メイン
見つけ出す、あるいは作り変える


※ネタメモのこれを基盤とした話



「不老不死って、どう思いますか」

ふと、隣で本を読んでいた後輩、レギュラス・ブラックが呟いた。
読書に飽きたのかと思い振り向いたが、彼は最初と同じ姿勢のままだった。
相変わらず綺麗な横顔だ。長い睫毛も小ぶりな耳たぶもいつも通りだったが、なんだかあまり機嫌がよろしくないらしい。
あまり見るのも失礼だと思い、わたしも自分の本に向き直った。

ここにはまだ、わたしたちしかいない。
先程の質問は自分に聞いてきたのだろうが、さて、何と返すか。

「どう思うか、っていうのは、学術的なことで? それとも、空想科学的な発言を期待してる?」
「どちらかといえば前者です。でも、後者を踏まえた貴女の見解を聞きたいです」
「難しいことを言うね。少し時間をくれ給え」

わざと仰々しい言葉を遣って気をほぐそうとしたが、大したリアクションは得られなかった。
今日の授業でなにかあったりしたのだろうか、と思いついたところで2学年下の時間割までは把握していないので早々に考えるのを辞め、本を閉じて椅子を引き、立ち上がった。

椅子を机の下に仕舞う際に、ちらりと彼の手元、読んでいる本を確認し、確信した。
なるほど、確かにその本ならば、不老不死の疑問を持つに至るだろう。

身を翻し、後ろの本棚へと足を進めた。
マグル発刊の専門的な学術書を収納したこの本棚は、いつ眺めても美しい。
過去の記憶を掘り起こしながら背表紙を眺め、一冊の図録を引き抜き、席へ戻った。

「不老不死は物語の題材としてポピュラーだと思う。古今東西、どの時代も、一定数描かれているんじゃないかな。…と申しますのも。不老不死の象徴として身近な存在ってなんだか知ってる?」
「…魔族ですか?」
「あっはっは。それはまた凄い自惚れね。正解は、神様。老いない、死なない。たまに死ぬ神様もいるけど、その分復活もしているし。不老不死って結局のところ、自然界には無いのよ。無いからこそ創作が捗る。…ちなみにその本、どこまで読んだ?」

レギュラス・ブラックはわたしの問いかけに一拍置いてから、完読してます、と答えて表紙を見せた。

【フランケンシュタイン/メアリー・シェリー著】

いつ見てもうっとりするほど美しい表紙だ。
一昨日貸して完読しているということは今は2週目だろうか、なんてことを思っていると、少しむっとした顔で、今は読み返している最中なんです、と言われたので笑ってしまった。

「ごめん、疑ってるわけじゃなくて」
「そうですか? そういう目してましたよ」
「ごめんって。ネタバレになったら悪いなと思って聞いたのに、読み終わったって返ってきたから驚いたのよ。…で、さ。その本に出てくる怪物も、フランケンシュタイン博士が作った不老不死の一つでしょう。わたしは、見かけがどうであれ、不老不死は美しいと思うよ。でも、生物学的…現実的に考えると美しくないなって思う。人の道から逸れてるなと。人として生まれたならどんな未練があろうとも全て受け入れて、人として死ぬべきだと考えている…かな」
「…なるほど」
「…欲しかった答えじゃないって顔してるね」

足を組み替えながら、彼を見た。
わたしと目が合った彼は、そうかもしれません、と言って、手に持っていた本を机にそっと置いた。

「さっきの質問もそうですけど、俺は、魔族に大きな自負を持っています。マグルの書物を読んでいる時、頭の片隅にふと浮かぶのが、魔族ならこんなこと造作も無いのに、って感情です。どんな難事件でも魔法を使えばすぐに解決できるだろうし、どんな病気でも魔法を使えばよくなるだろうに、って。だから不老不死も、魔法使いなら簡単にできると思うんですけど、今現在そういった魔法ってまだないじゃないですか。…なんていうか、それが、ショックで」
「うんうん」
「同じ魔法使いの貴女はどういった見解を持っているんだろうと思って聞いたんですけど、そもそも出発が違いましたね。…貴女はきちんとマグルにも本の中の登場人物にも敬意を持ってる。俺とは大違いだ」

そう言って彼は自虐的に笑い、頬杖をついた。
わたしはと言うと、途方もないことを考え付くものだな、と途中から頬杖をついて彼の言い分を聞いていた。

しかし、当初全く自分の感想を言語化できなかった人間がこうして感想と疑問と胸の内を同時にぶつけられるようになったことに、わたしはある種の高揚感を覚えた。
やはり読書は良い。人を解きほぐしてくれる。

「良い感想だね」
「良い…ですか? 自分としては、あまり人に聞かせられるものではないと思ったんですが」
「言う相手は選んだほうがいいなと思ったけど、わたしにそれを言ってくれたのは嬉しい。わたしは青臭くて素敵な感想だと思った」
「青臭いって…どのあたりがですか」
「秘密。で、何。あなたは不老不死になりたいの? 不老不死を作りたいの?」

質問をはぐらかされた彼は怪訝そうな視線を向けてきた。
しばらくお互い探りを入れるように見つめ合ったが、向こうが先に折れた。
レギュラス・ブラックは腕を組み、わたしから目を逸らして机の上に置かれた本の表紙を見つめた。

「…そのどちらかなら、作りたいですね。俺が不老不死になりたいわけではないです。苦労が多そうだし」
「変なところで現実的なんだから。不老不死になりたいなら、手っ取り速いのは人魚の肉を食べることなんだけど…」

わたしは持ってきた図鑑をぺらぺらとめくり、該当のページを彼に見せた。
彼はそこに描かれた絵を上から順に、顔を徐々にしかめながら目を通した。

「これは…なんです?」
「人魚」
「俺の知っている人魚と随分違うんですが」
「これは東洋に伝わる人魚。向こうではいくつかの不老不死伝説が残ってるの。まぁそれが本当だとすればそんな魅力的なモノ、とうの昔に乱獲されて絶滅しているだろうけど。西洋の人魚より東洋の人魚の方が不老不死の効果が期待できるだろうから、密漁しに行くならそっちがいいよって教えておこうかと」
「お気遣いどうも。その時が来たら候補に入れます」

そう言って、彼は部屋の隅を見ながら図鑑を押し戻してきた。
東洋の人魚の図は、彼にとってはショッキングまたは猥褻な部類に入るものらしい。
悪いことをしたな、と座ったまま椅子を引いて、図鑑を棚に戻した。

「っていうか、人魚を見つけに行くより誰かを人魚にしてその肉を食べたほうが手っ取り早そう」
「嫌なこと思いつきますね、貴女は」
「照れるわ」
「褒めてないですよ。…でも確かに、一理あると思います」
「やってみたら? あなたは優秀だし才能もあるし。オドラテグも作れたんだから、人間を人魚に作り変えることなんて造作も無いんじゃない?」
「めちゃくちゃ造作ありますよ。貴女は貴女で俺を買い被りすぎだ、イリアさん」

今日初めて名前を呼ばれた。
わたしは今日まだ一度も彼の名前を呼んでいないことに気が付いた。

わたしも言ったほうがいいのかと悩んでいると、彼は振り向き、苦笑いとも照れ笑いともとれる顔で、続けた。

「貴女こそ不老不死を羨ましがると思ったんだけどな」
「それはまた、なぜ」
「本が好きでしょう。不老不死になれば、全世界、全ての本を読了できるかもしれないですよ」
「あぁ、確かにそれは魅力的。今のところ不老不死になる予定は無いけど、予定が立ったら、レギュラス、君を人魚に変えて食ってやろう」
「ははっ。俺のような不味い肉を貴女に食べさせるわけにはいきませんので、どうか別の方をご用意ください」

戯曲的やり取りも、もうだいぶ板についてきた。
わたしたちはお互い顔を見合わせ、少し笑ってから、読書を再開した。

back

- ナノ -