夏企画

歳を重ねた麦わら帽子


幾度目かの夏がやって来る。
陽射しは容赦なく庭の土を干上がらせ、わたしはそのたびに水を撒く。
額から垂れる汗も同じように土に色を付けた。
立ち上がり、辺りを見回した。やっと半分。丸まった背中をぐいっと伸ばして背伸びをすると、被っていた麦わら帽子が後ろに落ちた。

後頭部を守っていた鎧が無くなったことで、こもっていた熱気はみるみる冷めて、その代わり陽射しが容赦なく髪を温める。
黒髪の人は大変だろう。髪の色素が薄くてよかった。
麦わら帽子を被りなおし、地面とまた睨めっこをする。白かった軍手も、泥でほとんど汚れていた。

魔女はこの庭を見たらなんて言うだろう。
驚くだろうか。呆れるだろうか。それとも笑うだろうか。

彼女を足止めするための紅茶の茶葉は今日届く。
ケーキの賞味期限は今日だから、今日来なければ明日また買いに行かなくちゃ。
来るかもわからない客人のことを考えながら、陽射しに背を向けて水を撒く。いったいわたしはいつまで、ここで花を育てればいいのだろう。

最後に魔女を見たのは、大学に入ったばかりの夏だった。
荒れ果てた庭を悲しそうな目で見つめていて、あなたも忙しいのですね、と言った。
家には上がらずに、麦わら帽子をわたしの頭に被せて帰ってしまった魔女は、かれこれ数十年姿を現さない。
最後に会ったあの夏の日から、わたしはここに住み込んで庭の手入れをしているというのに。あなたの為に、育てているのに。魔女なのだからそれくらいテレパシーで感じ取ってくれてもいいじゃない。
魔女なのだから、箒に乗って現れてくれてもいいじゃない。

空を見上げたけれど、人影は無い。
今年こそ来てくれますように。
そう念じながら植えた花の種は、いつ芽を見せてくれるのだろうか。

じょうろにはまだ水が残っていた。
あげ過ぎても毒だと言うけれど、この暑さならすぐに干上がるだろう。あげ過ぎなくらいがちょうどいいかもしれない。
めいいっぱい力を入れて、じょうろの中身を辺り一面に撒いた。
びちゃん、ばちゃんと土に打たれる水音と共に、人の声が聞こえた。

「乱暴ですよ」

それは、ずっと聞きたかった人の声に似ていた。
声のする方を見ると、柵の向こうでこちらを見ている、黒い服を着た女性が立っていた。

その人は柵の中に立つわたしと、草一つない地面を見て、懐かしそうに笑った。

「せっかく綺麗にしたんだから、最後まで丁寧にしてあげたほうがいいですよ」
「…やっと来てくれた」
「ここ数年忙しかったの。しばらく見ない間に大きくなったわね」

小さい麦わら帽子を見て、魔女はにっと笑った。
そして、背中に隠していた新しい麦わら帽子をわたしに投げてきた。
じょうろが手から落ちて、帽子に手を伸ばして掴んだ。

一回り大きいそれは、黒いリボンのところに見たことのない花が飾られていた。

「新しいのを買っておいてよかった。あなたに似合うと思いますよ」
「もっと魔女らしいものが良かったな」
「そういうものはあげられないんです。例え娘であろうとね」
「会うのが年に一回の親子なんて聞いたことないわ。おかげでこんなに歳を取っちゃった」

魔女はおかしそうに笑った。
笑い事じゃないわと不貞腐れるわたしに、お茶は無いの、と問いかけてきた。

ありますとも。ダージリンにカモミール、アッサムだって。
とびきり美味しいフルーツタルトも。

「あるわ。飲んでいくでしょう?」
「もちろん」
「おかえりなさい」
「ただいま」

母の胸元には、わたしの麦わら帽子と同じ花のブローチが飾られていた。



相手・お題「マクゴナガル・麦わら帽子」


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