戦慄の紅 | ナノ

※モブに強姦された後の深司





性格がいつこんなになったかなんて分からない。
顔立ちだって生まれつき。



髪を伸ばしたのは・・・



「すごいキレーな髪してるよなぁ!」



本当に感動したっていうようなカオで・・・

神尾が、言ったから。



「伸ばしたらきっと、もっとキレーなんだろうな〜」



純粋に微笑んで、俺に話し掛けたから。



あぁ――
女に間違われたりするのは全部神尾の所為だ。

(俺は髪なんて伸ばしたくなかったし。親は人形みたいって言っていた)



間違われた挙げ句、俺がこんな目に遭うのも全部。
神尾の所為。



あんな事、あんな顔で言ってこなかったら髪は伸ばさなかった。女に間違われることもなかった。こんな目に遭うこともなかった。

気分は最悪。

だけど俺はこの世で最高に不幸って訳じゃない。

神尾がいる。
でも、結局神尾に救われているのを自覚している自分にうんざりしている。



電話、しよう。それからマシンガンみたいに文句言ってやる。嫌になるくらい。
後悔して、きっと言い返す事なんて出来ない。



神尾の所為、神尾の所為。俺は文句を言うために今携帯を弄ってる。指先が赤くなってる。

「もしもし?深司?」

神尾はせっかちだから、慌てて出たんだろう。たいして待たずに声が返された。

いつもの声が聞こえる。教室でも部活でも休みの日でも、毎日一回は聞ける声。

煩くてムカツクはずなのに、今はその声に縋りそう。
ああ、文句を言わなくちゃ。

「神尾……」
「どうしたんだよ、その声!深司じゃないみたいだぜ」
「…そう?」
「風邪か?それとも、歌いすぎ?って、そんな訳無いか」

一人で言って一人で笑ってる。マシンガンなのは神尾の方だった。俺は言葉が出てこない。

何も。

なにも浮かんでこないよ…。

「もしもし?なぁ、マジでどうした?」
「……」
「おい。…分かったよ、じゃひとつだけでいいから教えろ。…今、どこに居る?」
「…なに、それ。すっごく偉そう」
「なぁ。はぐらかすな。早く…教えろって!」

声だけじゃなくて、段々…ガサガサっていう耳障りな音まで混じる。

なんで邪魔するの…ちゃんと声が聞きたいのに。

「何やってんの、神尾。うるさいんだけど」
「馬ッ鹿お前今家出るんだよ!…あ、俺ちょっと出てくるから。深司のトコ!」

おばさんに怒鳴るようにして言っているのが丸聞こえ。そしてすぐに戸の閉まる音が聞こえた。本当に外に出てきたらしい。
時間はよく分かんないけど…もうかなり遅いのに。何やってるんだろう、馬鹿はそっちだと言いたい。

「ねぇ、いいから、動かないでよ…」
「場所教えろって言っただろ」
「駄目だよ、教えない。だから止まって」
「…なんでッ」
「よく、聞こえないから…神尾の声…」

こっちはただでさえ気が遠くなりそうなんだ。小さな雑音がやけに気になって、集中できない。

「変だぞ、深司。どうしたんだよ…なんで会わせてくれねーの?」

悲しそうに言って、神尾は、なぁ、なぁ、ってうるさい。

呆れた、という変わりに溜め息でも着いてやろうかと思ったけど、それも出なかった。

代わりに出たのは、嗚咽だった。必死に噛み殺すのに止められない。



まるで助けてくれって言ってるみたい。

そんなの嫌だ。



「っ深司…!」
「会いたくない…神尾に、会いたくない…」
「え?」
「…明日も…っ明後日も…ずっと…もう」

見上げていた空が歪む。満月の、丸い月が蜃気楼みたいに。ぼやけて遠く見える。

「もう、会いたくない…!」

荒げたつもりの声も、かき消えるように小さい。声が掠れているからかな。

「なんだよそれ!…だったら、なんで電話なんかしてきたんだよ!」

神尾は感情に素直ですぐ怒る。でも今の声は、いつものと少し違う。

「俺っ…心配なんだよ!すぐ会いたい!会えない理由なんて無いだろ、深司…!」
「あのさぁ……。こんな汚い格好なんだよ?」

ちょっと起き上がって見てみる。それだけでも、全身が引きつるほど痛い。

「服とか、ボロボロ…」

引きちぎられて。

「皮膚も擦れたり切れたりで、凄いし。…神尾、映画でちょっと血見ただけで叫ぶよね」

特に草で摩擦された膝が気持ち悪い。

「あと…他の人間の匂い、染みついて…。ヘンな白いモノも着いてる」

そこで初めて、溜め息が出た。嫌がらせを受けていた頃、神尾は俺がちょっと殴られただけで物凄く腹を立てた。顔の時は、更に壮絶に。

「好きだって言ってた髪も…乱れて、ボサボサだよ」

夜の冷えた風が樹を揺らして照明をチラつかせる。俺の髪はサラサラと揺れてくれない。

暫く黙り込んでいた。
俺は、反応を待っていた。

でも神尾は、なかなか声を発してくれなかった。
今はその声だけが俺を支えるのに。

何か小さな音が聞こえて。必死で耳に意識を集中させると。

それは泣き声だった。
神尾は小さく声を上げて泣いている。

どうしていいのか、分からないのか。当然、だけど。



本当は



神尾の所為じゃない。



神尾に気に入ってもらえたらと少しでも思った俺の所為。自分の責任。



押し付けたって、それは所詮逃げてるだけ。分かってる。



泣き声も止まないうちに通話は途切れた。ツー、ツー、と物悲しい通話の跡だけが残る。
赤い指をそっと動かして俺も電源を切った。



「…どうしようもないって…分かってたけど」



見捨てられたと思うのは悔しいから、小さく独り言を言ってみる。



繋ぎ止めてた意識は脆く崩れていった。