乙女回路 | ナノ

「橘さん、料理得意でしたよね?和食専門ですか?」
「いや、杏は洋食も好きだしな…何でも挑戦しているが、どうかしたのか?」
「あっ、じゃ、じゃあ…」





風邪をひいた…。
自慢じゃないが俺は頭脳明晰じゃないので不思議でもない。
ごろんと寝返りをうつと、カーテンで薄暗い部屋の中にごちゃごちゃと影が見える。教科書だったり、音楽雑誌だったり。俺は片付けるのがどうにも苦手。母親が手をつけるか、アイツが来た時にはアイツが勝手に手を出す。

『ちょっとこの辺、触っていい?』
『あー?ちょっとと言わず、全体的にドウゾ』
『えっ本当?そうしたら、下行って掃除機かりてくるね』
『そこまですんのか…』

別にいいけど、と言って、俺は耳にお気に入りのヘッドホンをかけた。重低音がガンガン腹にくるところが好きだ。アイツが掃除機をかけていても俺は俺の世界に浸れる。
そうこうしている内に俺の部屋は俺らしからぬ部屋になる訳だ。ド綺麗な、けど、母親に片付けられた後よりは居心地の良い空間に。

それがこうまで滅茶苦茶に汚くなっているのは、俺が家族にも部屋に入るなと言っているから。誰の顔も見たくないとさえ思わせる高い熱はぐんぐん上がって、学校に行けていない。よって部活にも出ていない。
六人になってしまったテニス部を思うと、流石に申し訳ない気持ちになる。今はギリギリ、出場出来る人数しかいない。誰かが欠けると、迷惑がかかる。

心の広い橘さんなら恐らくは、こんなマイナス思考を吹き飛ばすような言葉をかけてくれるんだろうな…。

そして、アイツなら世話してくれるんだろうな。

寝ているのは暇だ。だから、こんな変な事を考えてしまう。





「内村の家に行かないの?」
「行ったけど、家の人に玄関でプリント渡して終わり…本人が会いたがらないんだって」
「ふぅん…」

意味深に相槌を打った深司は、僕の顔をじっと見てる。

「わざわざ…別のクラスなのにプリント届ける役買って出るなんて、お節介だよね、森って」

――ドキ.

胸が一際音を立てる。
追い返されてばかりだし、メールも電話も応対してくれないけど、いつかは顔を見せてくれるんじゃないかって期待が、恥ずかしい気持ちを和らがせる。他クラスなのにって不振がられた時、僕はダブルスの相方だからと無理な言い訳をした。

「早く、治ってほしいから、だよ」
「森が行ったからって早く治るの?おかしいよなぁ…そろそろ本音で俺に話してみればいいのになぁ…」

ボヤキ口調でそう言う深司は、早々ユニフォーム姿になった。

「隠したって、俺には分かるよ…?」
「え…」

「何が分かるって?」

「うわぁっ」

豪快に声を上げた僕にボソリと深司はウルサイと呟き…神尾には問い詰められて散々な目に合った…僕は嘘が得意じゃなくて。

「プリントかぁ。なんだ、つまんない話だな」
「神尾なら…どうする?」
「んー?ダブルスパートナーっつったらほぼ深司だしな。クラスメートが折角届ける使命を担任から受けてるんだし、行かない。風邪ならすぐ学校来れるじゃん」

そう…気楽に言ってくれるなよー…

「はぁ…神尾は何にも分かってないからそんな事が言えるんだよ」
「なんだよ!たかがプリント渡しに行くの行かないのってだけで!」

言い合う二人を見ながら、僕はふと笑ってしまった。
そうだ、他人から見ればたかが知れた事なのに。

それでも放っておけない、自分が接したいと思うのは、やっぱり――。





「ん?誰も居ないのか…?」

下の階に下りてみると、居るはずの母親が居なかった。テーブルの上の置手紙を横目に見ると、用が出来たらしい。自分で何か食べて薬を飲んでと書いてある。俺は料理が出来ない上にこの身体だ。本調子じゃない以上、あまり面倒な事はしたくない。
とりあえず、シャワーでも浴びるか。

浴室の方に向かいながら汗の染みたシャツを脱ぎ、ふぅ、と一息着く。その後にぶるっと震え、やっぱりまだ熱がある事を思い知った。





「内村…!!」
「なんだ?そんなに驚く事か?」

いつもはおばさんが対応してくれた形だったから流石に驚いた。まさか本人が出るなんて。しかも、どうやら風呂上りのようだ。

「内村もしかしてシャワーでも浴びた?」
「ああ、浴びだが?それがどうかし「湯冷めするよっ…早く中に入って!」

入っていいとの許可も取らずに内村の背を押す。中に入って一応鍵を閉めると、内村が怪訝そうな顔をしたが、笑ってごまかした。別にやましい気持ちがある訳じゃない。
時計を見ると、夜の7時を回っていた。

「なんか食べた?」
「おう、丁度いいところに来たな、何か食べられる物作れ」

いつもの命令形。だけど僕にとっては嬉しい事。
前から試してみたいレシピもあったし。

「じゃあ、キッチンかりるね」
「適当にやってくれ」
「うん」

内村との会話が一々楽しい。密かに笑いながら、僕は冷蔵庫を拝見させてもらった。好みを熟知したおばさんだけはある、材料となる内村の好物が入っていた。

僕はそれを利用し、橘さんに教わった冷製パスタを作った。

「!…お前」
「ど、どう?駄目だった?味見は一応、したんだけど…。ほら、内村猫舌だし、冷たい方がいいかなと思ったんだけど…」

内村はもぐ、もぐ、と口を動かし。ごくりと飲み込むと、ふっと笑った。

「よく知ってるな。俺の事」
「え、そりゃダブルスだもの」
「そうじゃねーだろ?」

ぺろりと平らげた皿を見て嬉しがってる間もないくらいの、突然の事だった。

「な、何が言いたいの…」

自信満々、という顔の内村が何処か怖くて、逃げ出したくなった。見透かされ、詰られるのはいい。耐える。でもこれから二度と元の関係に戻れなかったら…

僕が俯いていると、ぐい、と前髪を引っ張られ、正面を向かされた。その手は無論、内村のもの。
僕達は向かい合った。

「プリント、ありがとうよ」
「いや、あんなの全然!」
「上手かったぜ、パスタ」
「え?そう?ありがとう」
「森…部屋、散らかってんだ」

突然真面目な顔をして、内村は呟いた。

「だから、ここで」

くちゅり

突然舌が口内を探り始める。僕の作った味。
オイルのぬるぬるさがたまらない。

「んっ…何するんだ!」

はっとして口を離すと、熱で惚けた内村が駄目か、と首を傾げた。

「駄目とかそんなんじゃなくて…どうしてキス、なんかっ」
「もういい加減、限界なんだ…お前の気持ちは分かってる。だから…」
「ッ!?だったら余計だよ!僕の気持ちを知りながら、なんで内村は急にこんな事するんだよ!」
「…お前、相当抜けてるな」

困ったように笑ったのは気のせいだろうか。
内村は椅子に座る僕の股を割り、膝を着いてジャージを脱がし始めた。

「内村!」
「いいから黙ってろ」

ぽい、と放られたジャージと下着がなんだか空しい。

「んッ…」
「あっ内村ぁ…」

なんと信じられない事に、内村は僕のものを銜えていた。それも、もっと、もっと、というように強く刺激してくる。自分のイイところを辿っているのだろうか、舌の動きが早い。
僕はそんな内村を見下ろしながら、もう、抵抗は出来なかった。
気持ちいいのと、内村が眉を寄せて頬張っている光景が、ただ、息を上げさせるだけだった。

「んぷっ…くちゅっ…んっんっ」

喘ぎ声にも聞こえる途切れ途切れの息遣いが、また興奮させる。
僕は内村の肩を押した。

「もう…いいよ…凄く…良かった、から…ね、トイレかして」
「お前はこれ以上俺に恥をかかせるのかっ」
「へ…?だって、もう限界なんだよ…」
「っ、もういい!俺が乗る!」

ジーンズのボタンを外して降ろす内村の姿は、何だか凄く尿意を我慢している人のようで少しだけ面白かった。僕は空ろな目で内村を見つめる…すると、今度は彼まで下を晒した。

「えっ!?内村!?」
「これで…濡らすぞ…」

そう言うと、僕の座る椅子に肩膝を乗せ、皿に残ったオイルをとろりと自分の指に絡めて。訳が分からず様子を伺っていると、その手を後ろに回した。

「んっくぅっ…」
「うち、むら…」

本来入れるべきではない場所に、内村は懸命に指を入れていた。その様はとても辛そうだった。

「僕も…手伝う…ね…?」

そっと両手を後ろに回し、内村の指の入るところへ左右両方の中指を入れた。

「ひぅぅっ…痛ッ…」
「ごめん…」
「こんな時に謝ってんな!馬鹿かッ」

苦笑し、指の方はどんどん慣らしていく。滑りを借りたおかげで三本入っても切れてはいないようだ。

「はぁっ…はぁ…っお前のは…そんなにでかくないだろ…?もう拡張はいい…」
「なんだよそれ…そんな事言うとこうだよ…!」
「ひぁああっ」

偶々見つけた内村の弱いところを速いスピードでさすると、あられもない声を上げ、内村は僕の首に抱きついた。

「はぁっ…内村…っ」
「ンむっ」

貪る様にキスをして思い切り抱き寄せて。
僕は内村の中に挿入した。

「くっぁああっ痛ッ痛いっ」
「ふふ…可愛い…」

ぽろぽろと内村の涙が落ちている。僕はそれを舌ですくいながら、本能的に動いた。

「あぅっあっぁっあふっ」
「内村…僕…」
「んっ…何…だ…っ」
「内村の欲しい言葉…わかった、よ…」
「ふんっ…おそい、んだよ…ッ」

グチュッグッグチュッ――

「あぁっやば、マジ、やば…っ」
「僕も…もう…もたないっ…」
「はぁっ森…!」
「内村…好きだよ…」
「うわぁあっ」

ドプッ――

中に欲望を吐き出し、囁くと、内村も痙攣するように達した。





「あ〜…本当に滅茶苦茶だね」
「ああ。お前の為に取っておいた仕事だからな」
「おばさんも気になってただろうに…なんで僕にやらせるの?」

問うてみれば。
ごろりとベッドの上で丸くなるようにして寝返って――

「いつかお前を来させる口実にと思って、ずっと他の奴等を拒んでた」

と、ごくごく小さな声で呟いたのだった。