6分の1 “不動峰の橘”と言えば、全国区の実力を持っていて監督やコーチの役割もこなしてくれる、俺たちの支え。 部そのものを作り変えてくれた恩人。 そして、部のみんなに平等に接する人。 それぞれが橘さんを好きで、尊敬してる。いろんな形でそれを表現する。 試合に勝つように努力するとか、コートを整備するとかそんな程度のことだけど、橘さんはそれで喜んでくれるから。 でも今、俺だけはみんなと違うと感じている。 スタートラインは一緒だったと思う。だけど、どうしてか一人で道をはずれてしまった。 形では表せない、行動することも出来ない厄介な好き方に変わっていた。 橘さんを見ると落ち着かなくなって、それが嫌だと思っても回避して生活するなんて出来ない。気になって仕方なくて、結局部活以外の姿も追いたくなってしまう。 テニスと離れた生活をしている橘さんも好き。 「おーい深司、見たか?」 部室に向かおうと歩いていた所で後ろから呼び止められた。 主語が無くてよく分からないと返すと、神尾は悪かったなと幼児みたいに言う。 「今日来てるみたいなんだよな、千歳って…四天宝寺の人」 「…へえ」 本当は相槌だけでは済まないくらいに動揺していた。 俺はその人が好きじゃない。橘さんの友達だからいい人なのかもしれないけど、嫌な存在。嫌っていうか、邪魔なんだけど。 その人は橘さんより大きくて、橘さんより強い。 それに、その人の話をしている時の橘さんは俺たちといても何か違うし、何かを思い出すのか、時々方言が口から出たりする。 そういえば金髪に戻したのも関係あるのかな、そうだとしたらますます嫌だ。 橘さん本人まで染められてる気がしてくる。 時々ふらっと来て、ふらっと帰って。 よくそんなことが出来る。 俺たちに、いや、俺にどんな影響を及ぼしてるかなんて関係ないんだろうな。 二人で話しているのを見かけた時には本当にイライラして頭を抱えたくなる。どうして自分だけが、隠したいって思っている傍から、その思いを刺激されるのだからいい気はしない。 昔のことなんて興味がないから杏ちゃんの昔話にもあまり耳を傾けたことがなかった。詳しくは知らないけど、不動峰の三年生の友達と話しているより楽しそうなのを見ると、やっぱり仲がいいんだなって思うしかない。 俺みたいに気持ちの悪いことは抱えていないんだろうけど、故意じゃないなら尚更悪いと思う。 あの人のように強くなって、抱きしめた時、肩に橘さんの顔が来るくらい大きくなれたら橘さんに本当のことを言えるようになるのかと少しだけ考えてやめる。 あの人と同じようになったって、一年の差が埋まる訳じゃない。昔話に登場出来る訳じゃない。特別な存在のように橘さんが笑ってくれる訳じゃない。 無くそうと思っても無くならない気持ちはずっとこれからも付き纏うんだろうな。 “獅子楽中の橘”に戻るその瞬間さえ好きなのだから重症だ。 「ああ……嫌だなぁ…」 「やっぱり?俺もちょっと嫌なんだよ」 視線の先にはちょうど、まだ制服の橘さんと私服のあの人。 神尾が見当違いな同意をしてきて鬱陶しかった。 俺と同じじゃないくせにって思ってしまう。その嫌は、俺の何分の一なんだろう、とか。 代わりに俺の好きは何倍も濃いけど。 溜め息が零れた。 あの人が隣にいると、橘さんが少し小さく見える。 俺たちといると大きいのに。 まあ石田といる時はちょっと違うけど、あの人石田よりでかいらしいし。 「深司って橘さんのこと好きだよな」 「…うん。好き」 誰よりも好き。 あの人が現れなければ、6人平等だからいいって思えてたはずなのに。 2012.3.9 橘に片思いな深司は前から好物なのですが、書いたのは初めてかもしれません。 いい機会を頂けました…! 勝手に千歳出してしまってすみません。 有難う御座いました!! リクエスト:エロ無し。伊武→橘 |