抜けた。

寂しくなるな、と思ってもないことを言うと、今までだって部活では絡んでなかったやろ、と笑われた。

ちなみに、ラインのプロフィールに設定できる音楽を俺がバンプのハイブリッドレインボウにした翌日、古賀の設定音楽がピロウズのハイブリッドレインボウになっていた。
そのせいでクラスの何人かにあらぬ疑いをかけられたが、真似されただけやと言って誤魔化した。

あれから変わったことといえば、お互いが下の名前で呼び合うようになったくらい。

「遊。チケットのお金、立て替えといた分返すわ」
「あー、はいはい。当日どうする? 光、練習やろ?」
「午後練無しやから、家帰って着替えてから駅行くわ」

なぜ呼び方を変えたか。
付き合ったからとかそういうのではなく、ただ単に「女子テニス部員は生徒のことを下の名前で呼んではならない、呼ばせてはならない」という意味のわからん、ブラック校則もびっくりな女子テニス部の拘束から解放されたからである。

どうやら遊はこういった部の決まりにも辟易していたらしい。

それならお前が部長になってそれ辞めさせたらええやんと言ったが、今更積み上げてきたものをわたしの代で潰すのも嫌やわ、と呆れたように言っていた。

とにかく今は平和になった。
俺も、遊も。

「お前、今日は何時に帰んねん」
「いつも通りやけど」
「一緒に帰ろうや。ラーメン食いたい」
「わたし昨日ラーメン食べたんやけど」
「知るか。チャーハンでも頼んどけ」
「ええ…自分から誘っといて…」

前よりずっと距離が縮まったのは、皮肉ながら同じテニス部という共通点を失ってから。
じゃあ、俺があの時、部長はお前がいいと言ったあれは、なんやったんやろう。

歌詞に触発されてカッコつけたかったのか。
それとも、別の何かが、俺に「言え」と命令したのか。

「まぁええか。昼抜いてラーメンスイッチ入れとくわ」
「食っとけや。嫌やわ隣で腹ならされるん」
「めっちゃ言うやん」

まぁ、なんでもええか。
楽しいならそれで。

遊が隣でにっと笑ったので、俺も釣られて笑ってしまった。


-end-



- ナノ -