振り返って、 勉強を教えてもらうという目的から大幅に逸れて俺は知念を押し倒していた。 一度帰宅して、着替えて出直して来たらこいつが、シャワーを浴びていたから。いや、そんなことは勿論あてつけで、身体を重ねたくなってしまった。 知念は何も言わずに俺を見上げている。 俺もまた、何も言わなかった。 静かなそこへ虫の声が入ってくる。外は部屋の中以上に蒸し暑く、もう薄暗い。 生温い空気が気持ち悪くて、俺もシャワーを浴びれば良かったなどと思いハッとした。 (そうだ。汚い、俺) 着替えたとは言っても汗はかいている。まとめていなかった髪の当たる首筋で汗が伝うのが分かった。そして、知念の上から退いた。 「凛、どうした…?」 そっぽを向いて座り直した俺に知念が声を掛けてくる。 なんだか、奇妙なものが胸の中で蠢き始めて、気持ち悪い。 今だけじゃないのかもしれない。俺は知念より不潔だ。体の問題じゃない、本当は心が汚れきってる。どんなに磨いても綺麗になんかならない。 そう思うと知念を抱くことが申し訳ない気がしてきた。知念は潔癖という訳じゃないし、俺がコトを進めれば今はもう止めないくらいに許してくれる。自分から望むこともある。だけどそんな時は、知念の望む以上のことを強いて泣かせてばかり。 「凛、」 「俺お前と合わないのかもな。前から分かってたけど、合わないんだたぶん」 「え…なんだ、それ。ちゃんと言ってくれないと分からない」 「今、セックス、したいと思って。でも…俺風呂入ってないからさ」 「そうだな、でも、そうじゃない。凛が言いたいのはそういうことじゃない…」 知念は起き上がりながらそう言った。そして広げた教科書やノートを片付け始めた。それを見ながら俺はほんの少し目を潤ませてしまった。 「俺とそういうコトするの嫌じゃないのかよ」 「嫌じゃない。今まで何度かは考えたけど、もう嫌じゃない」 はっきりと言う声は俺の怯えたように震える声とは全然違う。知念は俺に近寄ってきて、抱き寄せてきた。それが嫌で思わず突き飛ばした。 「痛…」 「俺は汚いんだよ、言っただろ!」 「…はあ…」 声を荒げる俺に、知念はこっちを見ずに深く溜め息を吐いた。 自分の解消出来ない苛立ちをただぶつけているだけだと理解はしていた。格好悪くて、こんなのは俺じゃないとどこかで思っていた。でもこんな自分を見せられるのは、知念だけの現状で。 知念が俺を見た。 もう一度手を伸ばしてきたので、また振り払おうと思ったが押し合いになってしまった。 「汚いって、どこが」 俺が力を抜いた瞬間、知念がそう囁いて瞳を覗き込んできた。そして俺の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でて首をべろりと舐めた。 ああもう、と叫びそうになった。 「汗が?」 「やめろ、」 「…いつもと逆みたいだ」 「知念、やめろ」 「前に言ったのに。凛は全部綺麗だって」 小さなリップ音を響かせ、知念は俺の肌に唇を滑らせる。その顔に嫌悪の色は微塵もなくて、目を見張った。 「綺麗じゃ、ねーよ」 「本人にはきっと分からない」 「俺の心の中とか、分かるのかよ。知念」 呟く俺に、囁くような笑い声が返ってきた。 「分からない。そこが、凛の気にしてるところなのか」 「…」 「そうなんだな…。流石にそこまでは見えないけど…」 徐に股間を撫でられる。ベルトを外した知念の手は中途半端に降りたズボンを引っ張り、下着の上を愛撫するような手付きで動き出した。 「凛は何も気にしなくていい」 「何も、って」 「何も。自分が汚いなんてことも」 「…っ」 「あ…、俺がシャワーを浴びなければ良かったのか。でも、どうせ凛の汗で俺も汚れるんだからいいだろ?」 俺の肌を辿っていた唇が、俺の唇に押し当てられる。 少しだけ離れたそこは息の掛かる距離でまた開く。 「汗じゃなくてもいいけど…。例えば、これ、とか」 熱を帯び始めたそれを知念の手が扱くように動いた。ゆるく握り、上下してくる。すぐに硬度を持ち、欲を膨らませて、生理的なそれすら浅ましいと思う。でも知念は俺がそう言わずとも、自分も一緒だと言った。 赤くなりかけていた目元を擦り、今度は自分から口付ける。そして再び知念を寝かせた。 知念は俺より細くて骨が浮き出そうなくらいなのに、近頃は背中が床に当たっても怒らなくなった。代わりに自分から手を伸ばしてくる。 「マジで汚していいのか」 「今更だ。いつもおかまいなしのくせに」 シャツの中に手を滑り込ませて薄い皮膚を撫でていく。胸元は俺なんかより平らで筋肉が足りないんじゃないかと思う。小さい乳首を優しく捏ねて、鎖骨の影にキスをした。 「ん…っ」 ひく、と反応した拍子に声が零れて、声を殺そうとする。自分の勃っている股間を押し付けてやると知念の喉が僅かに反った。 「あ、う…」 「家の人居ないんだから、出せって」 「でも、…っ」 否定の声を無視して腹を辿り、口付けを落としていって腿を撫でる。もうしっとりとした感触があって、石鹸の香りがした。ズボンを抜き取って下着のゴムを噛み、ずらすと、中から知念の性器が少し勢いをつけて出てきた。 「反応してる」 「う…、当たり前だ…」 「さっきまで威勢良かったのに、なんだよ」 「さ、さっきは…!凛が落ち込んでた…みたい、だったから…」 顔を腕で覆って知念が言う。慣れないことを言った、と加えて唇を引き結ぶので、可愛いな、と言うとすかさず可愛くはない、と返ってきた。 性器へ刺激を与え、完全に硬くなったのを見計らって自分のを擦り付けた。片手の指で知念の舌を撫で、絡みついた唾液でお互いの性器の先を擦ると腰がビクビクと跳ねた。 「は…っ気持ち、い…な、先撫でて。俺のも」 「っ、え…?先?…こ、こう、か?」 「そうそう…」 知念の片手がさすり続けるのに合わせて、俺もお互いのものを根元から扱く動きを再開させる。 「ン…ふ…っな、んか、…嫌だ…」 「なんで」 「あっ…俺ばっかり、声…っ、」 「それはそうだろ。俺が、出させてんだから…」 「ひっ…!」 わざと知念の方を速く動かしてやると、先走りが滲んで、先を撫でていた知念の指が濡れたようだった。その手はもう、震えるばかりであまり動かせていない。 「自分でやるのと、違う?」 「ちが…っ全然、違う…っぁ、も、…っ」 一際高い声を出している。もう限界が近いらしい。俺は手を止めて知念の顔をじっと見つめた。薄ら開く蕩けた瞳は俺の視線に気付いて揺れた。 「ありがとな、さっき」 「え…?な、に…っあっンぁっ出、…ッ!」 反応を返される前に扱く手を強めて達せさせた。散っていく液体に降らせるように俺も自分のを放出させる。はあ、と息を吐いた俺の頬を、知念の手が撫でた。 「余計なこと、考えるな。考える時は一緒に」 「…チッお前ばっかりかっこつけたこと言うなよ」 わざとらしく悪態をついて屈み、キスを落とす。 知念は何も返さず、宥めるように背中で手を弾ませてくれた。 2012.6.25 知念が正気じゃない気がしました(他人事か |