NO.6 | ナノ


▼ 私を灼き尽くす雪

 
名もなき女性視点の二人



雪が降りそうな曇り空を見るたびに、私はとっても切なくなるの。
そしてとっても悲しくなってしまうわ。
だって雪はあの美しい髪の色を思い出してしまうし、今にも雪が降りそうな暗い雲は、何よりも愛した彼の瞳を、思い出してしまうからなのよ。


私は、彼を愛していたわ。
だけど彼は私のことなんて何とも思っていないの。
けれどそれでいいと私は思っているわ。
ただ、彼の性欲を満たすためだけに私はあるの。
つまり、私はセックスフレンドというものだったわ。
それは私だけではないの。
きっと他にも何人も居るはずだわ。
私はそれに嫉妬していたの。
だって、私は彼を愛しているんだもの。
あの艶やかで濡れた黒髪に、曇り空のような灰色で見つめられたら、私はどうしようもなく胸が締め付けられるようで、切なくなってしまうのよ。

だけどね、最近彼は私を呼んでくれないの。
それは私だけではないみたい。
だって私の家の隣りの隣りの家の子も、そう言って泣いていたのを聞いたのよ。
彼の所に、毛色の変わった男が住み着いて、何日も経った頃のことだったわ。

私から彼を奪った男が憎らしくて、少し傷つけてしまおうと思って、彼を奪った男について行った。
男を探すのは簡単だったわ。
だって、彼が囲っている男は、彼と同じくらいの年の頃なのに、雪のような真っ白な髪をしているっていう噂だったから。
男の髪は噂の通り、雪のような色だった。
その髪が男が歩くたびにふわふわ揺れて、とても綺麗で、思わず見とれてしまったわ。
けれど、いけない、いけないわ。
男に近づいて行って、転んだふりをして、腕でもどこでもいいわ、このポケットに入れておいた小さなナイフで、ちょこっと怪我をしてもらおうと思っているのだから。

そう思っていたのに、足元に転がっていた空き瓶に足を引っ掛けて本当に転んでしまった。
ナイフを用意する暇もなく、私は男に倒れこんでしまったわ。
男は倒れなかったけれど、バランスを崩した私の体は地面へ向かって倒れて行く。
ナイフをとるためにポケットに手を入れていた私は、受け身が取れないと、体が傾いでいきながら気付いたの。
思わず目を閉じていたら、私の体は何かに包まれた。


「大丈夫ですか?」


柔らかい声が、頭上から聞こえて私は顔を上げた。
私を転ばないように包んでいたのは、雪のような髪のあの男だったの。


「あの…?」
「あ、ありがとう、ございました」
「いいえ、どこか擦りむいたりはしていませんか?」


そう聞いてきた男の瞳は、昼の青と夕焼けの赤とが奇麗なグラデーションを描く、日暮れの奇麗な紫色をしていたの。
その瞳には全く嘘はなくて、本当に私を心配していたわ。
きらきら奇麗な雪の髪と、日暮れの紫を見て、ああ、これは私は適わないなと思ったの。
そして反省したわ。
私はなんて馬鹿なことをしようとしたのかしらと。
この人が美しい彼の隣りにあるのは、当たり前のことではないのかしら。
私たちがいくら嫉妬したって適いっこないんだわ。
だってこんなに奇麗な人なんだもの。


「紫苑。なにしてるんだ」
「ネズミ!」


突然聞こえた低い声に、男は嬉しそうに笑顔を見せる。
男を呼んだのは、私の愛した彼。
その美しい声で名を呼ばれた男が羨ましいわ。
だって私は、彼に一度も名前を呼ばれたことがないんだもの。
彼は私を視界に入れると、ほんの少し驚いた顔をしたけれど、すぐに私を睨みつけた。
男になにかしたんじゃないだろうな。
そんな風に、睨みつけられた。

男を傷つけるのをやめようと、思っていたわ。
けれど、彼が男を熱い視線で見つめて、私を強く強く睨んだ時、なんだかとっても腹が立ったの。
私を見る目と男を見る目が全く違ったんですもの。
そうよ、少しくらい傷つけばいいんだわ。
だってこんなに奇麗なのに、私が愛した彼をも取って行ってしまったでしょう。
そんなのって、ずるいじゃない。
少しくらい、構わないはずだわ。

ポケットから出したナイフを男に向ける。
長さは5センチほどの、切れ味も落ちて紙しか裂けない、本当に小さな小さなナイフ。
それでもね、そんな小さなナイフでも、人って何故か大きな凶器に見えてしまって、怖くて恐れてしまうものなのよ。


「紫苑!」
「!」


ナイフを見て動きを止めた男の胸元の服を掴む。
手に持ったナイフで、頬をちくりとしてやろうかしらと思ったけれど、ナイフを下に落として、手で一発頬をぶってやった。


「ごめんなさいね。文句なら、そこの男に言ってちょうだい。大体の理由は分かるでしょう?」


男が奇麗な紫色の目をまあるくしている。
それはそうでしょうね、突然ナイフを突きつけられたかと思ったら、ナイフじゃなくてビンタを喰らうなんて。
私ならわけが分からないわ。
彼は不機嫌そうに眉を寄せているけれど、聡いあなたのことだもの。
私の言っている意味が分かっているんだわ。
だって、あなたの大事なこの人を叩いたのに、何も言ってこないもの。
本当は、ナイフでその白い頬をちくりとしてやろうと思ったのよ。
切れ味が悪いから、きっと切れないんでしょうけど。

だけど、近づいた時に見た男の紫水晶の瞳があまりにも美しくて。
胸元を引っ張った時に見えた赤い痣が、とても美しかったんですもの。
あんなに奇麗な人を、私は傷つけるなんてできないわ。

ちょっとネズミ、どうしてきみのために、ぼくが叩かれなくちゃならないんだ。
うるさいな、何でもいいだろ。
そんなわけがあるか、叩かれなくちゃならない理由がきみにあったんだろう。説明しろよ。
別にあんたにわざわざ言うほどのことじゃない。それより、頬赤くなってるぜ。
痛くないから大丈夫だ。…そんなことより、ぼくの頬が赤くなるほど叩かれた理由を説明しろ。
紫苑…だから…
そこから、私から離れていく彼らの会話は聞こえなくなった。
聞きたくもなかったから、ちょうどいいの。

おかしな話ね。
私から彼を奪った男に仕返ししようと思っていたのに、私の方が奪われてしまっていたのだわ。


「あなたは蛇を体に巻いていても、奇麗なのね」


そう口にしても、肝心の男はここにいない。
きっと彼にも男にも、もう二度と会うことはないのだわ。
だって私自身が彼らを避けるもの。
それに、きっと彼が男を一人で外に出さないわ。
分かったはずだもの。
私のように、嫉妬をして男に仕返しをしようとする哀れな女が居るってことを。
私はいい教訓になったのではないかしら。
本当、私ってば優しい人ね。

足元に落ちていたナイフを拾う。
このナイフも、少し研いでおきましょう。
紙だけじゃなくて、布を切ったり、肉を切ったり、もっと使ってあげなくちゃ。
なんだか可哀想だわ。

可哀想といえば私だわ。
だって彼に何も言わずに振られたのだもの。
何も言わずに私の所へ来なくなり、何も言わずに彼の瞳はあの雪の人を写したの。
初めて会ったあの男は、私を写さずに彼を写したの。
ああ、私もあのような目で彼に見られたかった。
ああ、私もあの男に視界に入れて欲しかった。

けれど、彼の隣りにはあの男しか収まらないのだわ。
あの男の隣りには彼しか似合わないのだわ。
わかっているの。
私の負けだわ。

少しくらい泣いてもいいわよね。
だって私、彼にも、あの男にも、失恋したんだもの。


雪が降りそうな曇り空を見るたびに、私はとっても切なくなるの。
そしてとっても悲しくなってしまうわ。
だって雪はあの美しい髪の色を思い出してしまうし、今にも雪が降りそうな暗い雲は、何よりも愛した彼の瞳を、思い出してしまうからなのよ。


2012/02/10


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