もう俺はカウンターで頬杖ついてるだけのダメアルバイト隊員でいいと思い始めてきた。アッシュの居ない店内に明かりはないようなものだ。

「なに呆けてるんですか」
「店長…」

俺の親戚の伯父さんの友達、のジェイド店長はあれから腑抜けになった俺に活をいれることもなく、野放し状態で接してくれていたが、そろそろ嫌気が差したみたいだ。もしくは今から首を切られるのだろう。

「聞いてほしそうな顔、していますね。…いいですよ、ただし手短に頼みます」

覚悟していた言葉と違う言葉が発せられて、俺は目を真丸に見開いた。それからは自分の父親に愚痴を聞いてもらっているような気分になってしまって感情が漏れだす。

「彼…アッシュが来てくれないんです」
「前に一度来てくれたのでしょう?」
「あれっきりなんです。もう、多分、アッシュは来ない」
「その自信はどこからくるのでしょうね?」
「…俺、高校生活最後のある日、事故にあったんです」
「はい、ご存知ですよ」
「腕の骨折れてただけで、全治2カ月だったし、大したことないと思ってたんです。卒業にも特に問題無くて、そのまま進学しました。でもなんか足りないと思ってました。それが何かはわからないんですが、ただぽっかりそこだけ無くなったような不思議な感じでした。…よく、同級生に聞かれてたんです。あのあかい髪の子は今日は一緒じゃないのかって。それってルークのことだと思ってたんですが、本当はアッシュのことなんじゃないかなって、ここで彼にあってから思うようになっていたんです。でもさすがに思いこみかと思って黙っていたんですが、アッシュに無くしてたと思ってた体操着を返してもらって、体育祭の日のこと、やっと思い出したんです」

もう、何もかも遅いんだ。
嘆くだけだった俺に、店長の大きな溜息が掛った。

「なら、やるべきことは見えてるんじゃないですか?」

目の前に置かれたポスターを見て、俺は開いた口を閉じることができなかった。






「え?えー?!なんでガイとジェイドが居るんだよ?特にジェイド!」
「失礼ですね、地域参加の出店ですよ。それよりカプチーノはいかがですか?あなた向けにあまーく作ってありますけど?」
「いらねぇ」
「ははは、お前のクラスの出し物も見てたよ」
「まじかよ!恥ずかしいなもう!」

この日、俺と店長はルークとアッシュが通っている高校の文化祭にお邪魔させてもらっていた。そして照れてルークが赤面している中、俺は探し物をしていた。一生懸命探しているのだけれども、先程から姿さえ見えなくて軽く落ち込んでいた。

「ガイ、ここは私で足りますから、貴方はこちらを持って」

渡された紙コップの中にあるコーヒーと牛乳の混ぜ物をみて、これほどまで店長に感謝したことはなかった。

「ありがとうございます。いつかこの借りは必ず」
「私が老衰する前にお願いしますよ」

コップの中身を溢さないように、ありったけの早さで脚を動かした。目的地は決まっていた。






「アッシュ」

滅多なことでは人に気付かれなく、グラウンド全体を見渡せる場所に彼は居た。息を整えながらアッシュに近づくと、体育座りをしたアッシュがさらに身を縮込める。かなり驚いてるようだ。

「ガイ…なんでここに」
「地域参加で出張カフェをやってるんだ。よかったら来てくれ」
「…いい、俺はここが良いんだ」
「だと思って持ってきたよ。ここまで出張するとは思ってなかったけどな」

多少冷めてしまったそれをアッシュに渡す。アッシュは戸惑いながらもそれを受け取ってくれた。それから多分一番見晴らしが良いであろうアッシュの隣に座りこんだ。

「ここ、あの時も居たよな。お前は」

もう何度目だろう、そんなアッシュの驚いた顔を横目で見て、俺は何回、彼にこの表情をさせてきたんだろうと後悔をした。目を泳がせていたアッシュは段々と自白じみた表情になって、吐き捨てるように言うのだ。

「なんで来たんだ。もう俺とお前には何もないぞ」

その言葉に鼻の奥がつんと痛んで、寂しくなった。なんでそんなこと言うんだろう。俺はこんなに君のことでいっぱいだったのに。

「なんでだろう、けじめ、をつけにきたのかもしれない」

アッシュは膝の間に顔を蹲るように俯いていた。もう顔も見たくないのだろうか。俺はそうじゃない、ちゃんと顔を見て話してほしかった。あの時なんであんなこと言ったのかとか、今アッシュがどう思ってるのか。起こそうと思い肩に触れようとしたときだった。

「あの時から狂い始めたんだ」

アッシュは辛うじて聞き取れるくらい小さくて、鼻の詰まったような声で言葉を吐いた。

「昔はルークが居ない間、ずっと一緒に居たんだ。代わりか?と聞いたらお前ははぐらかして、俺はそれでも全然良かったんだ。気付いたら二人でいることが普通だったし。だから俺はお前に告白した。お前は時間をくれと言って、帰った。そして戻ってこなかった。…あの日のことは俺たちだけの秘密だったし、お前が忘れてるのなら好都合と思った。あの店に行ってもお前は俺のことを知らないけど、他の人は俺たちが昔のよう仲が良いように見えていたはずだ。…お前があの店で働きだしたのは、知らなかったけれども」

後半は聞き取れないものだらけだった。けれどこの胸の締め付けは何なんだろう。

「楔が、欲しかった」
「アッシュ」
「あの店はガイと初めて二人で行った店だったんだ」

グラウンドでは仮装をした少女達のダンスで賑わっていたが、俺は目の前のアッシュが涙をぼろぼろとこぼしている方が、よっぽど綺麗だと思ってしまった。
こすけた体操着も、甘いカフェラテも全部投げ出して、俺は体育座りのアッシュを抱きしめた。

「アッシュ、覚えてるよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない、君のお陰で、思い出せたんだ」

ぐぅと音が鳴りそうなくらい力を込めて締め付ける。アッシュが顔を少しだけあげて、俺の肩口に頭を乗せる。触れた部分からじわっと染みる温かさは、きっとアッシュの哀しみが溢れ出たもので、俺はそれを全て受け止めなくてはならないと知っている。

「お前が、事故に、なん、て…あうから」
「うん」
「俺は、どうすれば…いいのか」
「ごめん、ちゃんと返事できなくてごめんな」
「わからなく、て」
「アッシュ」

背中に回していた手をアッシュの頭の後ろまで持っていき、口元を自分の身体に押し付けるように手繰り寄せた。払いきれない涙はこれから一つずつ拭いていこう。

「アッシュ、またあの店に行こう」






おちない…!他にも体育祭のあの日のこととか後日談とか続けたいな



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