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慟哭の心臓に愛を


泣きたくなる。無性に。
悲しくて、つらくて、どうしようもなくて、死んでしまいたくて、でも自分が死ぬのは怖くて、じゃあわたしをいじめるあいつらが死ねばいいわけで、でもそんな簡単に死ぬはずなくて、そしたらわたしが殺すしかなくて、でもそんな度胸わたしにはなくて。
何もできないから、わたしが苦しんで、泣いて、さっぱりして、また時間が経てば、悲しくなって、押し潰されて、今日みたいにどうすることもできなくて泣くんだ。

なんでわたしだけこんなにつらいんだろう。なんでわたしだけこんなに泣いてるんだろう。

わたしは弟のように特出した才能もない。可愛いわけでもない。弟は、いつもわたしに悪口を言う。わたしが言い返さないことをいいことに、その憎たらしい口は動く、動く。声が出ないように喉が裂かれてしまえばいいのに。その目が見えなくなって暗闇で生き続ければいいのに。耳が聞こえなくなって自分の声さえ忘れてしまえばいいのに。死んでしまえばいいのに。
父も母も死ねばいい。怠惰で下劣なマグルの両親なんて、わたしにはいらない。魔法が使えないくせに、魔法使いであるわたしの何がわかるの。

ううん、違う。そうだ、全部わたしがいけないんだ。わたしがマグルのくせにスリザリンなんかに入ってしまったから、いけないんだ。
やっぱりわたしはどこかおかしいんだ。
ねぇ、お父さんお母さん、なんでこんな風にわたしを育ててしまったの?なんで弟は、あんなに立派なの?ねぇ、不公平じゃない。

なんでわたしだけ、こんなに泣いているの。


ぽたりぽたりと、涙が溢れ、それは冷たい石畳へ落ちる。

嗚咽するイリアの肩を抱き寄せたのは、一人の少年だった。

その少年は黙って、涙が落ちるのを見ていた。
時折荒くなるイリアの呼吸と、声を出さない泣き声に耳を傾け、背中を擦る。
悲しみの中にある大きな憤りを、固い壁を殴ることにより発散するイリア。なんとも悲しい自傷癖だと思った。

「姉」という鎖に縛られ抑圧され制限された環境の中で生きてきた彼女の、偏ったプライドと、押し付けられてきたプレッシャーをどこかで発散しなければならなかった。

そうしなければ、重圧に耐えられなくなり、壊れてしまうからだ。

「大丈夫だよイリア。僕が、いるから」
「うぁあぁ、ぁ、ああ…!」
「大丈夫。あともう少ししたら、その手の傷よりもっと痛い、イリアが受けてきた痛みとは比べ物にならない痛みが、弟とご両親を襲うからね」
「トム…!トム、お願い、わたしをっ…あいつら全部殺して、わたしを殺して…!」
「駄目だよ。君は生きるんだ。そうだろう?あいつらがいない世界で、君は生きるんだよ。その為に僕はあいつらを殺すんだから」

その少年の言葉の真偽がどうであれ、今の彼女を落ち着かせるには効果があった。

彼が本当に彼女を想っているのかは、彼女本人にとってはどうでもよいことだった。重要なのは、自分を理解してくれること。

少年、トム・リドルは泣きじゃくるイリアの手を優しく包み込んだ。

「だから、君を傷つけるやつがいなくなったら、僕と幸せになろうよ」
「ト、ム…」
「約束だ。君のことを大切に想っている人がいることを、忘れないで」

トム・リドルはにこりと微笑む。

それは、純白にして歪んでいる、愛の言葉だった。

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