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※真名バレ無


「チェックメイト」
「お、おう....」

白と黒の盤上に並ぶ駒の位置はルールすらうろ覚えでも、完膚無きまでに私の敗北である事だけは理解出来た。「すごいねぇアーチャー、アヴェンジャーより強いかも」ぱちぱちと小さく拍手をすれば「エドモンくんの事かね」と、アーチャーは小首を傾げた。見目は麗しいロマンスグレーなこのアラフィフ紳士、ちょっとした所作が何処と無く可愛らしさもあってなんとも憎い。

そうそう、と頷いてやれば「チェスの読み合いは数学にも通づる」と得意げな顔をしてみせる。カルデアに召喚されたばかりのアーチャーが暇を持て余し食堂で紅茶を嗜んでいたところに、最近やっとやり方のわかるようになったボードゲームを持って声を掛けたのは、つい二時間ほど前になる。

「やっぱり頭の作りが違うよね....私オセロとか将棋でもアヴェンジャーに勝てたことないし」
「そりゃまあ君、我々はこれでも英霊だからネ。おいそれと負ける訳にはいかんだろうよ」
「元から勝てるとは思ってないんだけどさー、ほんとすごいなあって思うよ」

勝負の済んだ駒たちをコツコツと専用の箱に詰めてやりながら例えばテスラはだとか、エジソンはだとか、バベッジ先生はたまに何話してるか解んないし、アーチャーと同時にやってきた探偵の彼も一々真意が見えづらく難しい。ハチャメチャな頭脳を持つ頼もしい英霊たちを例を上げていく。飛び抜けた叡智を誇る我等がダヴィンチちゃんを筆頭に、なまえとは次元の違う脳みそを持つ彼(彼女)等に見合うマスターに、自分はなれているんだろうかと溜息をつきたくなった。いや、見合うなんて烏滸がましい。ただ、その言葉の意味をちゃんと理解出来ているのか不安になる。

「ふうむ、マスター。その心配は杞憂のように思えるがネ」
「ええー....アーチャーだってそのうち思うようになるよ、私皆の頭の回転の速さについてけてないもん」
「何、君と私とではやり方が違うだけに過ぎない」

やり方ぁ?とふてぶてしく聞き返すと、アーチャーはやんわり目尻を緩ませた。「そう、やり方だ」皺の寄った口元が美しく弧を描いて笑う。鮮やかな蝶の飾りが揺れて、一瞬妖艶とすら思えた。

「私は蜘蛛の糸を張るように、数多のルートを用意し手ぐすねを引く正真正銘の黒幕。獲物を罠にかけ、一手一手を操り踊らせ、姿を見せず呼吸を辿る、根っからの敵(ヴィラン)だ」

「しかし、君は違う。正面から困難にぶつかり、襤褸切れ同然になろうとも決して挫けることのない不屈の精神。滝壺に落ちて尚這い上がる鋼鉄の決意。私にはできないやり方で、君は解を導こうとする」

「それは我々英霊皆が言えることだよ、マスター。既に過去の回想に過ぎない我々よりも、生きて前に進むことができる君こそが勝者だ」

だから彼等は、君と共に歩もうと思ったのではないかネ?――そう言うと、またにっこりとしていつもの好々爺な顔を見せた。垣間見えた底のしれない彼の本質は深く深く、本当に難解で読み取れない。けれど、教え諭すように語りかける口調がむず痒くて、真意が読めなくても何だか照れてしまう。

「....あ、ありがとう、教授」
「ははははは!君にそう呼ばれると照れてしまうな!ここは思い切ってダディと呼んでみないかね!」
「それはちょっと」
「冷たい....反抗期カナ....」

指先を合わせてしょんぼりするアーチャーは、やっぱり少し可愛く見えた。善悪とは相互理解において必要あるのかどうか、そう説いてみれば彼はなんて答えてくれるのだろう。