多くを望まず | ナノ

「遠慮すんなよ、俺の奢りだから」
「よーし!じゃあ俺は…」
「お前には言ってないんだよ、勝手について来たくせに…」
「酷いよ〜南が怒鳴るー」
「千石の分は、俺が出すから…」
「えっホント?」
「それじゃあ意味無いだろ、東方!」
「いや、でも…」


――さっきからコレの繰り返しだ。


<多くを望まず>


常日頃と言っていいほど部活帰りにコロッケを食ってる俺に対して、東方は味の好みを明かさない。

だけど、本日。
家庭科の時間、それを知ることが出来た。

同じ班の俺達は「ダブルスの実力を見せてくれ」とか何とか、他の奴等に囃されていつの間にかメインの係りになっていた。

誰もやりたがらないのは、スープやデザートを作るのとは違って、責任が重いのもあると思うんだが。面倒臭いってのが、一番かな…そういうメンバーだし。

とにかく、やるからには文句を言われないようにと一生懸命になっていた。

「俺は先に付け合わせとかやっちゃっていい?」
「ああ。俺はこっちをやるよ」

野菜を切ったりしながら、東方を見ていた。チラチラって程度だけど。本心としては…まぁ、気になるから、だ。

自分でもどうしてなんだろうと思うけど、どうやら東方が、好きらしい。相方として頼りになるし…多分もっとそれ以上に何か魅力を感じてるんだけど…俺はこういうのを具体的に表すことが苦手だ。

どこが、と聞かれると、的確に言えない。それで振られたこともあったっけ。なんでそんな事をあの娘が気にしたのか、今でも分からない。全部が好きっていうのじゃ駄目なのかな…具体例を挙げたら、かえって寂しいと思う。
これって俺だけが思ってんのかなぁ。

東方は……どうなんだろう。
恋愛観の話しなんてしないしな…って普通はしないか。

偏見があるのかすら、知らない。

「南、もう…」
「ん?…あっ!あはは…」

野菜を全て切り終えたのに、俺はまな板をトントンと切り続けていた。不審に思われて当然だ。

包丁を置いて、用意しておいたボールに野菜を分けて入れる。
そうしている間にも、東方はタネを形にしていった。メインというのは、実はハンバーグ。

「へぇ。うまいなぁ!」
「あ…あぁ、これは…家で、よく…」
「おばさんの手伝い?」
「ま、そんなとこ」
「よくって事は、東方んち、ハンバーグ多いんだ?」

何気なくそう聞いたところで、東方は手を止めた。気の所為か、痛いところを突かれた、というような反応もあった。

「え…どうした?」
「い、いや、なんでも」
「なんだよ。俺、変なこと聞いたか?」
「そ…そんなことは…ない、けど」

ないハズは無い。俯いていて、明らかに様子が変だ。もうちょっと問いつめてみようかと思ったところで、同じ班の奴等が他の班の冷やかしを終えて帰ってきた。

そして徐に東方に抱きつき始めた。肩に腕を廻そうにも、背が足りないからって事だろうけど。腹立つな。

「なに、雅美ちゃんハンバーグ好きなの?」
「は?マジ?え、ハンバーグ?」
「い、いや…その…」
「なんだ、雅美ちゃんカ〜ワイイ〜!なんだっけ、極めつけに乙女座だっけ?」
「なんで知ってんのお前!やばくね?ストーカーじゃね?」

ゲラゲラと笑いこける約三名を余所に…東方は居たたまれない様子。

いい加減、こっちも苛々してきた。

我慢だ、我慢。
そう思っているのに、俺の気持ちなんて知る由もない奴等は、東方をからかい続ける。
……おいおい。


「…用がないなら散れ!何もしないで居るだけのくせしやがって…」
「……み、南…?」
「東方も!赤くなってんなよ、煽るだけなんだから」
「…悪い」

馬鹿共は逆ギレもせずに大人しく作業を始めた。女子の方がざわついた風だったが…仕方ないんだ、俺にだって限界というものがある。

「なぁ、南」
「何?」
「怒鳴るなんて、珍しいな…部活では結構多いけど」
「そんなの、当たり前だっつの。東方が、」

馬鹿にされてるのを黙って見ていられるか!…ってのは、何とか飲み込んだ。危ない危ない。

「俺が…?」
「いいから、早く焼けよ、もう」
「?…うん」

だって、俺は知ってるんだ、東方が自分のそういうトコ気にしてんの。名前も、正座ですら。

気にすることないのに。…だけどそういうのは、本人にしか分からない嫌さがあるんだろうから。俺が何回フォローしたって無駄な気もする。

「だからと言って放っておけるほど、大人じゃないしなぁ…」
「え?何が?」
「…別に」

調理が終わると、馬鹿共が腰を低くして謝ってきた。東方は「気にしてないよ」「いいって」なんて言って笑ってた。

全くもって心が広い。もう散々言われ過ぎて、怒り疲れたのかもしれないな。



片づけの後、平穏に食事も終わった。馬鹿にしていた奴等は目を輝かせて美味い美味いと言っていた。お世辞じゃ無さそうだ。
俺も、美味かったと思う。

意識してからの手作り料理は初めてで(去年の調理実習の時はそうでもなかった)俺一人、食べ惜しみしていた。けど、それがかえって怪しまれて、終いには班員に「無理しなくていい、俺が食う」と言って取られそうにもなった。奪取は免れたが、一気に食っちゃったし…勿体なかったなぁ、とも思ったり。

今日の部活は軽い打ち合いで終わった。
着替えている最中に東方に後の予定を聞いて、空いた時間付き合ってもらえることになった。

「ちょっと小腹がすいてたり、とか…しない?」
「ああ、まぁ…今日は実習で、昼飯早かったしな」
「良かったら、俺と」
「はいはい!俺も行きます!」
「……俺とさ」
「無視すんなよ南!」

千石に後ろからのし掛かられる。イスに座ってる分、俺が不利だ。

「誘ってないよ、お前は」
「酷ッ!いいじゃん、飯ぐらい一緒に行ったって」
「きょ…今日は駄目」
「だって室町君も太一もみんな帰っちゃったんだよぉ。一緒に行こうよ〜」

駄々っ子のように暴れる千石に殺意も覚えたが、東方は苦笑いしながら信じられないことを言った。

「南、いいじゃないか、一緒でも。な?」
「―っ!そ、それじゃ…俺が…っ」

困る、のに。

「やったぁ!流石優しい東方!」

制服を着掛けの俺を放って置いて、二人は早々に部室から出ていってしまった。これじゃ話しの一つも出来ない…。
溢れる溜め息は止まらなかった。
千石のおかげで幸せが逃げてる気さえする。
東方の好きなモノが分かった記念だったんだ…俺なりの。
実際、機嫌良さそうに俺の前で食べてはいるけど。その隣の「あーん」とか言ってる千石が途轍もなく邪魔だ。
色々言いたいこととか、聞きたいこととかあったと思う。でも殆ど吹っ飛んで、どうでも良くなってきてしまった。
そのまま微妙な気分(俺だけ)で食い終わって会計に行った。

「南、これ千石の分」
「いいよ、俺が纏めて出す」
「そんな訳にいかないよ」
「いいんだって。で、千石は?」
「トイレに行くって…」
「そっか。じゃ先に出て待ってよう」

薄暗くなった外。
生温い空気が流れてて気持ち悪い。

「お待たせ〜」
「ん。行くか」

方向は途中まで三人とも一緒だから、同じ道を歩いていく。
他愛もない話しをしていると、途中でイキナリ千石が俺の腕を引いた。

「ごちそーさま。邪魔して悪かったね」
「は!?」
「これ、さっき買った今日のお礼。…俺のラッキーお裾分け」

耳元で囁きながら、自分の鞄からゴソゴソと俺の鞄へ何かを移している。

「なに、なんだよ?」
「これから役に立つって。じゃ…俺、行くからね。良い友達止まりになるなよ」

それだけ言って手を離し、千石は俺達に手を振っていつもと全く違う道に逸れていった。

「あれ?あっちじゃないよな、千石の家」
「う、うん…そーだな」
「用事でもあるのかな。…俺達も行こうか」

促されて、また歩き出す。



千石は分かってたんだろうか。俺の気持ち。

良い友達止まりになるな…って、やっぱり、そういう意味なのか?
でも…からかわれていただけだったら……

「南!」
「うっ…!?え?なに?」
「俺、ここで曲がるから」
「ちょ、ちょっと、待って」

焦って鞄の中をまさぐる。さっき、千石がくれたものは…と。

「もう少しだけ」
「うん?」
「話し、しよう」

俺の手には冷たい二つの缶。
片方を差し出して言うと、東方は受け取って小さく笑った。

「…あっちの方だっけ、公園」
「あ、うん。すぐ…そこだよな」

妙に強張って、笑い顔が微妙になった。
でも、なんだか嬉しい緊張だ。



――千石め……明日は昼飯も奢ってやろ…。