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花になるための呪文


誕生日にもらったサボテンを育て続けて早1年が経つ。ということは、もうすぐわたしの誕生日がやってくるということになる。
誕生日に咲いてくれるのかなぁと思いながら水をやり続けていたけれど、誕生日当日の朝になっても花は咲かなかった。
長い目で育ててあげてね、と言ったビルの言葉を鵜呑みにして育て続けたのに、棘ばかりするどくなっている。流石に怪しいと思い、オフィーリア(サボテンの名前)を持って、ビルを探しに行った。

オフィーリアを持ちながら校内を歩くのは恥ずかしかったけれど、ビルはすぐに見つかった。
中庭にある二人掛けベンチを一人で占領し、堂々と本を読んでいた。

「ビル」
「! ああ、イリア」

ビルは本を閉じ、わたしの顔を見た。
少し笑ってから、上半身を起こした。

「誕生日おめでとう。ごめん、プレゼントは部屋にあるから、夜に渡すよ」
「ありがとう。でもね、そのことじゃないの」

ビルの隣に座り、オフィーリアを見せた。
すると彼は少しだけ目を見開いた。

「これ、去年貰ったサボテン、一年間お世話したのに全然咲かないんだけど。オフィーリアって名前も付けたのに」
「オフィーリア?」
「女の子っぽかったから」
「ああ…。って、え、本当に? 一回も?」
「うん。長い目で見てって言ってたけど、一年じゃ足りないってこと?」

わたしの問いかけに、ビルはうーんと唸り、それからオフィーリアを見て、そっかそっかと苦笑いした。

言葉の続きを待つ私に、ビルは少し悲しそうな目で微笑みかけた。
鉢を持つわたしの手に自分の手を重ね、これはね、と口を開いた。

「特殊なサボテンなんだ。すごく特殊で、イリアと俺なら咲くんじゃないかって思ったんだけど、ダメだったみたいだね」
「…なにそれ」
「これ、贈られた相手が贈った相手への恋心を自覚すると花が咲くんだ。ね、特殊でしょ」

ビルはそう言って、手に力を込めた。
事態が呑み込めないわたしを見て、ビルはそっかー駄目だったかーと眉尻を下げながらも笑っていた。

「俺がこの…オフィーリアちゃんを贈っただろ? そしてイリアが、オフィーリアちゃんをもらった。贈った相手は俺で、贈られた相手はイリア。まぁ、つまりそういうことだね」
「…え? わたしのこと好きだったの?」
「そうだよ。気づかなかった?」
「うん」

はっきりしたわたしの答えに、ビルはうな垂れながらそうかい、と言って目を逸らした。手はまだ、わたしの上にある。目を合わせようと覗き込むと、見ないで、と言われて顔を逸らされた。でも手はまだ、離さなかった。

親友だと思っていた男子からの初めての告白に、わたしは胸が高鳴り、ふと視線を下げるとオフィーリアは見たことのない花を咲かせていた――とは、ならなかった。

わたしが抱いた気持ち、それは、「もっと早く言え」だった。

日当たり、湿気、水やり。この一年、わたしはこのサボテンにオフィーリアと言う名前を付けるほど愛着を持って育ててきた。
それがなんだ、恋心って。なんだそれ。
それに思い返してみても、ビルからなにかアプローチされた記憶がない。わたしのことが好きなら、なにか言ってくれてもいいではないか。なにか行動を起こしてもいいではないか。

ビルは少し顔を赤らめていたが、冷めた私の目を見てびくりと肩を震わせた。

「慢心は良くないわよ…」
「いや俺も頑張った方だって! イリアが鈍感すぎるんじゃない!?」
「ハァー!? そもそもこの一年、サボテンの花咲いた? とも聞いてこなかったくせに鈍感も何もないでしょ!」
「咲いてると思ったんだよ!」
「だからそれが慢心だって言ってるの!」
「イリアだってサボテンのこと聞いてこなかっただろ!? 不思議に思いなよ!」
「オフィーリアを馬鹿にするな!」

どんどんヒートアップしてお互いこの一年のことを振り返った。そんな言い合いをしながらも、お互いオフィーリアの鉢から手を放さなかった。

しばらくして手に汗がにじんできたところで、お互いオフィーリアを見たが、彼女はするどい棘を煌めかせ、ただそこに光臨するのみだった。
恋心と言う言葉が、ひどく滑稽に思えた。

「…恋心も何もないな、これは」
「……言い過ぎた、ごめん」
「俺もごめん」

お互い謝ったところで、ビルが再びオフィーリアを見たが、花は咲いていない。
はぁ、とため息をついたのがムカついて、鉢をぐいと自分の太ももに乗せた。
ビルは慌てて、再び、ごめんと言った。

「…大事に育ててくれてたんだよね。名前まで付けて」
「うん。今日誕生日だから、咲いてくれるのかなと思ってた。ビルならそういう、粋な事しそうだったし」
「うん、ごめん」
「…」
「…俺が処分しようか? それ」

ビルが申し訳なさそうに呟いた。

オフィーリアは、黙り込んでいる。
人間の言葉を理解していたら、きっと彼女は棘をビルに向けて放っていることだろう。

鉢を持つ手に力を込め、ビルに向き直った。

「いや、ここまで来たら絶対に咲かせる」
「自分で何言ってるかわかってる?」
「ビル、ちょっと、本気でわたしを口説いてみて」
「なんだって?」
「なに。もうわたしのこと嫌いになったの」
「なんでちょっと怒ってるの」

いいから早く、とビルを睨むと、わかったよ、と腹をくくりわたしを見つめた。
目を合わせたまま、鉢を持っているわたしの手を取り、指を絡ませてきた。
流石にこれには驚いて、びくりと肩が跳ねた。

本当は、こんなつもりじゃなかったんだけど。

ビルはそんな前置きをしてから、わたしの前髪に唇を落とした。

固まるわたしを見て、ビルはおでこをくっつけた。

「ずっと好きだったよ。これからも、イリアのこと、好きだよ。…その、ほんと、ごめんね、かっこ悪くて…」

ビルはそう言って、わたしの手を放し、抱き締めた。慌てて、オフィーリアを横に置いた。

ああ、こんな風に抱き締めるんだ。
五感全てが、ビルを感じている。
そして、ビルもわたしを五感で感じ取っている。
わたしはビルの背中に手をまわした。

それからしばらくして、お互い手の力を緩めた。ゆっくり、恐る恐る体を離し、ふぅ、と深呼吸した。
お互い気にしない素振りをしながら、オフィーリアを確認した。するとそこには、さっきまでなかった蕾があった。

「……まぁ、こんなもんだよね」
「これ、キスしたら咲くんじゃない?」
「調子に乗らないで」

ビルは蕾をちょんちょん、と指で突いた。

「イリア」
「なに」
「顔真っ赤」

うるさい、と言ったところで、蕾がまた一つ増えた。



20190620
企画サイト様 「絵画の証言
6TH 「花になるための呪文」で参加しました!

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