ベッドに寝転がりながら、パラパラと本を読む紫苑をネズミは呼んだ。
体ごと振り向いた紫苑の膝には開かれた本。
ちょうど開かれていた挿絵から、今日は星新一かとネズミはひとりごちる。
(ああ、ああ。こんな素直に近寄って来ちまってまあ)
手招きをすれば、警戒心もなく素直に本に栞を挟み近寄ってくる紫苑に、ネズミは内心ため息を吐きながら目を細めた。
なんだ、ネズミと首を傾げてベッドに寝転がるネズミを見下ろして紫苑は問う。
「なんでも」
なんだと問うた紫苑へと微笑し返答を返しながら、ネズミは紫苑の華奢な手首を掴み引き寄せた。
寝転がるネズミの上に倒れ込み、驚き慌てた紫苑の体を抱き寄せて枕元に置いておいたチョコレートの欠片を歯に挟む。
板チョコレートの、半分。
一枚丸々は手に入らなかったが、甘味類は貴重な西ブロックだ。
板チョコレートの半分ほどでも手に入れることが出来たのだから上々だろう。
ネズミに乗り上げる形になった紫苑は最初は慌てていたものの、触れる体温が暖かいのか大人しくなった。
そして、ネズミの美しく並んだ歯に挟まるチョコレートを発見する。
「ネズミ? その、噛んでいるものはなんだ?」
きょとりと目を丸くし、問う紫苑に、ネズミは笑みのみを返し、歯に挟んでいたチョコレートを紫苑の口に突っ込んだ。
僅かに唇同士が触れたことに、紫苑の体が小さく震える。
兎にも角にも、口に突っ込まれたものを食べなければならない。
紫苑は口に突っ込まれたものをもぐもぐとかみ砕くと、トロリとした舌触りと、甘い独特の香りが口内に広がった。
「チョコレート?」
ごくん、とチョコレートを飲み込み、久々の甘味とチョコレートに舌鼓を打ちながら、紫苑は己を抱きしめるネズミを見上げた。
「今日はバレンタインデーだからな」
ニヤリと笑い、そう紫苑の疑問に答えを返せば、納得したようにああ、と息を漏らした。
ふんわり漂った甘い空気。
けれども。
「ネズミ、バレンタインデーにチョコを贈るのは女の子からであって、しかも世界大戦の前のお菓子メーカーの陰謀だよ。大戦前の他の国では男からもあげていたようだけれど。だけど実際バレンタインデーの起源というのはローマ帝国の…」
「ああ、ああ。はい、はい。講義は十分、お腹いっぱいだ」
「ネズミ!」
「……はあ。……しおーん、色気ないこと言わないでくれる?」
甘い空気をぶち壊すのが紫苑という男である。
それも真剣に言うから質が悪い。
ネズミはため息を吐いて額を覆った。
呆れてものも言えないとはこのことか、とネズミは腹の上の紫苑を見ながら思う。
一方紫苑はネズミの発した色気という言葉に疑問符を浮かべている最中である。
「でも、どうしていきなりバレンタインデーなんかに乗っかろうとしたんだ?」
きみならわざとすっぽかしそうなのに。
紫苑はそう言いながら、いつまでもネズミの上に乗っかっているのも居心地が悪くなったのだろう、手をベッドに付き起き上がろうとする。
そんな紫苑の首にするりとネズミは腕を回し、強く引く。
よって紫苑はもう一度ネズミの腹の上に回帰し、落ち着かない思いをする。
「菓子メーカーの陰謀だろうがなんだろうが、恋人との甘い時間を作ってくれるイベントであることには違いないだろう?」
紫苑の首に回していた片手は彼の腰を抱き、もう片方の手は、ネズミから発せられた恋人という単語に真っ赤になった紫苑の頬を撫でる。
今までネズミから愛を語らう言葉をはっきりとは聞いたことがなかった紫苑は、嬉しさと気恥ずかしさを隠せない。
嬉しい嬉しいと書いてある紫苑の顔。
それを幸せそうに眺めるネズミの顔もまた、嬉しそうである。
「……チョコレート」
「ん?」
「……くれるんだろ。なら、早く、くれよ」
真っ赤になりながらも、濃紫の瞳には僅かな期待が見え隠れしている紫苑の瞳を見つけ、ネズミはくすっと艶やかに笑った。
「最初からそのつもりだよ」
St.Valentine day!
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あれ、チョコレートあんま出てこない…。
頑張って季節に乗っかってみた。
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