黒い花が胸に咲く:2 | ナノ

まるで典型的な性的虐めの第一歩。
裸の写真を撮られた。その日の放課後だけでたくさんのものを失った気がした。

白石は全て自分の携帯に記憶させていたが、だからといって収めたそれらを誰かに晒す気はなかった。ただいつも財前がそうしている光景が頭に焼き付いていたから手段としてカメラ機能を使っただけ。

当の財前はそうと思わず、それで脅されるのだろうと考えていた。白石の意図は分からないながらも、自分ならそういう事にしか使わない。他に使いようもないだろう。直接的に脅されはしなかったものの、カードを所持されている以上は脅されているも同然だ。
自身の性格上、恨まれるのはしょっちゅうだったがこんな事態に至った事は無い。

呆然と部室の床に散る液体を見つめる。血液だったか、唾液だったか、精液だったか。少ししか経っていないのに黒いシミになっていて判別出来ない。

シャツを腕に引っ掛けられたまま、下肢を晒した状態で恐る恐る白石を見上げる。
今度はなんだ、何をする。何も予測がつかない自分の頭に苛立った。頭だけじゃない、力が劣る事も、抵抗する術がない事も、納得がいかなくておかしくなりそうだ。


「財前って、潔癖っぽいよなぁ。……ああ、ええ事考えた!」


口の中で呟いた言葉の次には突拍子もない明るい声で、思わず肩が跳ねる。そんな財前ににっこり笑いかけてやる。わざとではない、こんな異様な空気の中でも笑みは自然と浮かぶ。


「明日も会お。な。絶対やで」


どうやら終わりが近付いたようだ。最早縋る思いで頷く。それは財前ではない、他の誰かのようだった。あまりの変わりように白石は一瞬だけ訝しげな顔をしたが、すぐに常の表情へ戻り縛している親指を解いて、拾い上げた服を降らせるように落とした。


「立派な足ついてんのに、蹴りもせぇへんとは。流石天才」


何が天才だ。取ってつけた単語にしか聞こえない。
奥歯を強く噛んで耐え、痺れる腕を叱咤して服を着ていく。
蹴るなんて出来なかった。明らかに狂気を孕む様子を前に悔しいが怯んだのだ。それに痛みを与えられて耐えられなかった所為もある。


「またな」

「…さよなら」


財前は身に纏うものを整えると鞄を掴んで外へ出ていった。


その姿を見送り、携帯を開く。
データの入ったフォルダは財前の画像まみれになった。謙也の好きな財前を謙也よりも知っているという妙な高揚感が溢れて口元が歪んだ。



家に帰るまでの間に幾度も震えた携帯を、財前は無視した。
今は誰であっても何も話す気になれない。メールも要らない。
携帯の存在すら忌々しく思うほど。
いつもの自分からは考えられない思考だった。

履歴を見もせずに翌日は重々しい気分で自宅を出て。
昨夜、家族は連絡を入れなかったらしい。誰が何をしてきたにせよ、どうせたいした用事もなかっただろう。
それより足を進めるのが億劫でたまらなかった。
今は白石の家へ向かっている。部員達と一度しか行った事のないそこを覚えていて、尚且つそこへ向かうという行動を起こしている自分。
はた、と思い直す。そして踵を返した。
口約束なんて守る必要はない。
そう思った時、心の片隅に漠然と不安が沸き起こった。小さな不安だ。ホラー映画を見ていて感じるような「もしかしたら」。そんな思いだった。




タイトル拝借元:愛死哀対(PC向け)

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