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この愛で生きていたい


恥ずかしそうに目をつむるところ。
そのくせ、俺がキスしやすいように控えめに唇を突き出してくるところ。
手じゃなくて、俺のローブを握るところ。
後頭部を撫でると、力が抜けてリラックスした表情になるところ。

キスする前だっていうのに、君にこれだけ夢中になるのも、ある種の才能じゃないかな。
あまりに可愛くて見とれていたら、不審に思ったのかうっすら目を開けてきたので、ここぞとばかりにキスをした。うっ、と小さな声のような息のようなものがイリアの口から漏れた。

しばらくして顔を離すと、イリアはぷいと顔をそらした。耳まで真っ赤に染まっている。

「まだ慣れない?」
「言ったよね。目を閉じている間にしてって」

そんな注射じゃないんだから、と思ったところで、キスはお互いの同意があるときかつ、イリアが目をつむっている時のみ、という約束を守れなかった自分に非があるので口には出せない。それに今はまだ彼女に嫌われるのが怖い。

「それは本当にごめん。あまりに可愛かったので、見とれてたらタイミング逃した」
「素直に言えば良いってもんじゃないからね」
「でも本当にそうなんだって。イリアのこと意地悪しようとか、そういうのじゃないよ」

イリアはなおも恥ずかしげに、ならいいけど、と呟き、一連の流れに納得がいったらしく徐々にいつもの横顔に戻っていった。
それを見て安堵する俺も、あの時相当間抜けな顔をしていたに違いない。見られていなくてよかった。

イリアはテキパキと机の上を片し、教科書を腕に抱え椅子から立ち上がった。

「ビルは次も授業でしょう? 早く行かないと」
「もう俺の授業時間も覚えてくれたんだ。嬉しいな」
「ふざけたこと言ってないで、ほら。わたしもこれから図書館に行かないとなんだから」
「はいはい」

重い腰を上げて、彼女の隣へ移動した。
扉を開ける前に念のため教室内を見渡したが、やはりもう俺たちしか残っていない。
ふたりきりの空間を作る為、俺たちは今日も時間に追われている。

「授業が終わったら迎えに行くよ」
「…」
「? なに?」
「こういうことになるなら、わたしもマグル学を履修しておけば良かったなって思ったの」
「え。もっと俺とキスしたいってこと?」
「ちがう! もっと一緒にいられるのにって思ったの!」
「でも同じことじゃない? 俺、イリアがどの授業とっててもこの時間作るよ?」
「もっ…ばか!」

持っていた教科書で腕を叩いて来たが、甘んじて受け入れた。
痛い痛い、と笑ってみせると、余計にバシバシ叩いてくるのが可愛くて仕方がない。自分が同級生の女の子に対してこうも子供っぽく振舞えるようになるとは。入学した当初の俺が見たら、きっと驚くだろうな。

ごめんごめん、と謝ると、イリアはまだ物足りなさそうだったが手は止めてくれた。
むすっとしながら、ビルってそればっかり、と拗ねてしまった。

「こんなにキス魔だったなんて知らなかった」
「キス魔…ではなくない?」
「でもしたがり屋さんじゃない」
「したいのは本当だけど、それはあれだろう。イリアからしたいって言ってこないから必然的に俺から言うことになって、結果俺がキスしたがっている風に見えてるってだけだと思うんだけど」

言ってて思った。イリアからキスを所望されたこと、無い。

それについて不満は特にない。キスしたいって言った時のイリアの顔を見るのも好きだったし、恥ずかしがり屋でキス一つで約束事を取り付ける程の彼女があろうことか自分からキスしたいなんて言ってこないだろう、と高を括っていたからである。

しかし、それを踏まえてのさっきの言葉は腑に落ちない。まるで俺だけみたいな言い方。
イリアも気付いたようで、さっきの勢いはどこに行ったのか、だって、とまた恥ずかしそうに目をそらした。

「そんな…わたしから言うとか…恥ずかしいし」
「全然言ってよ。言っていいよ」
「断られたら…」
「断らないって! 最初に言ったじゃないか、俺はいつでもウェルカムだからしたくなったらしていいよって」
「言ってたね…。冗談じゃなかったんだ」
「冗談だと思われてたとは」
「あの時のビル、わたしから見ても浮かれてたから、ああ、はしゃいで変なこと言ってる…と思って」
「…」

身に覚えがあるので反論できない。
イリアはそんな俺を見て何を思ったのか、ローブの裾を握ってきた。思わず足が止まり隣を見たが、もう既に生徒のまばらな廊下に出てしまったし、教室に戻ろうにも距離があるし時間が足りない。

イリアのことを知っているからこそ、まさかここでそんなこと言うはずがないと思っていながらも、この話の流れで期待するなというほうが無理な話だった。

あの時と同じように浮つく自分を見られないよう精一杯外面を取り繕いながら、イリアの顔を覗き込むと、慌てて顔ごとそらされた。やっぱり。でも可愛いからいいや。

「じゃあ、授業終わりにまた」
「…うん」
「ちなみに、俺は次、期待しててもいいのかな」

俺が尋ねると、イリアは目をそらしたまま、うん、と小さく呟いてから手を離した。

仮病使おうかな、と心の底から思ったし声に出てた。
馬鹿なこと言ってないで早く行きなよ、とイリアの声がして、今度は背中を叩かれた。

痛い。嬉しい。可愛い。楽しい。



title:ミポリを見て死ね

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