俺は自主練で、少しだけ壁打ちをしてから部室へと向かった矢先で聞こえた声に……俺は動きを止めた。
部室の電気はついてるし、ガヤガヤと何かを話している声が聞こえてくる。アイツら……まだ帰っていなかったのか……
「おいテメェら、いい加減帰ったらどう……」
「だあああああ!! また噛んだぁぁぁぁぁあああ!!」
俺の言葉は、発狂している向日の言葉に遮られた。
っていうか、何やってんだこいつら……?
「ッハハハハハー! これで岳人はリタイヤや!」
「残るは忍足と日吉だC〜」
何故か分からんが狂ったように叫ぶ忍足に、無表情ではあるが妙に闘争心のある日吉。
鳳も宍戸も、ジローも樺地も……皆揃いも揃って何かをして盛り上がっているのは見て分かる。
中でも……テニス部のマネージャーである名前だけは、ダラダラと汗を流しながら皆の様子を見守っているようだが……
「何やってんだ? お前ら……」
「あー! 跡部だC〜! もう自主練終わったの?」
「まあな……とこで――」
俺はもう一度、皆の顔を見渡す。何が言いたいのか察しがついたらしく、説明するように口を開いたのは宍戸だった。
「あー、俺ら早口言葉やってんだ」
「早口言葉だぁ?」
「そうそう! あるものを賭けた早口言葉対決だC〜」
ノリノリで話すジローが横から付け足すように話をしてきた。早口言葉なんざ、話でしか聞いた事がなかったからな……一瞬耳を疑ったぜ。
「あるものって、一体何だよ……」
「え? 名前と明日一日一緒に過ごせる権利に決まってんじゃん」
「ハァ!?」
俺の耳は正常に動いてるよな!? 今、ジローは何て言った……!?
「えっと、跡部部長……実はですね……」
ダラダラと汗を流しながら名前は控え目に口を開く。
大掴みに話を掻い摘むと……休日に当たる明日、テニス部の備品を買いに行こうと思っていたらしく、荷物持ちを頼んだら皆が一斉に行くと言い出したんだそうだ。
大勢で行くのも目立つと言う事で、誰か一人に絞れないか話し合った結果……何故か早口言葉対決へと話が(妙な方向に)流れていったらしい。
「……お前ら、馬鹿か?」
「ハァ!? 馬鹿とはなんや馬鹿とは!!」
これは一世一代を賭けた大きな試練やで!!
……なんて騒ぎだす馬鹿忍足を横に、俺はジッと名前へと目線を動かした。
「えっと、とりあえず……部長、助けて?」
「疑問形で言うな!!」
外が暗くなってきてるってーのに、暇な奴らだぜ。だがな、名前と明日一日一緒にいられる権利、という言葉に魅力を感じた。
「おい、俺様も参加して構わないよな?」
「ゲェ! 跡部もやるんかい!」
嫌そうな声を上げたのは忍足だ。日吉に至っては「下剋上だ」なんて言ってやがるし。
名前に至っては、目を爛々と輝かせている……だと? クソッ! 可愛いじゃねーの!!
「あ、跡部が早口言葉とか……想像つかないC〜」
「ええ、部長が早口言葉なんて……」
鳳とジローが変なものを見る目で俺を見ているのは大目に見てやる。俺様でもな、早口言葉の一つや二つはできるってんだ!!
「じゃ、じゃあ……残してる問題あと二つ、両方できた人が私と一緒に買い出しをする……で異論ない?」
「おう! やってやろーやないか!」
「いつでもどうぞ」
「ハッ! 俺様に出来ないモノはねーってこと、証明してやる!」
名前が座っている椅子の横に立てかけてある白い板を二枚、手にして真っ直ぐ彼女は俺らを見る。
「残りの二つはこれです! 続けて言ってください! 制限時間は30秒です!!」
バッ! と音が出そうな勢いで名前が手にした板に書かれている物は……
『農商務省特許局、日本銀行国庫局、専売特許許可局、東京特許許可局』
『美術室技術室手術室、美術準備室技術準備室手術準備室、美術助手技術助手手術助手』
……以上の二つみたいだな。最初に切り出したのは忍足。
「農商務省特許局日本銀行国庫局専売特許許可局東京特許許可局! 農商務省特許局日本銀行国庫局専売特許許可きょきょ……」
「はい、忍足君失格!」
「な、なんやてー!?」
は、早口言葉……奥が深すぎるぜ……!
少しだけ驚いている俺を横に、次に口を開いたのは日吉だった。
「農商務省特許局日本銀行国庫局専売特許許可局東京特許許可局。農商務省特許局日本銀行国庫局専売特許許可局東京特許許可局。農商務省特許局日本銀行国庫ききょ………………あ」
「日吉君おしい! でも、残念だね」
「……最後は部長、です」
ただ静かに言う樺地の言葉を合図に、皆の視線が一気に俺へと向けられる。こ、これは……流石の俺も緊張するぞ……!!
「はい、跡部部長。どうぞ!」
スッゲー綺麗な笑顔で言われても困るぜ……!
そう内心に思いながらも、俺は口を開いた。
「農商務省特許局日本銀行国庫局専売特許許可局東京特許許可局! 農商務省特許局日本銀行国庫局専売特許許可局東京特許許可局! 農商務省特許局日本銀行国庫局専売特許許可局東京特許許可局!!」
「お、第一関門クリア!」
「流石跡部〜!」
は、早口言葉……いざやってみると舌噛みそうで怖いじゃねーか……!
だが、一つ目はクリアしたんだ。次で終わらせる!
「次を、どうぞ!」
「美術室技術室手術室美術準備室技術準備室手術準備室美術助手技術助手手術助手! 美術室技術室手術室美術準備室技術準備室手術準備室美術助手技術助手手術助手! 美術室技術室手じゅじゅ室美術準備室技術準備室手術じゅじゅび室美術助手技術じょじゅ手術助手!!」
「…………あれ?」
よし! 最後まで言い切ったぞ!!
そう思いながら、心の中でグッと握り拳を入れていると……
「宍戸さん、今のって……」
「馬鹿! 長太郎は黙ってろ!」
「必死すぎる跡部……笑えたC……ぷくくっ」
「俺は何も聞いてない、聞いてない、聞いてないんだ……」
なにかとぶつくさ言っては騒ぎだそうとしている部員たちに、俺は頭上に疑問符を浮かべる。
タラリと汗を流す鳳、バッと鳳の口を塞ごうとする宍戸、腹を抱えて必死になって笑いをこらえるジロー、首を横に小さく振る日吉。
俺、何か変なことでも言ったか……?
「じゃあ、明日の買い出しの付き添いは跡部君に決定だね! 待ち合わせとか、時間はどうする?」
「え? あ、ああ……そうだな……」
訳が分からずに返事を返す俺は、特にアイツ等の行動を不審がる事なく名前と話をして小さく心躍るのだった。
早口言葉をやった翌日、俺は名前と一緒に買い出しをしている中……あの場にいたメンバーだけが喫茶店に集まって大爆笑をしたのは、また別の話となる。