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ブラッディドラッグ
「死んだ人を蘇らせたいんです」
イリアのその言葉に、スネイプは少しだけ目を見開いた。
イリアはそれに気づかず、刻んだ薬草をぐつぐつと煮たった鍋にばらばらと入れた。
日当たりが悪く薄暗い教室に、嗅いだことのない香りが広がる。太陽の光さえ射せば、二人の顔色は良くなるだろう。
スネイプの顔は暗色、イリアの顔は青白く、どちらも不健康そうであった。
冒頭の言葉は、イリアの一人言でも、ましてや気まずくなってスネイプと会話をという気遣いでもない。
スネイプの質問への答えなのだ。
スネイプはほう、と呟く。
イリアは忙しそうに文字で埋っている羊皮紙をチェックしながら、杖で火の調節をした。
「…その羊皮紙に書かれたものはなんだ」
「薬の調理法です。愉快ですよ、見ます?」
イリアはスネイプには目もくれず右手で木の実を押し潰しながら、左手に持った杖で羊皮紙を浮かせ、スネイプの目の前に持ってきた。
スネイプはそれを手に取ったが、字が汚いことと字の上から何重にも線が引かれていたりと、読解するには半日かかりそうだった。
くだらん、と言って紙を机の上に置いた。
「その言い方は、まるで死者が蘇るわけがないと言っているようですね」
「死者が蘇ると思っているのなら、君は後に後悔することだろう、ミスリービッヒ」
「…もしかしてですが、先生は既に死者を蘇らそうとしたのではないですか?」
ボテボテ、ボテ、と、潰していた木の実を鍋に入れた。
その時見えたイリアの右手の手のひらが血のように真っ赤になっているのを見て、スネイプはまた目を見開いた。
「…痛くはないのか」
「痛くないです。あの人がまた生き返るなら、わたしの手なんて安いものです」
木の実を潰していた木の台にも、赤い血痕がべっとりついていた。
「結果はどうでした?」
「何がだ」
「死者は蘇りましたか?」
「愚問だ。そんなことができるとすれば、闇の帝王くらいのものだろう」
イリアは火を消してから、そうですか、と言った。
鍋に蓋をして、血に染まった自分の右手を眺めた。
左手に持った杖で赤い手をつんつんとつつき、患部を探る。
スネイプは強引に杖を取り上げ、イリアの右手を掴んで制止させた。
「治癒の呪文も知らないのかね」
スネイプはそう言って、奪い取った杖でイリアの手のひらを治癒の呪文で応急措置した。
傷は塞がった、とスネイプは言った。しかし手は血で赤く、本当に傷をふさいだだけらしい。
イリアはその手をかざした。
「傷を癒す魔法はあるのに」
「…」
「人を殺す魔法もあるのに。なんで人を生き返らせる魔法ってないんでしょう。魔法の世界なのに」
「…」
「使えない世界ですね」
イリアは悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ淡々と言い放った。
スネイプは奪い取った杖をイリアに差し出す。杖の先は赤くなっていた。
「魔法とて、万能ではない」
「そうですね。だからわたしはこうして、薬を調合しています」
かざした赤い右手で、杖を受け取った。
「蘇生が成功したら、先生にもあげますね、薬」
「それはとても楽しみだ」
イリアはにこっと笑ったが、スネイプは相変わらずの無表情とでもいうのか、仏頂面とでもいうのか、期待をしていない淀んだ目でイリアを見ていた。
本当にそんな薬があったとしても、出来上がったとしても。
彼に使い道はないのだ。
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