「待ってるって言ったくせに」

そんなことを言ってみたものの、責める気にはなれなかった。
今の俺がイリアにそんなことを言う筋合いがないのは、自分が一番よくわかっていた。

イリアの目に溜まった涙は、瞬きをしただけで頬に垂れた。
それを見て俺は、無言でその涙を指で拭いた。

「待てるわけないよな」
「…ごめん、なさい…」
「お前は悪くねぇよ。全部俺のせいだ」

イリアは俺をじっと見ながら、涙を流し続けた。

名字が変わってどれくらい経ったんだろう。
もしイリアが待っていてくれたら。
もし俺がヘマをしなかったら。
もしあの方に心酔していなかったら。

もしあの時のイリアの忠告をしっかり聞いていたら。俺を止めてくれていたら。

こんな未来じゃなかったはずだ。

「なんで今さら、出てきちゃったの…！」
「悪い」
「なんで、死喰い人になったの…！」
「悪い」
「なんで、まだわたしが待ってると思ったの…！」
「お前を信じて生きてたからだ」

泣き止まないイリアを抱き締めた。
こんなことになるなら、もう少し身なりに気を使うべきだった。せっかくの再会が、ボロボロのコートじゃ台無しだ。

全部、台無しだ。

「今まで悪かったな」
「…」
「俺のことは忘れろ。俺は多分、死ぬ」
「…」
「多分じゃないな。きっと死ぬ。だからその前に、やるべきことをしておきたい」
「…」
「ただ、ここに来てその決心が揺らいだのも事実だ。お前が望むなら、俺は」
「駄目よ」

その声は、しっかりと俺の耳に聞こえた。

イリアはゆっくり、俺から離れて、袖で涙を拭いた。
そして赤くなった目で、俺を見る。

「今さら現れて、調子のいいこと言わないで…！」
「…」
「忘れてたのに、あなたのことなんて…！だから結婚したのに…！」
「…」
「わたしを何回泣かせたら気がすむのよ…！」

ぽろぽろぽろと、また涙が溢れてきた。

どうやら俺は、完全に嫌われたらしい。

でもお前は、涙を拭いてやった時も抱き締めた時も拒まなかっただろ。
いや、違うか。
お前の優しさに騙された俺の自惚れか。

「じゃあ、もうとっくの昔に終わってたんだな」

俺があの方の下僕となった時から、全部終わってたんだ。

「割り切れた。ありがとう」

なら最後くらい、綺麗に終わらせてもいいだろう。

「幸せになれよ、イリア」

全部俺のせいだ。欲しかったもの全部、持ってたもの全部捨てたのは誰でもないこの俺なんだ。

でもやっぱり、俺はお前を、幸せにしたかったなぁ、なんて、思ったけど、到底口に出して言える言葉じゃなかった。

その代わりに俺はキスをした。
イリアの手の甲に、小さく。

イリアはやっぱり拒まなかった。

お前のそういうズルいところが、俺は大好きだったよ、イリア。

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