×千歳 | ナノ

「なんで米送られてきてんのにカップラーメン食う気でおんねん!信じられへんわ」


千歳の部屋でお湯が注がれる一歩手前だった即席麺を持ちながら強めに言う。こう言ったってどうせすぐに聞き入れたりはしない。肩を竦めてこちらを上目遣いで見つめてくる顔が確信的に見えるのは気の所為だ、気の所為。そういう事にして、カップの蓋を閉じ傍らにあった何の物かよく分からないリモコンを乗せておく。座っていた千歳は立ち上がり、俺に両腕を回してくる。甘えるような素振りを見せたって乗るものか。


「白石ぃ」

「やめろ。もう帰る」

「そぎゃんこつ言わんと」


掌が腿の後ろを擦ったかと思えばその場に膝を着いて見上げてくる。まるで犬だ。こんな大きな犬が居てはたまらないのだけど、懐いてくるペットのようにしか見えない。根負けして溜息を吐くとそれが合図のように千歳の表情が明るくなる。そして変に艶を帯びる。
誘うのが上手すぎて過去や未来が心配になる、本当に。

自分で畳んでやった布団をまた敷く事になるなんて。千歳に甘過ぎる俺もどうかしている。
啄むように口付けてくるのに少し苛々し、片手を後頭部にまわして髪の毛を引っ張った。痛い、と顔を顰めるのを見てから噛み付くみたいなキスをする。すぐに応えてくる千歳は流石だ。
舌を絡めている内に千歳の手は俺のベルトを外しに掛かる。こっちも下も見ていない。探る手付きなのに器用にくつろげて下着に手を突っ込んできた。


「お前なぁ」

「んー?」


口を離してもお互いの息が掛かるくらいの距離を保ちながら千歳が笑う。厚い舌が俺の唇を舐めて首筋を吸い上げる。下腹部がジンと熱くなって舌打ちをした。俺のペースなんて関係無いこの行為は千歳の方がだいたい優位だ。


「好いとうよ白石。準備しといたばい」

「ナメとんのか淫乱」

「ふ…っ」


俺の吐いた暴言に涎を垂らさんばかりに反応している。発情し過ぎてて引く。引くのに勃ってしまう。千歳の大きい手が上下にスライドされて握られた性器は完全に硬くなろうとしていた。
俺も千歳のスウェットと下着に手を掛けた。脱がさなくてもいいか、と思ったが自分から脱き始めて更に後ろに手をまわしている。何かを確認するようにしている様子を見るに、準備しておいたというのは本当らしい。それの後にカップラーメンを食べようとしていたのか。


「千歳、乗って」

「良かけど、重か」

「ええよ…」

「うぁっ、ん、…」


布団に尻を預けて纏めてある掛け布団に寄り掛かった。そうしながら千歳の指に引っ掛かる程度の乳首を捏ねてやると体をビクつかせた。
眉尻を下げながら目を瞑ったその表情は少し余裕が無いように見えた。
欲情した顔が笑みを作る。俺の性器を撫でてその上を跨ぎ、位置を見ながら腰を落としてくる。慣れたものだ。もう、これで何回目か分からない。

千歳の中に入った俺の性器は肉壁に締め上げられて、思わず歯を食いしばった。痛くない程度に締め付けられるのはやはり、経験が多いから出来る事なんだろう。


「ん、ん…っ白石…入、るぅ…」

「もっとガツガツして欲しいんちゃうんか」

「ぅあぁんッ」


腰を掴んで突き上げた途端に出た声は大層でかかった。咄嗟に千歳は口を自分で抑えたが、お互い目を合わせて吹き出した。遅すぎる。絶対誰かに聞こえた。それでも笑って、その笑いが消える頃には控えめな抑えた喘ぎ声が連続していった。息を荒くして、千歳に腰を使われる度に持っていかれそうになる。


「しら、いし、ッ気持ち、良かっ?」

「ああ、めっちゃええよ」


体重が掛からないように両手を床に着きながら動いている千歳も、実は腿をぶるぶる震わせて先走りを零していて、今にも出しそうに見える。扱いたら簡単に達するんじゃないかと思うが、いつも後ろを使いたがるので触れない。

髪に口付けられ、耳を甘噛みされて快感が高まっていく。


「千歳…」


顔を上げて囁くと嬉しそうに唇が降りてくる。息継ぎの合間に戯れるような笑い声が混じり、現実が遠ざかる感覚に襲われた。そして、早まった出し入れに射精した。俺が中に出すと千歳は大きく震えて汗を散らした。
淫乱のくせに、綺麗。

二人で余韻に浸っていると軽く抱き締められて、俺も背中に手をまわす。肌が合わさって溶けてしまいそうだ。


「白石、も少しで誕生日ばいね」

「え?…っは!?」


投げ出してあった携帯を確認して漸く気付いた。自転車で来ているとは言ってもこの時間に出歩いていい訳が無い。急に呼び出したかと思えばこんな事を企んでいたのか。


「どないしてくれるんや。家に帰らんとアカンやん…カブリエルが泣くやろが」

「カブトムシは泣かんばい」

「アホ!!食事とかあるんやで」

「…帰ると?俺より、家族が良か?」


退けさせて中から萎えた性器を出している間にそんな言葉が聞こえた。何を言っているのか分からず、自分の耳を疑った。
俺が何も言わずに視線を向けていると千歳は目を逸らして愛想笑いをした。


「今更何言うとるん?自分が体だけって言うたんやろ?それに家族は千歳かて大事なはずや。俺と妹比べられへんやろ」

「う…うん、そうだったばい」

「そうだったって……。今日は帰らんと一緒に居るか?」

「出来ん約束はせんで良かよ」

「なんやねん」


裸で言い合っている姿は滑稽だ。出来れば風呂に入りたいし、着替えも借りたい。とりあえずティッシュを貰う。
拭いながら千歳を見ていると胡坐をかいて俯いたままで何も言わない。


「言いたい事あるなら言うて」

「俺は白石の事、たいが好いとう…ほんなこつ、冗談でも何でもなかばい。でも迷惑だと思ったけん、女の代わりにと思って」


俯いた千歳がぽたぽたと雫を零した。数滴落ちたのは涙のようだった。

それは本当に違いない。千歳はそういう事を演技でしない、出来ない。

頭がおかしくなりそうだと思いながらなるべく優しく手を握った。
何を言っていいか分からず、そうしただけだった。
顔を上げた千歳が俺の目を見たが今度は愛想笑いも作った笑みも無かった。
大きくなる心拍音は動揺が大きい事を物語っている。

夢のようだ。夢なら、こんなに自分に幻滅せずに済んだ。


「なんで気付かんかったんや」


呟いた言葉は自身に対してだった。
面倒くさいチームメートは気遣わしげに俺の頬を撫でた。


2012.4.14