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誠意の悪足掻


友人と呼べるほど深い仲では無い。同僚や同期といった一般社会における都合の良い言葉は俺たちの組織には存在しないので、レギュラス・ブラックの死を、俺はどういった立ち位置で悲観して良いのか分からなかった。
しかも奴の死に方、死に様が、俺が想像していたよりも「らしくない」ことが、余計に俺の感情に揺さぶりをかけている。

闇の帝王に恐れをなし、逃げた先で殺され、死んだ。

そんな馬鹿げた説明を、他でもない闇の帝王の口から聞いた時は、正直なところ耳を疑った。崩れた尊顔は微笑みとも嘲笑とも受け取ることができた。
それが「これ以上余計な口出しをするな」という、脅迫を含んでいることも察知できたので、誰もそれに口答えをしなかった。

我が君は取って付けたように、こんな理由で子息が死んだことを知ればブラック夫人の立つ瀬がないので、表向きには殉死したことにするように、と仰った。
すかさずリービッヒが、どのような筋書きにするおつもりですか、と尋ねたが、彼は興味がなさそうに俺たちに背を向けながら、お前たちで考えなさい、と微笑み姿を消した。

取り残された俺たちは顔を見合わせた。
自分の顔が強張っていることが分かったが、ベラトリックスとマルフォイを含めた幹部連中は主人同様興味なさげな表情で、何も言わずにそのまま姿を消した。
取り残された俺たち末端だけでも口裏を合わせておいた方が良いのではないかと思案していると、リービッヒが口火を切った。

「いずれ夫人の耳にも入ることです。各自好きなように考え吹聴することにしておきましょう」

いつも通り毅然とした口調だったが、表情は俺と同じだった。
反論も同意も聞くこと無く、リービッヒは姿を消し、この場から去っていった。



それから数日が過ぎた。
俺の中でまだ、折り合いはついていない。
レギュラス・ブラックの死について、納得できない部分が多い。死体も未だ見つからず、誰が彼を殺したのかも分からない。
レギュラス殺しの主犯として俺を含め数人の死喰い人と闇払いの名前が挙がっており、情報が錯綜している。
我が主人もあれから口を閉ざしている。もう既に彼の中では折り合いがついているようであり、レギュラスが死んだことは真実である、ということだけが分かっている状態だった。

リービッヒは研究室にこもり、仕事の傍らレギュラスの死についても調べているという話を小耳にはさみ、初めて奴の仕事場である研究室を訪ねた。

リービッヒ曰く、調べると言っても、生前の彼の行動パターンを予測し、立ち寄っていそうな場所をしらみつぶしにあたって足取りを探るという原始的な方法しかしていないとのことだった。
直接話を聞いた手前、俺も手伝おうかと打診したが、もうこのことからは手を引くと言い、捜索は打ち切るらしい。捜索にかまけすぎて自分の仕事
不老不死研究
が疎かになっていると誰かが告げ口したらしく、資金繰りが危うくなりそうだとのことだった。

「レギュラスにもブラック夫人にも申し訳ないけれど、死を受け入れるのも生きた人間の務めとして、自分なりに落としどころを見つける他ない。クラウチ、あなたも」
「俺が疑問視しているのはあいつの死体がどこにいったのか、だ」
「死んだことは事実でしょうに。死体の所在がそんなに重要かな」
「俺は自分で見たものしか信じない」
「あなたの目に映るあの人は、レギュラス・ブラックは死んだと言った。それを信じない、と?」
「俺たちの士気が下がらないように、嘘を吐いた可能性がないわけではないだろう」

俺の苦し紛れの言い訳を、リービッヒは下を向いてくっくっくと声を押し殺し笑いながら聞いていた。

自分だってそう思ったからあいつのことを調べていたんじゃないのかと続けると、リービッヒは顔を上げた。まだ笑い足りないらしく、震える唇から微かな息が漏れている。わざとらしく咳払いをしながら俺から顔を背け、机の上に積まれた本の表紙をなぞった。

「レギュラス・ブラックはわたしの唯一無二だった。そんな後輩の死があんな言葉一つで片づけられたら、反論の根拠だって探したくなるでしょう」
「…生きていると?」
「いや、それはない。確実に死んでいる」
「何故そう言い切れる」
「生きていたら、わたしのところへ来る手筈だった」

だから本当に死んでいるのだと思うよ。

リービッヒはそう言って、初めて悲しそうに笑った。




それからしばらくして、俺なりの落としどころを見つけ、奴の死を無事昇華したある日、今度はリービッヒが俺に会いにやって来た。
その出で立ちはいつもの白衣ではなく、まるでどこか旅にでも行くような風体で、足元にはそれを象徴するようなトランクケースもあった。
嫌な予感、というほどのものは感じなかったが、悪い予感がした。俺の疑心を見据えたように、リービッヒはにっと笑った。

「レギュラスの死体を探しに行くことにしたの。研究室はあのままにしてあるから、君の好きなように使いなさい」

そんな狂った旅行の目的を我が君が許すわけが無く、全てはリービッヒの独断であり、つまるところ離反、謀反であるというのはすぐに分かった。

「自分なり落としどころを見つけるんじゃなかったのか」
「これがそうだった。クラウチはまだ落としどころを見つけていないのかと思って来てみたけど…もう大丈夫みたいだね」
「…ああ、おかげさまで。まさかと思うが、俺を誘いに来たのか」
「うん。わたしにとってはクラウチ、あなたも、唯一無二の後輩だからね」
「言葉の使い方を間違っているんじゃないのか。それはレギュラスの言葉だろ」
「彼は死んだ。だから次はクラウチだ」

リービッヒは帽子をかぶり直しながら、そろそろ行くよ、と笑った。

「一応聞いておくよ。わたしを手伝う気は無い?」

とりあえず聞いておくか、くらいの感覚らしかった。
俺がどう答えようがどうでも良い、なんならここで杖の先を向けられ死の呪文で殺されても良いと思っているんじゃないのかとすら思った。
生憎、今は杖を持っていないので、俺は目の前の女を謀反人として殺すこともできない。

なので、俺の答えは決まっている。

「無い」
「うん、そうだね、そう言うと思った」
「じゃあ聞くな」
「ごめん。本当にそろそろ行くよ。さようなら、バーティ・クラウチJr。あの人によろしく」
「しばらくしたら追手があんたを殺しに行くぞ」
「裏切り者を処刑する義勇団か。もしそうなったならそれに志願してほしい。唯一無二の君に殺されるなら本望だ」
「思っても無いことを言うな」

リービッヒは爽やかに笑い、トランクケースを手に取った。
行ってきます、とまた笑い、自分でドアを閉めた。

何を思ったのか、俺はすぐにドアを開けた。
しかしそこには既にイリア・リービッヒの姿は無く、つむじ風に合わせて落ち葉が舞っているだけだった。




研究室は奴の言葉通りそのままの状態だった。
しばらく部屋を物色したが、めぼしいものは何もなかった。置き土産を残しておくほど、俺はあいつに信用されていなかったらしい。

自分のところに来る手筈だった。

あの時聞いたリービッヒの言葉が確かなら、きっとレギュラスも完全にはリービッヒを信用していなかったのではないかと思う。
だからと言って、生きているとは、もう到底、思い込めないが。

机の上には未完成と思われる書類の束が無造作に置かれていた。

それを一枚手に取って、同じく無造作に転がっていたペンを持ち、でかでかと「on vacation」と書いて、そのまま部屋を出た。


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