甲斐兄 | ナノ

甲斐の兄は木手が産まれて間もない頃も知っている。

木手が自分の弟と遊び始めてからほぼすぐに自分も自然と混ざった。警戒心を全く抱かせないのが取柄のような人間だったので木手がそれをいぶかしむ事は一度もなかった。
自分と同じ歳の友達もたくさんいるのに、彼は弟やその友達とも遊ぶ。周りから見るととても良い兄だ。

しかし、弟が小学校高学年に上がる頃には家に帰る回数も減った。

それなりの年齢になって、家でいたり、弟や弟の友達と遊ぶよりもずっと面白い事を見つけていたし、その頃には彼女もいた。お互いを凄く大切に思う期間には何にも手がつかない程に夢中になっていた。
そんな恋人と薄ら明るい空の広がる早朝に離れ、一旦家に帰った時。

母親がまたかと呆れた様子なのを笑って誤魔化し部屋に向かう。荷物を取ってシャワーを浴びて着替えたらまた出るのだ、いちいち話なんて聞いていられない。

弟の部屋の前を横切って、ふと思い立って戻った。
久しぶりに顔を見るのも悪くないと思ったのだ。やめておけば良かったとのちに後悔するのを彼は知らない。

取っ手を握ってそっと回す。カチャ、と金属の擦れる音が響いた。彼はそっとその隙間から室内を見た。そうまでしてやっと気付いた。カーテンが閉まっているし、顔を見るなんて灯りを着けないと無理だ。

もう朝なのだから、起こしてもいいかと思い直す。

目をこらすが、やはり影しか見えない。遮光ではないカーテンが青い光を中に取り込んでいるだけ。
彼は影が二つであるのに気付くと、ハッとしたがどうせ友達だろうと楽観的に考える。弟のプライバシーは考えない。堂々と土足で踏み込む人間だから、相手も警戒心を盾にしないだけだった。

影が動いている。
起きているようだ。

そう広くない部屋のベッドの横に布団が敷いてある。影は大きく、布団は一つなのにベッドには人影がない。

彼は興味本位で電気をつけた。
灯りは小さなものが一つだけしかつかなかったが、その大きな塊がどうなっているかは理解出来る程度には見えた。

影に覆い被さる影。影の片方が彼を見た。それはいつか見た弟の友達だ。確かに、友達。しかしその行為は友達にするそれではないだろうと思う。

彼に気付いた時、弟に覆い被さった弟の友達はすぐに顔を上げて顔を挟むように着いていた腕を退けたがそれがどんなに早くても見逃されることはなかった。
運が悪かった。

「永四郎…?」

小さな声で彼が呼ぶ。
影が頷く。

彼は大きく成長した木手に興味がなかったので、思っていたよりずっと大人に近付いているその姿に驚きと興奮を覚えた。

木手は顔に降りてくる髪をかき上げ、頭をわずかに下げた。そして立ち上がろうとしたところで彼が手を振っているのに気付き、再び腰を下ろす。

「寝てて。裕次郎もまだ寝てんだろ」

木手が頷く。
彼は木手から見えているのかいないのかなんて考えずににっこり笑った。

「まだいいよ、永四郎」

囁く声色は、なるべく優しく接しようとするあまり弟に酷似した気がした。甘える時の声に特に似ていた。

彼は静かに戸を閉めると自分の部屋へ向かい、簡単に荷物を取って再び弟の部屋の前で足を止める。
目を戸に向けて先ほどの光景を脳裏で蘇らせた。
ああ、弟は女より恐ろしいものに狙われているのだろうか。なんとなくそう思った。

「ゆーじろー!永四郎が構ってくれってよー!」

わざと大きな声を出してからその場から立ち去る。

口止めをしようとするだろうか、それとも弟は知ってて好きにさせているのだろうか。
前者ならとことん遊んでやろうと思いつつ含み笑いを零す。

母親が呼び止めて朝食を食べていけと促した。彼はいつもなら適当に断るそれにあえて乗ると洗面台の前に行って身支度を整え、さっさと食卓についた。
母親が弟とその友達を呼んだ。

早く顔を見せないかなとわくわくする気持ちを抑えて肘をつき、テレビのリモコンを手に取った。



おわり