「おめでとう白石ー」 「はい駄目」 校内一の美男子と言ってもいい美形が間近にある。 作った声は即刻却下されたが、こんなやり取りを実はずっと続けていた。 最初は迎えに来たと言う白石に求められて自宅玄関のすぐ近くで、次には途中で寄ったコンビニ、そして今は、保健室。 モノマネ王子と言われる一氏の声真似はとても上手い。今真似たのは金太郎の声だった。一氏はごろりと寝返りをうって適当にやり過ごそうとしたが、保健委員だからと仮病に付き添いっぱなしの白石はそれを許さない。 「やめろやボケ!!」 しつこく体を揺すられて一氏は怒鳴った。保健室に誰が残っていようが関係無いとばかりの大声だ。勢い良く起き上がり、振り返った一氏を見て白石は泣き真似をした。しかも下手だった。両手で顔面を覆って体を曲げている。 「そんなんされても全然無理」 「ユウジ…」 起き上がった白石は両手を顔に翳したまま、中指と薬指の間から目を覗かせた。それがまたうざいと一氏は怒鳴る。 「逆になんやねんその頑なさは」 「…ええやろ別に」 「良くないで!無駄や!」 シーツを握り締めながら尚も一氏は言わない。 無駄と切り捨てられても言いたくない理由はとても単純なものだったが自分からそれを口にするのは難しかった。 ふざけるのをやめたのか、力を抜いた白石は大人しく側の椅子に座り直す。 「ただ、一言や…ユウジの声で、聞きたいのに」 「それが嫌なんやて言うとるやろが」 「なんでや。友達やろ?」 言われてみればそうだが、そういう理屈ではけりが付けられない。一氏は意識しきった自分に苛立ちを覚えた。顔が熱くなるのが分かり、頬を擦る。そんな事では誤魔化しきれないのは分かっていた。 「ユウジ、言うて」 「おめでとう」 「やから、人の真似して言われても」 財前の声で言ってみても駄目だ。誰であっても満足しないのは本人の言い分から理解している。 一氏は溜息を吐いた。 「拘り過ぎや。一対一の時はいつも金取っとんやぞ。それだけでもお前、恵まれてるんやからな」 「そらユウジの物真似は凄いし、金も払ってええくらいやと思うけど」 「今日の物真似が誕生日祝いやで。物はやらんからな」 「厳しいなぁ…」 その口ぶりは諦めたかのように思えたが、白石はなんと靴を脱いでベッドに上がってきた。脱出しようとする一氏を押さえて布団を引っ張っている。 「友達でもせえへんてコレは!」 「するする。添い寝なんかするやろ普通に」 「しない!それになんでそないにくっついてくんねん!」 「ユウジちっちゃいな〜」 「死なすど!」 身長差はあれどそんなに小さい訳でも無い。怒らせる為に言っている。 予想通りの反応に白石は笑った。そしてその顔を見て、ユウジは黙った。声が喉で停滞したような、変な感じがした。 息が苦しいような、胸が苦しいような。 「ユウジおめでとう」 「は?」 「これから告白されるユウジを祝うわ」 「何?何言うとんのや。頭沸いたんか?」 「どうしても言いたないみたいやから、俺が誕生日祝いよりも凄い事を言おうと思う」 思わずビクンと体が跳ねた。 これはまずい、聞いてはならないと脳が警鐘を鳴らし始める。睨むような目付きが覇気を失って一変し、許しを請うようなそれへと変わる。 間が怖い。少しの沈黙が怖い。 「ユウジ、」 「あー!あー!!おめでとう、誕生日おめでとう!!」 掻き消された声を聞かずに済んだ代わりに、口が滑った。ユウジはしまったと口元を押さえた。ピークを越えた羞恥に思えて涙が浮かんだ。 たった一言を友人に言うだけ。それが嫌だったのは友人の範囲内で居たかったからに他ならない。 白石が自分をどう思っているか、また、その逆。 分かっていたけど目を向けなかったつけが、どっと押し寄せた気がした。 2012.4.14 |