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flowering gloria


死んでいる、死んでいない。死んでいる、死んでいない。

感情が、花占いの花弁を毟るが如く繰り返されていく。
姉と義兄が倒れてからずっと、この四つの感情がわたしを構成していた。

わたしには、姉と義兄がいた。
いた、と言うと今はいないみたいに聞こえるが、今でも二人は生きている。
二人を証明するカルテには重症患者と記され、長方形の箱に入って眠っている。もうずっと。何年も。わたしはそれを、生きているとは到底思えない。だからわたしは、「いた」という言葉を使う。

わたしには、恋人がいた。
これは姉と義兄と違って本当に今はいないし、生きているわけでもない。ちゃんと死人である。
と言っても彼は学生の時に、卒業するまでの半年ほど付き合っただけの関係だったので、突然の訃報に悲しみなどなかった。

それよりも清々しかった。
自分で手をかけたい思いはあったけれど、姉と義兄をあんな目に合わせた人間が、五体満足で牢屋で生きていていいはずがない。
嬉しかった。四人中二人が死んだのだから。
残りはあと二人。ラバスタン・レストレンジと、ベラトリックス・レストレンジのみ。

闇の帝王なんてどうでもいい。わたしはただ、姉と義兄を殺した人間が生きているのが許せなくて、一刻も早く地獄に落ちて欲しい。それだけだった。

だからお前の死が嘘で、今までのうのうと生きながらえて、挙句わたしの大事な生徒を死に追いやったお前を、わたしは到底許すことは出来ない。

クラウチJrはわたしを見上げた。
任務をやり切った恍惚な表情と、これから自分の身に起こるおぞましい罰を想像して焦っている様な、とにかく嫌な顔をしていた。
そして舌でペロリと唇を舐め上げてから、ニヤリと笑った。

「生きてるんだから、まだいいほうだろ」

バシン、と。右手を彼の頬に思い切りぶつけた。

スネイプが音に驚いてこちらを見たけれど、何も言わない。邪魔をするなと睨み付けると、呆れた様子でわたしたちから目を背けた。
クラウチJrはぶへっ、となにかを吐き出した。びちゃびちゃと液体が床に垂れる音が不快だった。わたしは拳を握り、椅子に拘束された無様な男を見下ろした。

「アレが生きてると言うのなら、今すぐお前もそうしてあげる」
「ぁあー…あいつらのことは禁句なのか。…そりゃあ、悪かったよ。だってまさか姉妹だなんて思わないだろ。…あー、でも、意識が昂った時の声はちょっと似てたかもな」

バシン、と。また殴った。さっきとは逆の頬を同じ手で殴ったら、奴の顔は右に逸れた。
ぼたぼたと、鼻と口から体液をこぼしながら、クックックと息を殺して笑っている。もう一発殴りたかったが、手が汚くなりそうなのでやめた。

「なんだよ…俺との思い出も禁句なのか? 仲良くしてただろ」
「黙れ」
「なぁ、イリア。お前の初めてだもんな、俺は」
「黙れって言ってるの」
「俺は全部覚えてる。アズカバンにいた時もよく思い出してた。ここに来てからも。おかげで退屈しなかった」
「…決めた。もうお前は、ここで殺す」

クラウチJrは赤く染まった歯を見せて笑った。

あの日から何度何度もイメージしてきた。
どうやって殺そうか。どうやって力を込めようか。
まさか死んだと思っていた犯罪者を、昔の恋人を殺すことになろうとは、思わなかったけれど。

椅子に座る彼に近づいた。
スネイプは止めに入らない。でも念のために、邪魔しないでよ、と言うと、彼は面倒臭そうに目を合わせてから、早くしろ、とだけ言った。話が早くて助かる。

クラウチJrはまだ笑っていた。汗で顔が濡れている。
わたしは拘束された彼の両腕に自分の手を重ねて、屈みながら彼に顔を近づけた。
予想外だったのか、一瞬、彼の顔が曇った。

「さよなら」

わたしはそう呟いて、彼の唇にキスをした。
ねちゃり、と彼の口の中に舌を入れた。血の味がする。そのままキスをしながら、手を彼の首に移動させて、力を込めた。

わたしはずっと目を開けていた。
彼は首に手を添えられてすぐにわたしがなにをするか、自分の身になにが起こるか悟ったらしい。目を見開き、逃げられない苦しみから足掻いていた。
口を離すと、苦しそうな呻き声を上げた。

もっと、もっと。
お姉ちゃんたちの痛みはこんなもんじゃないでしょ。

――もうそれくらいにしておけ」

スネイプの声が聞こえて、わたしは手の力を緩めた。
虚な瞳がわたしを見ていた。そこに光はない。手を離すと、だらんと頭が垂れた。

嗚呼。お姉ちゃん。お義兄さん。お母さん。お父さん。ネビル。やったよ。
ひどく充実した達成感がわたしを包んだ。
毟っていたと思った花は散るどころか、いつの間にやら開花していたらしい。

「気は済んだか」

スネイプが言った。横目で、少し離れたところにいる彼を見たら、眉間にしわを寄せて目をひそめていた。

ぺっ、と、口の中に溜まった血を床に吐き捨ててから、ええ、と答えた。

栄光あれ。このろくでもない男を愛したわたしに。



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17 いざよう睫毛「flowering gloria」
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